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第1章 乙女ゲーの世界に転生しました
55 超常の存在
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怪物と化したジェイコブ王子が討伐されてから数日が経過した。王都は何事もなかったかのように平穏な日々が続いている。
ルーク様の判断であの化け物の正体がジェイコブ王子だという事実は秘匿されることになった。国王陛下やエレオノール様の心情を思ってのことだろう。ジェイコブ王子が自力で脱走したことは城の人間の知るところだ。そのまま国外へと逃亡し、行方不明になったということで処理するようだ。
理由はそれだけではない。自業自得とはいえ、怪物と化した一国の王子を討伐したとなればクリスタたちにどんな処罰が下されるかわかったものではない。ルーク様はその点を考慮し、突然現れた正体不明の怪物を聖女一行が討伐したという英雄譚に挿げ替えることにしたのだ。
その後、クリスタたちの受勲式が行われた。
攻略対象の中で唯一の平民だったディランには男爵の爵位が授与された。
クラウスとアイナの実家には新たな領地が与えられた。
クリスタは母親のための莫大な褒美を与えらえることになった。
受勲式に参列した私はみんなの晴れ姿を遠巻きに眺めた。
ルーク様は私にも名誉を与えられる資格があると言ってきたが、戦果を挙げたのは五人だと主張し、丁重に辞退した。目立てばそれだけ正体がバレる可能性が高まる。引き続き裏方に回り、クリスタと攻略対象たちの仲を取り持っていくつもりだ。
受勲式のあとは祝賀会が行われた。皆各々に高価な衣装で着飾り、会場内でお偉方と話をしている。
私はこっそり会場を抜け出し、テラスから王都を一望した。
「これから上手くやっていけるか少し不安ですわね」
今回は上手く誤魔化すことができたが、この先も同じようにできるとは限らない。
ジェイコブ王子の死も、みんなの受勲式も、すべて私の知らない展開だ。
これからはゲームの知識に頼らない柔軟な立ち回りを意識していかなければならない。
「人生は上手くいかないことのほうが多いのではないか?」
独りでに発動した金色の魔法陣からシンが姿を現わした。
「また勝手に……あなたに人間の生き方の何がわかるのよ」
「わからんよ? だが何者であろうと生きた先に待ち受ける未来は不確定だ。この我とてまさか友を持つようになるとは思わなかったからな」
相変わらず飄々としていて何を考えているかわからない。
だが――
「……あなたなんでしょ?」
「何の話だ?」
「ヒドラが王都の近くに現れたのも、ジェイコブ王子に魔石を与えたのも、全部」
魔王に言われたこともあって、私はこの数日で色々と調べて回った。
ヒドラが竜の一種であること。黒い魔石を裏ダンジョンで見掛けていたこと。証拠と言うには乏しいが、裏で糸を引いているのは誰かと言われると、消去法でシンしか考えられない。
「あなたの力なら誰にも悟られないでヒドラを転移させることができる。あの魔石もあなたが眠っていた洞窟にあった。あれを持ち出せるのは私か、あなたしかいない」
「ただの推測ではないか。証拠は何一つない……と言いたいところだが、確かにすべて我がやったことだ」
私は目を剥いた。白を切るだろうと予想していたのにこうもあっさり白状するとは思わなかった。
「何でそんなことしたの?」
「お前があの聖女たちを鍛えたいと言っていたからな。ちまちまやっていたのでは埒が明かぬと思い、ヒドラをけしかけてみたのよ。あの小僧、ジェイコブとか言ったか? あれは欲深い人間の中でも一際目立っていて実に興味深かった。魔石を与えたらどう踊ってくれるのか楽しみにしておったが、中々の道化ぶりであったな」
シンはからからと笑った。表面上は気さくに見えるが、私は初めてシンを得体の知れない何かだと感じ、背筋を震わせた。
「人生は思い通りにはいかぬ。故に人は足掻き、短い生を懸命に生き抜こうとする。しかしその結末がわかっていてはつまらん。そうは思わぬか?」
「まるで私が未来を知っているかのように言うのね」
「何かしらの未来は見えているのだろう? それにしてはおざなりな振る舞いではあるがな」
「……何が目的なの?」
私は内心の恐怖を悟られないように毅然とシンを睨み付けた。
シンは私の心中を見透かしているかのように、余裕のある笑みを浮かべた。
「そう恐い顔をするな。我に敵対の意思はない」
「なら何であんなことをしたの?」
「決まっている。友は茶化し合うものではないか」
「……はい?」
私は顎を落とした。こいつは何を言ってるんだろ。
「友とは対等の関係だ。互いを信頼し、尊重し、そして時には茶化し合い、相争う」
シンは両腕を広げ、くるりと回った。
「我はこの星の始まりと共に生れ落ちた。やがて天より舞い降りた女神と約定を交わした。奴が生み出した生命の営みを見守り、人知れず星を守り続けてきた……まるで永久の牢獄に閉じ込められたような日々であった。我は遠からず星に満ちる悪意に自我を奪われ、星を滅する破壊者に成り果てていただろう。その運命から解放してくれたのはお前だ、我が友よ」
シンはテラスの手摺りに飛び乗り、危なげなく佇立した。
「我は今までも、そしてこれからも星の守護者として在り続ける。だが人の短い生の分だけ羽目を外すくらいよいであろう? 我はお前がこの世界で何を為すか傍らで見ていたい。対等な友として友情を深め、茶化し合い、時には対立してでも……それが我のささやかな願いなのだよ」
私は冷や汗をかいた。
いつの間にかふざけた言動と少年の見た目に騙されていた。
こいつは女神に匹敵する超常の存在であり、この乙女ゲーにおける裏ボスなのだ。
怪物と化したジェイコブ王子が討伐されてから数日が経過した。王都は何事もなかったかのように平穏な日々が続いている。
ルーク様の判断であの化け物の正体がジェイコブ王子だという事実は秘匿されることになった。国王陛下やエレオノール様の心情を思ってのことだろう。ジェイコブ王子が自力で脱走したことは城の人間の知るところだ。そのまま国外へと逃亡し、行方不明になったということで処理するようだ。
理由はそれだけではない。自業自得とはいえ、怪物と化した一国の王子を討伐したとなればクリスタたちにどんな処罰が下されるかわかったものではない。ルーク様はその点を考慮し、突然現れた正体不明の怪物を聖女一行が討伐したという英雄譚に挿げ替えることにしたのだ。
その後、クリスタたちの受勲式が行われた。
攻略対象の中で唯一の平民だったディランには男爵の爵位が授与された。
クラウスとアイナの実家には新たな領地が与えられた。
クリスタは母親のための莫大な褒美を与えらえることになった。
受勲式に参列した私はみんなの晴れ姿を遠巻きに眺めた。
ルーク様は私にも名誉を与えられる資格があると言ってきたが、戦果を挙げたのは五人だと主張し、丁重に辞退した。目立てばそれだけ正体がバレる可能性が高まる。引き続き裏方に回り、クリスタと攻略対象たちの仲を取り持っていくつもりだ。
受勲式のあとは祝賀会が行われた。皆各々に高価な衣装で着飾り、会場内でお偉方と話をしている。
私はこっそり会場を抜け出し、テラスから王都を一望した。
「これから上手くやっていけるか少し不安ですわね」
今回は上手く誤魔化すことができたが、この先も同じようにできるとは限らない。
ジェイコブ王子の死も、みんなの受勲式も、すべて私の知らない展開だ。
これからはゲームの知識に頼らない柔軟な立ち回りを意識していかなければならない。
「人生は上手くいかないことのほうが多いのではないか?」
独りでに発動した金色の魔法陣からシンが姿を現わした。
「また勝手に……あなたに人間の生き方の何がわかるのよ」
「わからんよ? だが何者であろうと生きた先に待ち受ける未来は不確定だ。この我とてまさか友を持つようになるとは思わなかったからな」
相変わらず飄々としていて何を考えているかわからない。
だが――
「……あなたなんでしょ?」
「何の話だ?」
「ヒドラが王都の近くに現れたのも、ジェイコブ王子に魔石を与えたのも、全部」
魔王に言われたこともあって、私はこの数日で色々と調べて回った。
ヒドラが竜の一種であること。黒い魔石を裏ダンジョンで見掛けていたこと。証拠と言うには乏しいが、裏で糸を引いているのは誰かと言われると、消去法でシンしか考えられない。
「あなたの力なら誰にも悟られないでヒドラを転移させることができる。あの魔石もあなたが眠っていた洞窟にあった。あれを持ち出せるのは私か、あなたしかいない」
「ただの推測ではないか。証拠は何一つない……と言いたいところだが、確かにすべて我がやったことだ」
私は目を剥いた。白を切るだろうと予想していたのにこうもあっさり白状するとは思わなかった。
「何でそんなことしたの?」
「お前があの聖女たちを鍛えたいと言っていたからな。ちまちまやっていたのでは埒が明かぬと思い、ヒドラをけしかけてみたのよ。あの小僧、ジェイコブとか言ったか? あれは欲深い人間の中でも一際目立っていて実に興味深かった。魔石を与えたらどう踊ってくれるのか楽しみにしておったが、中々の道化ぶりであったな」
シンはからからと笑った。表面上は気さくに見えるが、私は初めてシンを得体の知れない何かだと感じ、背筋を震わせた。
「人生は思い通りにはいかぬ。故に人は足掻き、短い生を懸命に生き抜こうとする。しかしその結末がわかっていてはつまらん。そうは思わぬか?」
「まるで私が未来を知っているかのように言うのね」
「何かしらの未来は見えているのだろう? それにしてはおざなりな振る舞いではあるがな」
「……何が目的なの?」
私は内心の恐怖を悟られないように毅然とシンを睨み付けた。
シンは私の心中を見透かしているかのように、余裕のある笑みを浮かべた。
「そう恐い顔をするな。我に敵対の意思はない」
「なら何であんなことをしたの?」
「決まっている。友は茶化し合うものではないか」
「……はい?」
私は顎を落とした。こいつは何を言ってるんだろ。
「友とは対等の関係だ。互いを信頼し、尊重し、そして時には茶化し合い、相争う」
シンは両腕を広げ、くるりと回った。
「我はこの星の始まりと共に生れ落ちた。やがて天より舞い降りた女神と約定を交わした。奴が生み出した生命の営みを見守り、人知れず星を守り続けてきた……まるで永久の牢獄に閉じ込められたような日々であった。我は遠からず星に満ちる悪意に自我を奪われ、星を滅する破壊者に成り果てていただろう。その運命から解放してくれたのはお前だ、我が友よ」
シンはテラスの手摺りに飛び乗り、危なげなく佇立した。
「我は今までも、そしてこれからも星の守護者として在り続ける。だが人の短い生の分だけ羽目を外すくらいよいであろう? 我はお前がこの世界で何を為すか傍らで見ていたい。対等な友として友情を深め、茶化し合い、時には対立してでも……それが我のささやかな願いなのだよ」
私は冷や汗をかいた。
いつの間にかふざけた言動と少年の見た目に騙されていた。
こいつは女神に匹敵する超常の存在であり、この乙女ゲーにおける裏ボスなのだ。
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