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淫神黙示録(シュブ=ニグラスの申し子)

帰還者

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 その日、聖アグネス女学院の特別室に三人の魔法少女がいた。

 ひとりは、ルビーによる紅き炎の魔法を使う赤城《あかぎ》紅緒《べにお》。

 もうひとりは、癒やしの宝石エメラルドの魔法少女、緑川《みどりかわ》依莉翠《いりす》。

 そして、最後のひとりがいちばん年の若い黄田《きだ》柑奈《かんな》だった。白いブラウスの上にレモン色のカーディガンを羽織り、紺色のスカートを穿いていた。背が低く、カーディガンで身体の線を隠しているので、一見すると幼く見えるが、胸と尻が大きく張りだした素晴らしい肉体の持ち主である。いわゆるロリ巨乳だ。

「柑奈ちゃん、久しぶりですわ。もう退院したのですね」

 言いながら依莉翠は柑奈を抱きしめた。依莉翠の巨大風船のような胸が柑奈の視界を完全に塞ぎ、柑奈の小柄な身体に似合わぬ張り切った胸は依莉翠の腹に押しつけられた。二人の間を隙間なく柔肉が埋め尽くす。

 依莉翠の両手が柑奈の尻をもみしだく。負けじと柑奈も依莉翠の尻を触った。

「柑奈ちゃん、相変わらず、いい体してらっしゃいますわね」

「依莉翠お姉さまこそ、いつもと同じく、今にも流れだしそうな豊満ぐあいです」

 と、これが二人の挨拶だったようだ。

「柑奈ちゃん、退院おめでとう。また、いっしょにがんばろうね」

 紅緒は二人のやりとりにあてられてしまい、あっさりとした挨拶で済ませた。こういうときにスキンシップをするのは自分には向いていない。

「さて、お三人さんが揃ったので、始めましょうか。アグネスと回線が繋がっています」

 細身の岩崎青年は言った。ラジオに偽装した通信機から、アグネス機関の頭領の声が流れた。声は高齢な女性のものだった。言語は日本語である。

「邪神シュブ=ニグラスの顕現である黒井羊子が滅びて、一週間が経ちました。それ以来、東京はすっかり平穏を取り戻し――てはいないようです。六本木スカイタウン跡の獣鬼はほとんど掃討されましたが、そのぶん永田町の獣鬼が勢力を拡大しています。民家のある山手線の外側まで出て行っては、人を攫っているとの報告があります。ただし、以前と違って若い女性たちばかりで、男には見向きもしません。なぜだと思いますか?」

「食べ歩きするのではなく、家に持ち帰ってゆっくり食事をするよう習慣が変わった?」

 紅緒が手をあげて言う。

「いいえ、違います。女の子たちは生きています。六本木の地下に生体反応があります」

 アグネスは即座に否定した。

「ちぇっ。間違えたか」

 紅緒は残念がる。紅緒は何も考えずに反射的に答えを言ってしまう時がある。今回がまさにそうだった。

「ひょっとして、繁殖期にさしかかっているのではないですか」

 柑奈が静かに言った。

「どうやら、そのようなのです」

 ため息をついた後、アグネスは言った。

「日本にはオスの獣鬼しかいませんものね。繁殖したければ、人間の女とまぐわり、孕ませるしかないのでしょう」

 依莉翠が言う。

「そうですね。そこで今回のミッションを伝えます。囚われた女性たちの救出作戦をお願いします。犠牲を払ってでも、成し遂げていただきたいのです」

 アグネスの声がスピーカーから流れた。

「わかった。あたしたちが行けば、大丈夫だ。どうせ今回も囮《おとり》だろ。獣鬼どもが魔法少女に群がっている間に軍隊か警察が救出に突入する。いつもあたいらは大立ち回りばっかりだ。身体も心もボロボロになる。また誰かが入院することになるかもしれない。それとも今度は死ぬかも。どこにいるかもわからないアグネス様、そのあたりあなたはどうお考えなの。この機会に教えてほしい」

 紅緒はアグネスの声が聞こえるラジオのスピーカーを指差していった。

「そんなのわかったことでしょ――」

 最年長の依莉翠がたしなめる。

「分かってるけど、ことばにしてほしいの。もうまともな生き方ができないあたしたちを組織はどう思っているのか。純潔・少女・強姦被害者の守護聖人である聖アグネスの代行者「アグネス機関」は、何度もなんども犯されて純潔を奪われ、身体を再生されて、また犯されるあたしたちを、ただの道具と思っているのか、それとも何か別のものだと思っているのか」

「お答えしましょう。ルビー、それはあなたに神が与えた試練なのですよ。自分で乗り越えなさい。そこに天国へ至る道があります」

 アグネスはいつもと変わらぬ調子で言った。

 紅緒はしばらく黙ってラジオを見ていた。そして、急に笑いだした。

「ははあ、こりゃ傑作だ――思ったとおり。さすがアグネス様。ご命令に従います。使命を果たします。心の迷いでした。私は常に命令に忠実で、生命にかえてもそれを成し遂げます」

 ラジオの前にひざまずいて紅緒は言った。

「分かってくれて嬉しく思います。わたくしはあなたたちを頼みにしております」

 それで通信は終わった。

 何度もの転生でほとんど忘れてしまっていた。これはあたしが自分で選んだこと。あたしの生きる意義。そしてあたしの贖罪。紅緒は思い出していた。



 紅緒は思い出していた。アグネス機関に入るきっかけとなった事件を。

 ドアを開けて部屋にはいると、妹、茜里《あかり》がいた。全裸だった。

 信じられないほど腹が膨らみ、なかが透けて見えた。

 そのなかで幾つもの黒い影が泳いでいた。獣鬼の胎児だ。奴らは体内で成長し、母体を食い破って外に出てくる。獣鬼を出産する時に母体となった人間は死ぬことが多い。

「お姉ちゃん、殺して……」

 涙と涎を垂らしながら言う茜里。紅緒は首を横に振った。そんなことはできなかった。

「生まれる、生まれちゃう。お姉ちゃんの見てる前で。お姉ちゃん、いま、あたし、とっても気持ち悪い。そんで、とっても気持ちいいよぉ。あたまが、おかしくなりゅ、らりゅ……ふぎゅあ、ああぁんぁぁぁあ……」

 正気度ゼロ。白目を剥き、言葉にならない声を発して、茜里《あかり》は破水した。陰部から粘い水が噴き出してくる。そしてそれに混じって、獣鬼の胎児たちが外界に流れ出した。将来は角となる前頭部の突起、黒い山羊の脚と尾は濡れそぼっていた。幼くともその陰茎は勃起していた。赤い目を持つ魔物。獣鬼は嬰児の頃から恐ろしい姿をしていた。



 あたしは、あの罪を贖わなければならない。それが赤城紅緒の運命――紅緒は思った。

「紅緒、寂しい気分になってるでしょ」

 そう言って、依莉翠が抱きついてきた。水風船のような胸が押し寄せてくる。そして優しい体温。そしてほのかに爽やかなグリーンの香り。

「この町は夏だって寒いのです。寒いところに一人で立っていると辛い気分になってくるでしょう。だから、抱きしめって温めあわないといけないのですわ」

「殺伐とした気分になっちゃってて。ごめんなさい」

「行きましょう。女の子たちがあたしたちの助けを待ってるのですわ」

 セイクリッドガ―ルズは永田町に向かう。

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