【連載版】婚約破棄されたラスボス悪役令嬢に転生した私は死の運命から逃れるためにトゥルーエンドを目指します

朝日はじめ

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第1章 乙女ゲーの世界に転生しました

15 神話の霊薬

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「うっ、あうっ! ああっ!」

 そのときだった。エレオノール様が胸を押さえながら苦しみ始めた。

「母上!?」
「エレオノール様!?」

 私とルーク様はエレオノール様の元へ駆け寄った。ルーク様はすぐに兵士を呼んで医者を呼ぶように手配した。

「いつもの発作にしては症状が長引いている! 母上! お気を確かに! 母上!」

 ルーク様は必死にエレオノール様へ呼び掛けている。

 前世の私とリディアの記憶でエレオノール様の持病については知っている。いずれ死に至る不治の病であり、並みの薬ではまったく効果がない重い病だ。聖女のみが使える超位の治癒魔法なら治すことができるが、主人公がそれを習得するまでには膨大な時間がかかる。

 だからこそルーク様はエリクサーを探しているのだ。エリクサーではエレオノール様の病気を完全に治すことはできないが、病状を緩和させる効能がある。しかし発見することができず、全ルートでエレオノール様は命を落としてしまう。エレオノール様の死後、主人公がルーク様にどう接するかで好感度が変わるのだが、今はそんなことを考えている場合ではない。

 エレオノール様の激しい発作を見る限り、ゲーム中盤で起きるはずのエレオノール様死亡展開が目の前で起きていると判断していいだろう。これは主人公でさえ立ち会えなかった場面だ。

 私は懊悩した。私は裏ダンジョンの帰りにエリクサーの上位にあたるラストエリクサーを入手している。これを使えばエレオノール様を助けられるが、ゲーム本編のエレオノール様は全ルートで死亡する存在だ。この場でエレオノール様を救うことで物語に生じる影響は計り知れない。もしかしたら私が知るストーリーとは異なる歴史に進んでしまうかもしれない。

 トゥルーエンドに至って死の運命から解放される。それがこの世界における私の目的だ。自分の知識が通用しなくなるかもしれないストーリー展開に身を投じるのはあまりにリスクが大きすぎる。

「母上! 母上! 僕が、僕がエリクサーを見付けてさえいれば……!」

 ルーク様は澎湃と涙を流した。

 他人に弱味を見せないルーク様が私の目を憚らずに男泣きしている。ルーク様にとってエレオノール様は大切な母親だ。この世界が現実となった今、ここで死に瀕しているエレオノール様と泣いているルーク様はただのゲームのキャラクターではなくなったのだ。

 私は両頬を張った。エレオノール様を死なせることをリディアは良しとしないだろう。

 私だってそうだ。一瞬でも見捨てようと考えたなんて、本当にバカだった。

「ルーク様、これを」

 私は収納魔法の中から青白い小瓶を取り出した。

「これは……?」
「……ラストエリクサーですわ」
「ら、ラストエリクサーだって!? 神話の時代にのみ存在していたと言われる伝説の霊薬じゃないか! どうして君がそれを持っているんだ!?」
「そんなこと気にしている場合ではありませんわ。早くエレオノール様に飲ませたほうがよいのではなくて?」
「あ、ああ 君の言う通りだ!」

 ルーク様は蓋を開けてエレオノール様に飲ませようとしたが、エレオノール様は発作の苦しみでベッドの上をのた打ち回っている。取り押さえても頭を動かされてはおちおち飲ませることもできない。

「仕方ありませんわね」

 ルーク様から小瓶を取り返した私は中の液体を口に含み、口移しでエレオノール様に飲ませた

 エレオノール様がごくりと喉を鳴らすと、体にラストエリクサーが染み渡ったのだろう。苦しんでいたのが嘘のようにおとなしくなった。

「あれ、私は一体……?」

 目を覚ましたエレオノール様はきょろきょろと辺りを見渡した。

「母上!」

 ルーク様は半泣きでエレオノール様に抱き着いた。

「……こんなに体が楽になったのは生まれて初めて。何をしたの?」
「リディアがラストエリクサーを母上に飲ませたのです」
「ラストエリクサー……? 一体何の話をしてるの?」
「効き目があったようで何よりですわ」

 エレオノール様の顔色が劇的に良くなっている。効果が確かなら病も治っているはずだ。

 その後、遅れてやってきた医者は状態異常を確認する感知魔法でエレオノール様を診察し、目を見張った。

「……あんなに大きかった悪性の腫瘍が消えている。信じられない……こんなことが……」
「私がラストエリクサーをエレオノール様に飲ませました。そのおかげですわ」
「ら、ラストエリクサーだって!? 神話の時代にのみ存在したとされているあの!? 人類史上で実物が確認された例は一度としてない幻の霊薬だぞ! だがエレオノール様の病が完治していることからも本物で間違いない!」

 目の色を変えた医者は小瓶を矯めつ眇めつ眺めた。

「……そんなまさかと思っていたけど、間違いなく本物のラストエリクサーなのかい?」
「間違いありません! この瓶も硝子ではなくミスリルでできています。おそらくラストエリクサーが持つ万物を癒す魔力の漏出を抑えるための容器なのでしょうが、ミスリルをこれほど薄く緻密に加工する技術は大昔に失われています。この世界でたった一つしか存在していないと言われても過言ではない……これには計り知れないほどの価値があります」
「そんな稀少な物を、私のために……?」

 エレオノール様は大粒の涙を流した。

 何か話が思っていたより大事になってきた。あと二個手元にあるなんて言ったらどんな反応をされるかわかったものではない。
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