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1話
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意識が浮上した瞬間、最初に感じたのは「圧倒的な心地よさ」だった。
ふかふかの高級羽毛布団に包まれているような、あるいは日当たりのいい縁側で昼寝をしているような、全細胞が弛緩するような感覚。
(……あれ、俺、どうしたんだっけ)
確か、仕事帰りに親友の恭介(きょうすけ)と居酒屋へ向かっていたはずだ。
歩道の信号が青に変わり、一歩踏み出したところで、視界が真っ白な光に包まれて――。
「……あ」
声を出そうとして、自分の異変に気づいた。
喉から漏れたのは「アッ」という短い吐息ではなく、「きゅぅ」という、情けないほどに高い鳴き声だった。
(は? 何だ今の。俺の声か?)
慌てて目を開ける。
視界に飛び込んできたのは、見覚えのない豪華な天井。シャンデリアが輝き、壁には中世ヨーロッパを思わせるような重厚なタペストリーが飾られている。
そして何よりおかしかったのは、自分の視点が極端に低いことだ。
俺は必死に体を起こそうとした。しかし、手足に力が入らない。
視線を下に落とすと、そこには――。
「…………嘘だろ」
白かった。
雪のように白く、綿菓子のようにふわふわとした毛に覆われた、短くて丸い「前足」が二つ。
爪は小さく、肉球は炊き立ての桃色をしている。
驚いて後ろを振り返れば、そこには自分の体よりも大きそうな、太くて立派な尻尾が一本、困惑したようにパタパタと揺れていた。
(俺……犬? いや、狐か? っていうか、もふもふじゃねーか!!)
混乱してその場でジタバタと暴れる。
どう見ても、26歳の独身サラリーマン・陽太(ひなた)の姿ではない。
中身は立派な成人男性なのに、外見はどう見ても生後数ヶ月の、愛くるしさの塊のような小動物だった。
「お、起きたか! 陽太、大丈夫か!?」
聞き慣れた声が部屋に響き渡った。
扉を勢いよく開けて入ってきたのは、黒髪を少し乱したイケメン――俺の親友、恭介だった。
だが、その格好がおかしい。普段のスーツ姿ではなく、金糸の刺繍が施された白銀のローブを纏っている。まるでファンタジー映画の魔術師だ。
「き、恭介! これどういうことだよ! 俺、変な動物になってるんだけど!」
必死に訴えかける。しかし、口から出るのは「きゅ、きゅぅん! きゃうん!」という愛らしい鳴き声の連打。
恭介はそれを見た瞬間、目を見開いて硬直した。
「……っ、うわああああ!! 可愛い! 陽太、お前、めちゃくちゃ可愛いぞ!!」
「はぁ!?」
恭介は凄まじい勢いで床に膝をつくと、俺をひょいっと両手で抱き上げた。
大きな手が、俺の背中やお腹を包み込む。
普段は冷静沈着で「鉄面皮」なんて呼ばれていた親友の顔が、今は見たこともないほどデレデレに緩んでいた。
「やめろ、離せ! 男同士で抱っこなんて正気か!?」
「待て待て、暴れるな。その短い足でジタバタするのも最高に可愛いけど、爪が引っかかるだろ? よしよし、怖くないぞー」
「怖がってねーよ! 降ろせっつってんの!」
俺は恭介の胸板を前足でポカポカと叩いた。だが、肉球の感触は柔らかく、攻撃力は皆無だ。
むしろ恭介は「はわわ……肉球パンチ……」と、幸せそうに頬を染めている。こいつ、こんなに変態だったか?
「いいか陽太、落ち着いて聞け。俺たちはどうやら、あのトラック事故で異世界に来ちまったらしい。俺はこの国で百年ぶりに現れた『伝説の召喚術師』なんだそうだ」
「召喚……術師?」
「ああ。そして、俺が最初に召喚した『運命の契約獣』が、お前だったんだよ」
恭介の説明によると、ここは魔法が存在する異世界。
彼はこの国の王族も一目を置くほどの魔力を持って召喚され、そのパートナーとして俺を喚び出したらしい。
「お前は『神獣』っていう、この世界でも滅多にお目にかかれない高位の存在らしいぞ。見た目は……ええと、聖なる白狐と犬のハーフみたいな感じだな。とにかく、奇跡みたいな可愛さだ」
「神獣だか何だか知らねーけど、俺は男だぞ! 親友だろ! こんな扱い――」
言いかけたところで、恭介の指先が、俺の耳の付け根あたりを絶妙な力加減でカリカリと掻いた。
「ここか? ここが気持ちいいのか?」
「きゅ……、ふ、ふぅ……っ」
(やばい、気持ちいい……)
抗おうとしたのに、身体が勝手に反応する。
恭介の指が動くたびに、脳がとろけるような感覚が広がり、気づけば俺の喉は「ゴロゴロゴロ……」と、まるで猫のように鳴り始めていた。
「ほら、やっぱりここだ。陽太、お前しっぽ振ってるぞ」
「振ってねえ! これは……生理現象だ!」
「はは、いい子だな。大丈夫だ、俺がお前を一生守ってやる。美味しい飯も、最高の寝床も、毎日欠かさないブラッシングも約束する」
恭介はそう言うと、俺を自分の頬にすり寄せた。
男の肌の温もりが伝わってきて、心臓が跳ねる。
今まではただの腐れ縁の親友だったはずなのに、この「飼い主とペット」のような、あるいはそれ以上の密着度に、俺の心は激しく千々に乱れた。
(……待て。こいつ、もしかしてノリノリじゃねーか?)
恭介の瞳には、かつてないほどの情熱が宿っている。
しかも、その視線は単に「可愛いペット」を見ているだけではないような、もっと深い、熱いものが混ざっている気がして――。
「……あ、そうだ。神獣様、お食事の前に少しお顔を拭きましょうねー」
「やめろ変態! 赤ちゃん扱いすんな!」
俺の咆哮(鳴き声)は、今日も豪華な客間に虚しく響き渡るのだった。
ふかふかの高級羽毛布団に包まれているような、あるいは日当たりのいい縁側で昼寝をしているような、全細胞が弛緩するような感覚。
(……あれ、俺、どうしたんだっけ)
確か、仕事帰りに親友の恭介(きょうすけ)と居酒屋へ向かっていたはずだ。
歩道の信号が青に変わり、一歩踏み出したところで、視界が真っ白な光に包まれて――。
「……あ」
声を出そうとして、自分の異変に気づいた。
喉から漏れたのは「アッ」という短い吐息ではなく、「きゅぅ」という、情けないほどに高い鳴き声だった。
(は? 何だ今の。俺の声か?)
慌てて目を開ける。
視界に飛び込んできたのは、見覚えのない豪華な天井。シャンデリアが輝き、壁には中世ヨーロッパを思わせるような重厚なタペストリーが飾られている。
そして何よりおかしかったのは、自分の視点が極端に低いことだ。
俺は必死に体を起こそうとした。しかし、手足に力が入らない。
視線を下に落とすと、そこには――。
「…………嘘だろ」
白かった。
雪のように白く、綿菓子のようにふわふわとした毛に覆われた、短くて丸い「前足」が二つ。
爪は小さく、肉球は炊き立ての桃色をしている。
驚いて後ろを振り返れば、そこには自分の体よりも大きそうな、太くて立派な尻尾が一本、困惑したようにパタパタと揺れていた。
(俺……犬? いや、狐か? っていうか、もふもふじゃねーか!!)
混乱してその場でジタバタと暴れる。
どう見ても、26歳の独身サラリーマン・陽太(ひなた)の姿ではない。
中身は立派な成人男性なのに、外見はどう見ても生後数ヶ月の、愛くるしさの塊のような小動物だった。
「お、起きたか! 陽太、大丈夫か!?」
聞き慣れた声が部屋に響き渡った。
扉を勢いよく開けて入ってきたのは、黒髪を少し乱したイケメン――俺の親友、恭介だった。
だが、その格好がおかしい。普段のスーツ姿ではなく、金糸の刺繍が施された白銀のローブを纏っている。まるでファンタジー映画の魔術師だ。
「き、恭介! これどういうことだよ! 俺、変な動物になってるんだけど!」
必死に訴えかける。しかし、口から出るのは「きゅ、きゅぅん! きゃうん!」という愛らしい鳴き声の連打。
恭介はそれを見た瞬間、目を見開いて硬直した。
「……っ、うわああああ!! 可愛い! 陽太、お前、めちゃくちゃ可愛いぞ!!」
「はぁ!?」
恭介は凄まじい勢いで床に膝をつくと、俺をひょいっと両手で抱き上げた。
大きな手が、俺の背中やお腹を包み込む。
普段は冷静沈着で「鉄面皮」なんて呼ばれていた親友の顔が、今は見たこともないほどデレデレに緩んでいた。
「やめろ、離せ! 男同士で抱っこなんて正気か!?」
「待て待て、暴れるな。その短い足でジタバタするのも最高に可愛いけど、爪が引っかかるだろ? よしよし、怖くないぞー」
「怖がってねーよ! 降ろせっつってんの!」
俺は恭介の胸板を前足でポカポカと叩いた。だが、肉球の感触は柔らかく、攻撃力は皆無だ。
むしろ恭介は「はわわ……肉球パンチ……」と、幸せそうに頬を染めている。こいつ、こんなに変態だったか?
「いいか陽太、落ち着いて聞け。俺たちはどうやら、あのトラック事故で異世界に来ちまったらしい。俺はこの国で百年ぶりに現れた『伝説の召喚術師』なんだそうだ」
「召喚……術師?」
「ああ。そして、俺が最初に召喚した『運命の契約獣』が、お前だったんだよ」
恭介の説明によると、ここは魔法が存在する異世界。
彼はこの国の王族も一目を置くほどの魔力を持って召喚され、そのパートナーとして俺を喚び出したらしい。
「お前は『神獣』っていう、この世界でも滅多にお目にかかれない高位の存在らしいぞ。見た目は……ええと、聖なる白狐と犬のハーフみたいな感じだな。とにかく、奇跡みたいな可愛さだ」
「神獣だか何だか知らねーけど、俺は男だぞ! 親友だろ! こんな扱い――」
言いかけたところで、恭介の指先が、俺の耳の付け根あたりを絶妙な力加減でカリカリと掻いた。
「ここか? ここが気持ちいいのか?」
「きゅ……、ふ、ふぅ……っ」
(やばい、気持ちいい……)
抗おうとしたのに、身体が勝手に反応する。
恭介の指が動くたびに、脳がとろけるような感覚が広がり、気づけば俺の喉は「ゴロゴロゴロ……」と、まるで猫のように鳴り始めていた。
「ほら、やっぱりここだ。陽太、お前しっぽ振ってるぞ」
「振ってねえ! これは……生理現象だ!」
「はは、いい子だな。大丈夫だ、俺がお前を一生守ってやる。美味しい飯も、最高の寝床も、毎日欠かさないブラッシングも約束する」
恭介はそう言うと、俺を自分の頬にすり寄せた。
男の肌の温もりが伝わってきて、心臓が跳ねる。
今まではただの腐れ縁の親友だったはずなのに、この「飼い主とペット」のような、あるいはそれ以上の密着度に、俺の心は激しく千々に乱れた。
(……待て。こいつ、もしかしてノリノリじゃねーか?)
恭介の瞳には、かつてないほどの情熱が宿っている。
しかも、その視線は単に「可愛いペット」を見ているだけではないような、もっと深い、熱いものが混ざっている気がして――。
「……あ、そうだ。神獣様、お食事の前に少しお顔を拭きましょうねー」
「やめろ変態! 赤ちゃん扱いすんな!」
俺の咆哮(鳴き声)は、今日も豪華な客間に虚しく響き渡るのだった。
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