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6話
王都の喧騒から少し離れた、緑豊かな土地。
そこに建つ白亜の別邸の前に降り立った瞬間、ニコは膝から崩れ落ちそうになった。
「……アル、ここ、家じゃないよね?お城の分室か何かだよね?」
「何を言っている。今日からここが俺たちの家だ。ニコが狭いと言い出さないか、それだけが心配だったんだが」
「狭いわけないだろ!アパート何十軒分だと思ってるんだ!」
ニコは絶叫したが、アルヴィスは全く気にした様子もなく、ニコの腰を抱いたまま優雅に門をくぐった。
庭園には見たこともないような魔力の高い花々が咲き誇り、噴水からは清らかな水が音を立てて溢れている。
玄関ホールに足を踏み入れると、そこには既にニコのアパートにあった古びた家具や、使い慣れた薬瓶たちが、高級な大理石の床の上に並べられていた。その光景はあまりにもシュールで、ニコは目眩を覚える。
「勝手に転移させたのは悪かったが、お前がいない間に騎士団の連中が踏み込んできたら困るだろう?ここは俺の魔力で完全に保護されている。俺とお前が許可したもの以外、蟻一匹入り込むことはできない」
「……用意周到すぎて、もう怒る気力も湧かないよ」
ニコは大きなため息をつき、自分の作業台へと歩み寄った。
アパートでは場所を取っていた乾燥棚も、この広大なホールでは、まるで玩具のように小さく見える。
「ニコ、一番奥の部屋を見てみろ。お前のために用意したんだ」
アルヴィスに促され、ニコは半信半疑で奥の重厚な扉を開けた。
そこには、ニコが一生かかっても買えないような最新式の蒸留器や、銀製の天秤、そして壁一面を埋め尽くすほどの薬草の引き出しが備え付けられていた。
窓からは柔らかい光が差し込み、風通しも完璧だ。薬を調合するには、これ以上ないほど最高の環境だった。
「……これ、全部僕に?」
「ああ。お前は薬師の仕事を続けたいんだろう? なら、最高の環境を用意するのは夫としての義務だ」
「だから夫じゃないってば……。でも、すごいな。これ、王立研究所でもお目にかかれないような設備だよ」
ニコの琥珀色の瞳が、プロの薬師として輝きを帯びる。
それを見たアルヴィスは、満足げにニコの背後から抱きつき、その細い肩に顎を乗せた。
「喜んでくれたようで何よりだ。市場へ納品に行く必要はない。必要な素材があれば俺が世界中から集めてくるし、出来上がった薬は城に高く売りつければいい」
「そんなのダメだよ。僕の薬を待ってるおじいちゃんやおばあちゃんたちがいるんだから。……でも、この部屋なら、もっとすごい薬が作れるかもしれない」
「ふっ、相変わらず欲がないな」
アルヴィスの腕が、ぎゅっとニコの体を締め上げる。
ワインレッドの髪が頬に触れ、彼の熱い鼓動が背中を通じて伝わってきた。
伝説の勇者、世界を救った救世主。
そんな重苦しい肩書きを全て脱ぎ捨てたアルヴィスは、今、ただ一人の男としてニコを求めている。
「ニコ……。俺はもう、お前を一人にはさせない。お前が薬を作っている間、俺は隣でそれを見ていよう。お前が眠る時は俺が抱きしめる。お前が笑う時は俺がその理由になりたい」
「……アル、それ、甘すぎて胸焼けする」
「正直な感想だな。だが、拒絶はさせないぞ」
アルヴィスはニコをくるりと自分の方へ向かせると、その額に優しく、けれど深い誓いを込めるように口づけを落とした。
ニコは真っ赤になって俯いたが、その手はしっかりとアルヴィスのジャケットを掴んでいた。
三年前、勇者に選ばれた彼を見て、「もう自分の手は届かない」と逃げ出した。
けれど、アルヴィスはそんなニコを責めるどころか、その手を掴み取るために世界の果てから戻ってきたのだ。
「……ねえ、アル。本当に、ずっとここにいていいの?」
「ここにいてもらわなくては困る。お前がいないと、俺はこの国を平和に保つ自信がない」
「またそんな物騒なこと言って……。わかったよ。君の暴走を止めるために、僕がずっと監視してあげる」
「監視、か。それはいい。生涯かけて、俺だけをじっくりと見ていろ」
アルヴィスは嬉しそうに黄金の瞳を細め、ニコの唇を奪った。
今度の口づけは、昨夜の強引なものとは違い、とろけるような甘さに満ちていた。
翌日。
王都では、消えた勇者が別邸に引きこもり、謎の薬師を片時も離さないという噂で持ちきりになった。
国王からは「せめて週に一度は顔を出してほしい」という涙ながらの親書が届いたが、アルヴィスはそれを暖炉の薪代わりに使い、ニコの作る特製ハーブティーの湯気に目を細めている。
世界を救った最強の勇者と、彼に愛されすぎた薬師。
二人の新生活は、まだ始まったばかりだ。
ニコの薬箱には、これから新しい薬のレシピと共に、アルヴィスから贈られる数えきれないほどの愛が詰め込まれていくことになるだろう。
窓の外では、春の風が心地よく吹き抜けていく。
かつて離れ離れになった二人の時間は、今、ようやく一つの物語として重なり合い、永遠へと続いていく。
「アル、顔が近いってば!」
「いいだろう。俺の婚約者なんだから」
そんな賑やかなやり取りが、今日も白亜の邸宅に幸せそうに響き渡っていた。
そこに建つ白亜の別邸の前に降り立った瞬間、ニコは膝から崩れ落ちそうになった。
「……アル、ここ、家じゃないよね?お城の分室か何かだよね?」
「何を言っている。今日からここが俺たちの家だ。ニコが狭いと言い出さないか、それだけが心配だったんだが」
「狭いわけないだろ!アパート何十軒分だと思ってるんだ!」
ニコは絶叫したが、アルヴィスは全く気にした様子もなく、ニコの腰を抱いたまま優雅に門をくぐった。
庭園には見たこともないような魔力の高い花々が咲き誇り、噴水からは清らかな水が音を立てて溢れている。
玄関ホールに足を踏み入れると、そこには既にニコのアパートにあった古びた家具や、使い慣れた薬瓶たちが、高級な大理石の床の上に並べられていた。その光景はあまりにもシュールで、ニコは目眩を覚える。
「勝手に転移させたのは悪かったが、お前がいない間に騎士団の連中が踏み込んできたら困るだろう?ここは俺の魔力で完全に保護されている。俺とお前が許可したもの以外、蟻一匹入り込むことはできない」
「……用意周到すぎて、もう怒る気力も湧かないよ」
ニコは大きなため息をつき、自分の作業台へと歩み寄った。
アパートでは場所を取っていた乾燥棚も、この広大なホールでは、まるで玩具のように小さく見える。
「ニコ、一番奥の部屋を見てみろ。お前のために用意したんだ」
アルヴィスに促され、ニコは半信半疑で奥の重厚な扉を開けた。
そこには、ニコが一生かかっても買えないような最新式の蒸留器や、銀製の天秤、そして壁一面を埋め尽くすほどの薬草の引き出しが備え付けられていた。
窓からは柔らかい光が差し込み、風通しも完璧だ。薬を調合するには、これ以上ないほど最高の環境だった。
「……これ、全部僕に?」
「ああ。お前は薬師の仕事を続けたいんだろう? なら、最高の環境を用意するのは夫としての義務だ」
「だから夫じゃないってば……。でも、すごいな。これ、王立研究所でもお目にかかれないような設備だよ」
ニコの琥珀色の瞳が、プロの薬師として輝きを帯びる。
それを見たアルヴィスは、満足げにニコの背後から抱きつき、その細い肩に顎を乗せた。
「喜んでくれたようで何よりだ。市場へ納品に行く必要はない。必要な素材があれば俺が世界中から集めてくるし、出来上がった薬は城に高く売りつければいい」
「そんなのダメだよ。僕の薬を待ってるおじいちゃんやおばあちゃんたちがいるんだから。……でも、この部屋なら、もっとすごい薬が作れるかもしれない」
「ふっ、相変わらず欲がないな」
アルヴィスの腕が、ぎゅっとニコの体を締め上げる。
ワインレッドの髪が頬に触れ、彼の熱い鼓動が背中を通じて伝わってきた。
伝説の勇者、世界を救った救世主。
そんな重苦しい肩書きを全て脱ぎ捨てたアルヴィスは、今、ただ一人の男としてニコを求めている。
「ニコ……。俺はもう、お前を一人にはさせない。お前が薬を作っている間、俺は隣でそれを見ていよう。お前が眠る時は俺が抱きしめる。お前が笑う時は俺がその理由になりたい」
「……アル、それ、甘すぎて胸焼けする」
「正直な感想だな。だが、拒絶はさせないぞ」
アルヴィスはニコをくるりと自分の方へ向かせると、その額に優しく、けれど深い誓いを込めるように口づけを落とした。
ニコは真っ赤になって俯いたが、その手はしっかりとアルヴィスのジャケットを掴んでいた。
三年前、勇者に選ばれた彼を見て、「もう自分の手は届かない」と逃げ出した。
けれど、アルヴィスはそんなニコを責めるどころか、その手を掴み取るために世界の果てから戻ってきたのだ。
「……ねえ、アル。本当に、ずっとここにいていいの?」
「ここにいてもらわなくては困る。お前がいないと、俺はこの国を平和に保つ自信がない」
「またそんな物騒なこと言って……。わかったよ。君の暴走を止めるために、僕がずっと監視してあげる」
「監視、か。それはいい。生涯かけて、俺だけをじっくりと見ていろ」
アルヴィスは嬉しそうに黄金の瞳を細め、ニコの唇を奪った。
今度の口づけは、昨夜の強引なものとは違い、とろけるような甘さに満ちていた。
翌日。
王都では、消えた勇者が別邸に引きこもり、謎の薬師を片時も離さないという噂で持ちきりになった。
国王からは「せめて週に一度は顔を出してほしい」という涙ながらの親書が届いたが、アルヴィスはそれを暖炉の薪代わりに使い、ニコの作る特製ハーブティーの湯気に目を細めている。
世界を救った最強の勇者と、彼に愛されすぎた薬師。
二人の新生活は、まだ始まったばかりだ。
ニコの薬箱には、これから新しい薬のレシピと共に、アルヴィスから贈られる数えきれないほどの愛が詰め込まれていくことになるだろう。
窓の外では、春の風が心地よく吹き抜けていく。
かつて離れ離れになった二人の時間は、今、ようやく一つの物語として重なり合い、永遠へと続いていく。
「アル、顔が近いってば!」
「いいだろう。俺の婚約者なんだから」
そんな賑やかなやり取りが、今日も白亜の邸宅に幸せそうに響き渡っていた。
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