忠誠か復讐か――滅びの貴族令嬢、王子の剣となる

案山子十六号

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狂嵐襲来編

銀の死神と狂嵐②

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　「……まずい」

　サーディスは、剣を握りしめながら冷静に状況を見極めた。

　降りしきる雨の中、騎士たちが次々と包囲を狭めてくる。
　森の木々が視界を遮る中、聞こえる馬の足音。
　湿った土を踏みしめる音が、迫る脅威を知らせていた。

　――追いつかれた。

　サーディスは静かに息を整える。

　ジークリンデが再び距離を詰め、すぐに間合いへ入ってくる。
　その動きは軽やかで、空気すら味方につけているかのようだった。

　「まだ戦える？」

　どこか挑発的な口調。
　ジークリンデは余裕の笑みを浮かべながら、剣を抜いた。

　同時に、周囲の騎士たちが武器を構える。

　サーディスは一歩後退しながら、すぐに自分の立ち位置を確認する。
　敵は五人以上――いや、まだ増えるかもしれない。

　不利だ。

　ジークリンデが剣を一閃。
　風を纏った刃が、雨粒を弾きながら襲い掛かる。

　サーディスはそれを防ぎながら、すぐに動きを制限されることを悟る。
　この状況では、守勢に回らざるを得ない。

　彼女は反撃の機会をうかがうが、騎士たちが巧みに連携を取って押し寄せてくる。
　数の暴力というのは、単なる"力"だけでは補えないものがある。
　単独で戦うサーディスにとって、これは極めて厄介な状況だった。

　（このままでは――）

　しかし、それでも隙は作らせない。

　ジークリンデは攻めるが、サーディスの守りは堅い。
　剣筋は鋭く、敵の攻撃を最小限の動きで弾き返す。
　一撃たりとも、深く通すことは許さない。

　その動きを見たジークリンデは、小さくため息をついた。

　「……そう簡単に突破できそうもないわね」

　ふわり、と彼女の身体が宙に浮く。

　「なら、仕方ないわね」

　サーディスの目が僅かに見開かれる。

　ジークリンデは足元に集まる風を操り、軽々と浮遊する。
　彼女の戦い方は剣術だけではない――風を自在に操る能力こそが、彼女の真骨頂だった。

　「足止めは任せたわ」

　そう言い残し、ジークリンデは雨の中を跳ぶように飛び去った。

　（しまった！）

　サーディスの心臓が跳ねる。

　――ジークリンデの目的は、最初から"ここで戦うこと"ではなかったのだ。

　最初から、"サーディスを王子から引き離すこと"が目的だった。

　（シス様が――危ない！）

　サーディスは即座に追おうとする。
　しかし、目の前の騎士たちが立ちはだかる。

　「逃がすと思うか？」

　騎士の一人が槍を構え、サーディスの行く手を阻む。
　サーディスは息を呑み、剣を握り直した。

　（……まずは、こいつらを突破するしかない！）

　だが、ジークリンデが王子に到達するまで、どれほどの時間がある？

　――間に合うか？

　焦りを押し殺し、サーディスは目の前の敵へと剣を振るった。
　サーディスは剣を強く握りしめたまま、目の前の騎士たちを見据えた。

　――時間がない。

　王子を追わなければならない。

　だが、目の前の騎士たちは思った以上に手強い。ここの実力もそうだが連携が完ぺきに取れている。
　そして無理に攻めようとはしない。彼女をここにとどめることに重きを置いた動きだった。

　サーディスは、迷いを振り払うように魔剣を解放する。

　瞬間――闇が溢れた。

　魔剣が"異質な力"を放ち、周囲の空気が歪む。
　騎士たちの間に、一瞬の緊張が走る。

　「こいつ……！」

　警戒を強める騎士たち。
　しかし、それでも彼らは躊躇しなかった。
　剣を握り、すぐに攻撃を仕掛けてくる。

　サーディスは、冷静に迎え撃った。
　鋭い剣閃が交差し、閃光のように瞬く。
　騎士たちは個々の実力も高く、連携も優れていた。

　確かに、並の兵士とは違う。

　しかし――それでも、サーディスには敵わなかった。

　剣の軌道を読み、攻撃を捌きながら反撃を加える。
　一人、また一人と、騎士たちは倒れていく。
　焦りが見え始めた。

　「こいつ……！」

　「なんて奴だ！」

　それでも騎士たちは決して逃げない。
　彼らは、すでに"別の策"を考えていた。
　サーディスが次の騎士に向かって踏み込もうとした、その瞬間だった。

　突如、別の方向から悲鳴が上がる。
　サーディスの動きが一瞬止まる。

　「……？」

　見れば、騎士の一人が馬の首に剣を突き立てていた。

　「なっ……！」

　サーディスの目がわずかに見開かれる。
　騎士は馬の脚を切り裂き、致命傷を与えていた。

　倒れる馬。血飛沫が舞う。
　サーディスが剣を構え直すよりも早く、次の馬が倒れる音がした。

　他の騎士たちも、馬を狙い始めたのだ。
　サーディスはすぐに動こうとしたが、騎士たちは巧みにそれを阻む。
　剣を振るっても、別の騎士が盾となって時間を稼ぎ、その間に馬が倒されていく。

　次々に響く馬の断末魔の声。
　サーディスは戦いながら、ようやく彼らの狙いを悟った。

　（……そういうことか）

　「足を潰すつもりか」

　戦闘では勝てないと悟った騎士たちは、移動手段を破壊することでサーディスを追撃不能にしようとしていた。

　（シス様たちは馬で移動している……私が歩きなら、確実に追いつけなくなる）

　（それが狙いか……！）

　――最後の馬が、ゆっくりと崩れ落ちる音がした。

　もはや、サーディスの前に生きた馬はいない。
　騎士たちは一歩引いて、満足そうにサーディスを見た。

　「これで……もう、お前は追えない」

　サーディスの中に、怒りが沸き上がる。

　（……私は、こんなところで足止めされるわけにはいかない！）

　剣を強く握り直すサーディスの目には、冷酷な光が宿っていた。

　ここで終わらせるわけにはいかない――。

　＜あとがき＞
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