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幾星霜の呪いの子・下【最終章】

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 4.

「もう少し観光して帰る」
 翌日、ホテルをチェックアウトして仙台駅へと向かう道中、司が突然立ち止まった。
「――どこを? 今からか?」
 帰りの切符はすでに予約してある。当日の変更はできただろうかと思案していると「崇文は先に帰ってて」と司に背を押された。
「どこを観光するんだ。今日中に帰るなら俺も、」
「もう一泊するかもしれない。決めてない」
「決めてないって……」
 すっきりとした司の顔。顔だけでなく、雰囲気もどこか違っていた。これまで司を美しくも儚げにみせていた瞳の陰りが消え、瞳は、静かな湖面のように凪いでいる。
 今までも司の本音がわからない時がよくあったが、いよいよ顔を見ただけでは、司が何を考えているのかわからなくなった。昨日の一件から、司はまるで別人のようになった。
「崇文は先に帰ってて。もう仕事休めないでしょ?」
 司の言う通り、二泊三日の旅もかなり無理を言って許してもらった。寺の仕事もあるし、母親の介助もあって父は一人で手いっぱいになっているはずだ。明日には法要の予定も入っている。
「少し観光したら帰る」
 司が一点の曇りもない笑顔を向けてくる。
 ここで別れていいのだろうか。司の言葉を信じて、先に帰っていいのだろうか。――司は、帰るつもりがないのではないか?
 これが司との最後になる予感がした。
 頭の片隅で警報が鳴っている。けれど……。
 ようやく呪い――呪いだと思っていたもの――の正体がわかり、消化することができた。司は晴れて自由の身になったのだ。無理に三峰家のそばで暮らす必要はなく、崇文と一緒にいる理由もなくなった。
 ここで別れても、崇文に止める権利はない。
「……」
 身を切る思いで「一緒に帰ろう」という言葉を飲み込んだ。気を緩めれば、今にも司の手を引いて、強引に東京行きの新幹線に乗せてしまいそうだ。
 ここで突然別行動だなんて寂しいじゃないか。それに、まだ呪いが完全に消えたという確証もない。……頭の中で、いくつも引き留める理由を並べ立てたが、これまで司が犠牲にしてきたものを思うと、何も言えなくなった。
 それに、司に、松永家に縛られていた静の姿が重なる。司の一生をあんな悲劇にはしたくない。
「――気をつけて帰ってこいよ」
「うん」
 危惧していた通り、司が長栄寺に戻ってくることはなかった。
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