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第1章 乙女ゲーの世界に転生しました
2 一夜明けて
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前世はろくな思い出がない。母子家庭育ちの貧しい生活。奨学金頼みで大学を卒業し、大企業への就職を目指したものの失敗。妥協を重ねて入社した会社はブラック企業だった。
奨学金の返済があって辞めたくても辞められなかった。
毎日の残業で疲労した状態では転職活動もままならなかった。
身も心も擦り減らしながら生きていく内に、恋人もできないまま三十路前を迎えていた。
SNSで結婚報告する学生時代の友達のアカウントを見て焦り、マッチングアプリに登録してみても、出会いを求める体力も気力もなかった。
化粧するのが面倒で毎日マスクをしていた。仕事で疲れ果てて自分のケアが日に日におざなりになっていった。あんな状態で出会いを求めたところで結果は知れてる。
私はこのまま一生独りで生きていくのか、なんて考え出したのが運の尽き。ネガティブ思考の連鎖に囚われてしまった。思えばもう鬱になっていたんだと思う。
そんな前世の私の末路は電車に轢かれて死亡だ。見る影もない姿になっただろうな。電車は遅延して、たくさんの人に迷惑をかけて……いやそんなこともうどうでもいい。
そして、気付いたときには乙女ゲー「セイクリッドマギア~聖女と魔法学院~」に登場する悪役令嬢リディア・クラウディウスに転生していた。
何でこんなことになったのかわからないけど、この際細かいことはどうでもいい。とにかくブラック企業で酷使される人生から解放されたのだ。これからは拾った命、いや転生した命かな? を大切に生きていこう。それに今私がやるべきことは辛い前世の記憶をわざわざ思い出して胸を痛めることではない。
私には今までリディアとして生きてきた記憶も残っている。リディアの体を依り代に転生した魔王の記憶も同様だ。
いきなり前世の記憶を思い出したせいか、それとも三人分の記憶を持っているせいか、一部の記憶が曖昧になっている。それでも意識は完全に前世の私だとわかる。リディアと魔王の意識はどこへ行ってしまったのだろうか? いや、今考えても答えは出ないだろうから後回しにしよう。
私は天幕付きの大きなベッドで横になり、何気なく右手を前に突き出した。
若々しい綺麗な手だ。寝る前にちらりと見たが、鏡に映る姿も前世の私とは似ても似つかない金髪紅眼の美少女だった。
この世界でやることは決まっている。生き残るためにトゥルーエンドを目指すことだ。あとは万が一失敗したときのために備えること。
今は前世の記憶が蘇って間もないせいか、頭が上手く回らない。
先ずは一休みして、これからのことは明日考えよう。
ああ、そういえば。
やることがたくさんあるのに嫌な気持ちにならないのは久しぶりだ。。
△
翌朝、私は見慣れない景色に驚いて飛び起きたが、すぐに状況を思い出し、ほっと一息ついた。
今の私はリディア・クラウディウスだ。毎朝ぎりぎりで家を飛び出していたOLではないのだ。骨身に沁み込んでしまった社畜の性が悲しい。
私は体を解すように背中を反った。こんなにゆっくりとした朝は久々だ。
(記憶はまだぼんやりしてるみたい)
意識が完全に前世の私だからか、リディアと魔王の記憶が断片的にしか思い出せない。多分時間が経って記憶が馴染んでいけばこのちぐはぐな感覚も解消されると思うけど、そうなったらどうなるんだろ。リディアと魔王の意識が復活して、体の主導権を巡った脳内バトルが勃発するのかな。
うん。恐いから今は考えないでおこう。
(今はとにかく二度寝がしたいな)
仕事に追われない朝なんていつ振りだろうか。今後のために考えることは山ほどあるけど、せっかく転生したのだ。前世の嫌な記憶を楽しい思い出で塗り替えていけるように精一杯生きていこう。というわけで社畜時代にできなかった二度寝に洒落こもう。
(このベッド気持ち良いなぁ……)
さすがは貴族のベッドと言うべきか、全身が沈むほどにふかふかだ。高価なベッドってこんなに寝心地が違うんだね。いくらでも眠れそうだ。
そんな感じで二度寝の気持ち良さに浸っていると、部屋の外から駆け足が聞こえてきた。徐々に私の部屋に近付いてきている。
「リディア様! リディアお嬢様!」
誰かが慌てた様子で扉をノックした。リディアの記憶で知っている。リディアの身の回りの世話をしているメイドのポーラの声だ。
「入りなさい」
だらしなく寝そべっていた私は居住まいを正し、澄ました声を発した。リディアの記憶が残っているおかげで令嬢然とした振る舞いも何とかできそうだ。
「失礼します! 申し訳ございませんでした!」
ポーラは部屋に入るなり床に平伏した。朝からいきなり土下座はびっくりする。何かとんでもないことを仕出かしたのかな?
いや、これは違う。前世の記憶を思い出す前まで私はリディアとして生きてきた。だからポーラが何故こんなことをしているのか理解できた。
リディアは自分自身への厳しさを他人にも求める完璧主義者だった。失態を演じた他人への指摘はきついものがあり、それに耐えられず辞めていったメイドは数多い。実家の家族を食べさせるために必死の思いで奉公しているメイドが辞めていくのだから相当なものだ。そんなリディアの振る舞いが悪役令嬢としての評判の拍車をかけていたのだ。
「リディアお嬢様が起きる前から部屋の外で待っているように仰せつかっていたのに遅れてしまいました。大変申し訳ございませんでした!」
ポーラは声を震わせながら何度も謝ってきた。リディアはポーラに毎朝自分が目を覚ましたら察してすぐに声をかけるようにと要求していた。無理難題にもほどがある。そんなのおちおちゆっくり眠っていられない。
前世はろくな思い出がない。母子家庭育ちの貧しい生活。奨学金頼みで大学を卒業し、大企業への就職を目指したものの失敗。妥協を重ねて入社した会社はブラック企業だった。
奨学金の返済があって辞めたくても辞められなかった。
毎日の残業で疲労した状態では転職活動もままならなかった。
身も心も擦り減らしながら生きていく内に、恋人もできないまま三十路前を迎えていた。
SNSで結婚報告する学生時代の友達のアカウントを見て焦り、マッチングアプリに登録してみても、出会いを求める体力も気力もなかった。
化粧するのが面倒で毎日マスクをしていた。仕事で疲れ果てて自分のケアが日に日におざなりになっていった。あんな状態で出会いを求めたところで結果は知れてる。
私はこのまま一生独りで生きていくのか、なんて考え出したのが運の尽き。ネガティブ思考の連鎖に囚われてしまった。思えばもう鬱になっていたんだと思う。
そんな前世の私の末路は電車に轢かれて死亡だ。見る影もない姿になっただろうな。電車は遅延して、たくさんの人に迷惑をかけて……いやそんなこともうどうでもいい。
そして、気付いたときには乙女ゲー「セイクリッドマギア~聖女と魔法学院~」に登場する悪役令嬢リディア・クラウディウスに転生していた。
何でこんなことになったのかわからないけど、この際細かいことはどうでもいい。とにかくブラック企業で酷使される人生から解放されたのだ。これからは拾った命、いや転生した命かな? を大切に生きていこう。それに今私がやるべきことは辛い前世の記憶をわざわざ思い出して胸を痛めることではない。
私には今までリディアとして生きてきた記憶も残っている。リディアの体を依り代に転生した魔王の記憶も同様だ。
いきなり前世の記憶を思い出したせいか、それとも三人分の記憶を持っているせいか、一部の記憶が曖昧になっている。それでも意識は完全に前世の私だとわかる。リディアと魔王の意識はどこへ行ってしまったのだろうか? いや、今考えても答えは出ないだろうから後回しにしよう。
私は天幕付きの大きなベッドで横になり、何気なく右手を前に突き出した。
若々しい綺麗な手だ。寝る前にちらりと見たが、鏡に映る姿も前世の私とは似ても似つかない金髪紅眼の美少女だった。
この世界でやることは決まっている。生き残るためにトゥルーエンドを目指すことだ。あとは万が一失敗したときのために備えること。
今は前世の記憶が蘇って間もないせいか、頭が上手く回らない。
先ずは一休みして、これからのことは明日考えよう。
ああ、そういえば。
やることがたくさんあるのに嫌な気持ちにならないのは久しぶりだ。。
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翌朝、私は見慣れない景色に驚いて飛び起きたが、すぐに状況を思い出し、ほっと一息ついた。
今の私はリディア・クラウディウスだ。毎朝ぎりぎりで家を飛び出していたOLではないのだ。骨身に沁み込んでしまった社畜の性が悲しい。
私は体を解すように背中を反った。こんなにゆっくりとした朝は久々だ。
(記憶はまだぼんやりしてるみたい)
意識が完全に前世の私だからか、リディアと魔王の記憶が断片的にしか思い出せない。多分時間が経って記憶が馴染んでいけばこのちぐはぐな感覚も解消されると思うけど、そうなったらどうなるんだろ。リディアと魔王の意識が復活して、体の主導権を巡った脳内バトルが勃発するのかな。
うん。恐いから今は考えないでおこう。
(今はとにかく二度寝がしたいな)
仕事に追われない朝なんていつ振りだろうか。今後のために考えることは山ほどあるけど、せっかく転生したのだ。前世の嫌な記憶を楽しい思い出で塗り替えていけるように精一杯生きていこう。というわけで社畜時代にできなかった二度寝に洒落こもう。
(このベッド気持ち良いなぁ……)
さすがは貴族のベッドと言うべきか、全身が沈むほどにふかふかだ。高価なベッドってこんなに寝心地が違うんだね。いくらでも眠れそうだ。
そんな感じで二度寝の気持ち良さに浸っていると、部屋の外から駆け足が聞こえてきた。徐々に私の部屋に近付いてきている。
「リディア様! リディアお嬢様!」
誰かが慌てた様子で扉をノックした。リディアの記憶で知っている。リディアの身の回りの世話をしているメイドのポーラの声だ。
「入りなさい」
だらしなく寝そべっていた私は居住まいを正し、澄ました声を発した。リディアの記憶が残っているおかげで令嬢然とした振る舞いも何とかできそうだ。
「失礼します! 申し訳ございませんでした!」
ポーラは部屋に入るなり床に平伏した。朝からいきなり土下座はびっくりする。何かとんでもないことを仕出かしたのかな?
いや、これは違う。前世の記憶を思い出す前まで私はリディアとして生きてきた。だからポーラが何故こんなことをしているのか理解できた。
リディアは自分自身への厳しさを他人にも求める完璧主義者だった。失態を演じた他人への指摘はきついものがあり、それに耐えられず辞めていったメイドは数多い。実家の家族を食べさせるために必死の思いで奉公しているメイドが辞めていくのだから相当なものだ。そんなリディアの振る舞いが悪役令嬢としての評判の拍車をかけていたのだ。
「リディアお嬢様が起きる前から部屋の外で待っているように仰せつかっていたのに遅れてしまいました。大変申し訳ございませんでした!」
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