1 / 23
1話
しおりを挟む
視界のすべてが、残酷なほどに眩い黄金色に染まっていた。
「……はぁ、はぁっ……。どこまで、歩けば……」
瀬戸遥希は、焼け付くような熱気の中で何度目かの吐息を漏らした。
数時間前、調査隊の車とはぐれたのは、ひとえに自分の不注意だ。砂漠の地層に気を取られ、ほんの少し目を離した隙に、道なき道の先へと足を踏み入れてしまった。
考古学者としての知的好奇心が、生存本能を上回ってしまった報いだろうか。
「喉が、熱い……」
水筒はすでに空だ。眼鏡の奥で、視界がぐにゃりと歪む。
砂丘の頂に手をかけ、最後の一歩を踏み出した時、膝の力がふっと抜けた。
熱い砂に顔を埋める覚悟をした、その時だった。
「――異邦の迷い子か。こんなところで、何を死に急いでいる」
頭上から降ってきたのは、砂漠の静寂を切り裂くような、深く、朗々とした低い声だった。
遥希は重い瞼を無理やり押し上げた。
逆光の中に立っていたのは、一人の男だ。
風にたなびく白銀の民族衣装。その下に隠しきれない、鍛え上げられた強靭な肉体の輪郭。
そして何より、遥希の魂を射抜いたのは、太陽の光を凝縮したような「金色」の瞳だった。
「あ……」
声にならない声を漏らした瞬間、遥希の身体は宙に浮いた。
男が、無造作に、けれど確かな力強さで遥希を抱き上げたのだ。
「……っ、放して……ください……」
「大人しくしていろ。これ以上喋れば、喉の水分がすべて尽きるぞ」
男の胸板から伝わってくるのは、砂漠の熱風よりももっと濃密で、生き物の力強さを感じさせる「熱」だった。
触れられた場所から、痺れるような感覚が広がる。男の指が、遥希の細い腰をしっかりと掴んでいるのがわかった。
(熱い、……すごく、熱い……)
遥希は朦朧とする意識の中で、その男の顔を見上げた。
彫刻のように整った鼻梁。縁取られた長い睫毛。そして、自分を捕らえて離さない、傲慢なまでの独占欲を孕んだ瞳。
「……お前、いい匂いがするな。死にかけているというのに、砂の匂いに混じって、甘い香りがする」
男の顔が近づき、その唇が遥希の耳元を掠めた。
熱い吐息が耳孔に吹き込まれ、遥希の背中にゾクリとした戦慄が走る。
「な、にを……」
「俺はザイド。この地の、そしてこれからはお前の『主』となる男の名だ」
ザイドと名乗った男は、遥希の眼鏡を指先で少しずらすと、その潤んだ瞳をじっと覗き込んだ。
まるで、価値ある出土品を見定めているような、冷徹でいて情熱的な視線。
遥希は抗おうとしたが、男の腕の力はあまりに強く、逃げ場などどこにもなかった。
「運命とは奇妙なものだ。千年前の伝承は、真実だったというわけか」
ザイドが何事か独り言をつぶやいたが、遥希の意識はそこで限界を迎えた。
最後に感じたのは、男の分厚い手のひらが、自分の頬を愛おしげに撫でる感触。
そして、獲物を仕留めた猛禽のような、満足げな微笑みだった。
砂漠の風が吹き抜け、遥希の意識は深い闇の中へと沈んでいった。
次に目を覚ました時、そこが自分の知る世界ではないことを、遥希はまだ知る由もなかった。
「……はぁ、はぁっ……。どこまで、歩けば……」
瀬戸遥希は、焼け付くような熱気の中で何度目かの吐息を漏らした。
数時間前、調査隊の車とはぐれたのは、ひとえに自分の不注意だ。砂漠の地層に気を取られ、ほんの少し目を離した隙に、道なき道の先へと足を踏み入れてしまった。
考古学者としての知的好奇心が、生存本能を上回ってしまった報いだろうか。
「喉が、熱い……」
水筒はすでに空だ。眼鏡の奥で、視界がぐにゃりと歪む。
砂丘の頂に手をかけ、最後の一歩を踏み出した時、膝の力がふっと抜けた。
熱い砂に顔を埋める覚悟をした、その時だった。
「――異邦の迷い子か。こんなところで、何を死に急いでいる」
頭上から降ってきたのは、砂漠の静寂を切り裂くような、深く、朗々とした低い声だった。
遥希は重い瞼を無理やり押し上げた。
逆光の中に立っていたのは、一人の男だ。
風にたなびく白銀の民族衣装。その下に隠しきれない、鍛え上げられた強靭な肉体の輪郭。
そして何より、遥希の魂を射抜いたのは、太陽の光を凝縮したような「金色」の瞳だった。
「あ……」
声にならない声を漏らした瞬間、遥希の身体は宙に浮いた。
男が、無造作に、けれど確かな力強さで遥希を抱き上げたのだ。
「……っ、放して……ください……」
「大人しくしていろ。これ以上喋れば、喉の水分がすべて尽きるぞ」
男の胸板から伝わってくるのは、砂漠の熱風よりももっと濃密で、生き物の力強さを感じさせる「熱」だった。
触れられた場所から、痺れるような感覚が広がる。男の指が、遥希の細い腰をしっかりと掴んでいるのがわかった。
(熱い、……すごく、熱い……)
遥希は朦朧とする意識の中で、その男の顔を見上げた。
彫刻のように整った鼻梁。縁取られた長い睫毛。そして、自分を捕らえて離さない、傲慢なまでの独占欲を孕んだ瞳。
「……お前、いい匂いがするな。死にかけているというのに、砂の匂いに混じって、甘い香りがする」
男の顔が近づき、その唇が遥希の耳元を掠めた。
熱い吐息が耳孔に吹き込まれ、遥希の背中にゾクリとした戦慄が走る。
「な、にを……」
「俺はザイド。この地の、そしてこれからはお前の『主』となる男の名だ」
ザイドと名乗った男は、遥希の眼鏡を指先で少しずらすと、その潤んだ瞳をじっと覗き込んだ。
まるで、価値ある出土品を見定めているような、冷徹でいて情熱的な視線。
遥希は抗おうとしたが、男の腕の力はあまりに強く、逃げ場などどこにもなかった。
「運命とは奇妙なものだ。千年前の伝承は、真実だったというわけか」
ザイドが何事か独り言をつぶやいたが、遥希の意識はそこで限界を迎えた。
最後に感じたのは、男の分厚い手のひらが、自分の頬を愛おしげに撫でる感触。
そして、獲物を仕留めた猛禽のような、満足げな微笑みだった。
砂漠の風が吹き抜け、遥希の意識は深い闇の中へと沈んでいった。
次に目を覚ました時、そこが自分の知る世界ではないことを、遥希はまだ知る由もなかった。
19
あなたにおすすめの小説
僕は今日、謳う
ゆい
BL
紅葉と海を観に行きたいと、僕は彼に我儘を言った。
彼はこのクリスマスに彼女と結婚する。
彼との最後の思い出が欲しかったから。
彼は少し困り顔をしながらも、付き合ってくれた。
本当にありがとう。親友として、男として、一人の人間として、本当に愛しているよ。
終始セリフばかりです。
話中の曲は、globe 『Wanderin' Destiny』です。
名前が出てこない短編part4です。
誤字脱字がないか確認はしておりますが、ありましたら報告をいただけたら嬉しいです。
途中手直しついでに加筆もするかもです。
感想もお待ちしています。
片付けしていたら、昔懐かしの3.5㌅FDが出てきまして。内容を確認したら、若かりし頃の黒歴史が!
あらすじ自体は悪くはないと思ったので、大幅に修正して投稿しました。
私の黒歴史供養のために、お付き合いくださいませ。
君と秘密の部屋
325号室の住人
BL
☆全3話 完結致しました。
「いつから知っていたの?」
今、廊下の突き当りにある第3書庫準備室で僕を壁ドンしてる1歳年上の先輩は、乙女ゲームの攻略対象者の1人だ。
対して僕はただのモブ。
この世界があのゲームの舞台であると知ってしまった僕は、この第3書庫準備室の片隅でこっそりと2次創作のBLを書いていた。
それが、この目の前の人に、主人公のモデルが彼であるとバレてしまったのだ。
筆頭攻略対象者第2王子✕モブヲタ腐男子
狂わせたのは君なのに
一寸光陰
BL
ガベラは10歳の時に前世の記憶を思い出した。ここはゲームの世界で自分は悪役令息だということを。ゲームではガベラは主人公ランを悪漢を雇って襲わせ、そして断罪される。しかし、ガベラはそんなこと望んでいないし、罰せられるのも嫌である。なんとかしてこの運命を変えたい。その行動が彼を狂わすことになるとは知らずに。
完結保証
番外編あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる