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幼神散華(時空を超える幼女)

破戒音

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「卑しき淫獣《サチュロス》ごときがぁ、何をしようというのですぅ。我は黒井《くろい》羊子《ようこ》ぉ。シュブ=ニグラスの娘にしてぇ、この世界の所有者なのですよぉ!」

 そのことばに黒いスーツの男はひるんだ――少なくともひるんだそぶりを見せてくれた。

「これは失礼いたしました。では、今日のところは私にふさわしい餌をいただきましょうか」

 男は言い、その場からふっと消えた。

 黒井羊子は腰が抜け、その場にへたりこんだ。まともにやりあえば、今の羊子に勝てる相手ではなかった。

「あれは誰? どこに行ったの?」

 何も知らず尋ねてくる紅緒。思わず羊子は舌を伸ばして紅緒の頬を舐めた。

「あれは怖いおじさんだよぉ。羊子から離れちゃダメだよぉ」

 羊子は言い、紅緒の手を強く握る。捕えた獲物に対する愛着も愛に含めるならば、それは確かに愛に違いはなかった。

「アグネスぅ、あなたぁ、何かしたでしょぅ。あなたの仕業よねえぇ」

 学校へ着くなり、無人の学園長室に踏み込み、羊子は叫んだ。

 巨大な机の向こうにあるディスプレイにうっすらとシルエットが浮かび上がる。この世界でアグネスと名乗る人物にして、ニャルラトホテプの化身である。

「いったいなんのことでございましょう羊子様」

 スピーカーから年老いた女の声がした。その声音から、もう一体顕現したシュブ=ニグラスの化身はアグネスが仕掛けたものだと羊子にはわかった。しかし、追及しても口を割らないだろう。幼い羊子にとってはこの世界で生きるためにアグネスは必要な存在でもあった。すぐに生命を奪うというわけにもいかない。そしてニャルラトホテプの化身は滅びるときにさえ他人を巻き込む厭な存在だ。しばらく泳がせておくしかないと羊子は思う。

「学校の警備をぉ、厳重にぃ、してちょうだい。危機がぁ、迫ってるのぉ」

 言いながら、なぜこのような語尾を伸ばす話し方に自分を設定してしまったのかと羊子は思う。緊急時には我ながらまどろっこしい。

 その夜、羊子は昼間のイライラを解消するかのように、激しく紅緒の身体を求めた。平たい胸に唇を這わせ、きめの細かい肌の感触を味わった後、へその中に舌をねじ込んだ。

「羊子ちゃん、やめて、なんか変な気分になる」

 紅緒が色白の顔を真っ赤に上気させて言う。

 もっともっと変な気分にさせたいと羊子は思う。普通の少女の身体しか持たず顕現した自分がもどかしい。触手や陽根があれば一度に全身を犯し尽くしてやれるのにと。

「今日のぉ、怖いおじさんからぁ、紅緒ちゃんをぉ、守ってあげるからねぇ、絶対にぃ、守ってあげるからねえ」

 と羊子。

「ありがとう。そう言ってくれるだけで嬉しいよ」

 羊子のことばに幼い紅緒は頼もしさを感じた。

 しかし、羊子は一日でも長く紅緒の肉体を堪能したいだけだった。幼女の肉体から少女のそれに、そして大人の女の身体。長く楽しもうとして、触手や陽根を諦めたのだ。他の顕現に獲物を横取りされたくない。

 偶然にしてシュブ=ニグラス好みの肉体を持ってしまった幼女、赤城紅緒。その周囲の者たちも淫神の食指が動く。淫らな神の眷属が紅緒の身体を狙っている。

 どうせ壊れてしまうなら自分の手でとの思いが羊子の脳裏をかすめる。

「つっ…。羊子ちゃん、そこはちょっと痛いよ」

 陰核を強く吸われた紅緒が羊子の肩を叩いた。



 羊子が紅緒の身体を責め苛んでいた頃、黒いスーツの男もまた淫神シュブ=ニグラスの化身のひとりにふさわしい仕事をやってのけていた。

 翌日の新聞の一面には、幼女連続強姦殺人の見出しが踊った。

 新聞には発表されなかったが、被害者は緑川《みどりかわ》依莉翠《いりす》と黄田《きだ》柑奈《かんな》。ほかの世界線では将来、セイクリッド・ガールズとなる二人だった。そして海外ニュースにさえなっていなかったが、この世界での紅緒の妹、赤城《あかぎ》茜里《あかり》と、母である赤城《あかぎ》紅亜《くれあ》がレイプされ、瀕死の状態になった。

 羊子が作った、かりそめの優しき世界はいま音を立てて崩れていく。

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