9 / 31
9話
ルベリス帝国の帝都は、今日も活気に満ちていた。
その賑わいの中に、周囲から少し浮いている――というより、圧倒的なオーラを放つ一団がいた。
「いいか、トア。私の側を離れるなよ。帝都は治安がいいとはいえ、不届き者がお前のような無垢な者を狙わないとも限らん」
「陛下、あまりトア殿を密着させすぎては、彼が歩きにくいでしょう。トア殿、私の腕に掴まってください。人混みで逸れないように」
普段は冷徹な皇帝グレンディルと、厳格な騎士団長イザークが、揃って平民のふり(と言いつつ隠しきれない高貴さ)をした格好で、トアを左右から挟むように歩いている。
トアの肩には、大人しく丸まったキリが、珍しそうにキョロキョロと周囲を見渡していた。
「わぁ……すごい。陛下、イザーク様、見てください! お魚も、果物も、キラキラしてます!」
トアは、セフィリア王国では見たこともないような活気ある市場に、目を輝かせていた。
露店に並ぶ瑞々しいリンゴや、香ばしい匂いを漂わせる焼き立てのパン。
トアにとっては、見るものすべてが宝箱の中身のように眩しい。
「トア殿、あちらに珍しい刺繍のハンカチがあるようだ。行ってみようか」
「あ、本当だ! 綺麗……」
トアが小さな露店の前で足を止めると、店主の老婆が柔和な笑みを浮かべた。
「おやおや、可愛らしいお兄さんだねえ。そのハンカチは幸運を呼ぶと言われてるんだよ」
「幸運……。あの、おいくらですか?」
トアが懐の小さな財布(グレンディルから『使い切れないほど』入れられて渡されたもの)を取り出そうとすると、左右から同時に声が上がった。
「店主、この露店ごと買い取ろう」
「いいや陛下、まずはこの列にある全種類をトア殿に献上すべきです」
「ちょ、ちょっと待ってください! 一枚でいいんです、一枚で!」
トアが慌てて二人を止めると、店主の老婆は「おやおや、愛されてるねえ」と愉快そうに笑った。
トアは顔を真っ赤にしながら、一番優しい色合いのハンカチを一枚だけ購入した。
自分のお金で、自分の好きなものを買う。そんな当たり前のことが、トアにとっては涙が出るほど嬉しい経験だった。
しばらく歩くと、ふわりと甘い蜜の香りが漂ってきた。
「トア、疲れていないか? あそこのテラスで休憩にしよう。あそこの蜂蜜パイは、サフィエルも勧めていた逸品だ」
グレンディルが指差した先には、花に囲まれた小さなカフェがあった。
席に着き、運ばれてきたあつあつの蜂蜜パイを一口食べると、トアの頬が幸せそうに緩む。
「……ふふ、甘くて美味しいです。あ、キリも食べる?」
キリに小さく分けたパイを差し出すトア。その様子を、グレンディルとイザークは、まるで聖画でも眺めるような慈愛に満ちた目で見守っていた。
「……トア。外の世界は、お前が思っていたほど、恐ろしい場所ではないだろう?」
グレンディルが、トアの指先についた蜜を指でそっと拭いながら尋ねた。
「はい……。セフィリアにいた時は、外に出るのが怖かったんです。でも、今は……陛下やイザーク様が一緒にいてくれるから、とっても楽しいです」
トアの真っ直ぐな言葉に、最強の二人は一瞬、と言葉を失った。
「……ああ。これからも、お前が見たい景色はすべて、私たちが隣で見せてやろう」
「ええ。どこへ行くにも、私たちが全力でお守りします」
市場を吹き抜ける風は心地よく、トアの心に溜まっていた過去の澱(おり)を、また一つ、優しく運び去っていった。
過保護すぎる二人の騎士(と皇帝)に守られながら、トアの初めてのお出かけは、ただただ甘く、穏やかに過ぎていくのだった。
その賑わいの中に、周囲から少し浮いている――というより、圧倒的なオーラを放つ一団がいた。
「いいか、トア。私の側を離れるなよ。帝都は治安がいいとはいえ、不届き者がお前のような無垢な者を狙わないとも限らん」
「陛下、あまりトア殿を密着させすぎては、彼が歩きにくいでしょう。トア殿、私の腕に掴まってください。人混みで逸れないように」
普段は冷徹な皇帝グレンディルと、厳格な騎士団長イザークが、揃って平民のふり(と言いつつ隠しきれない高貴さ)をした格好で、トアを左右から挟むように歩いている。
トアの肩には、大人しく丸まったキリが、珍しそうにキョロキョロと周囲を見渡していた。
「わぁ……すごい。陛下、イザーク様、見てください! お魚も、果物も、キラキラしてます!」
トアは、セフィリア王国では見たこともないような活気ある市場に、目を輝かせていた。
露店に並ぶ瑞々しいリンゴや、香ばしい匂いを漂わせる焼き立てのパン。
トアにとっては、見るものすべてが宝箱の中身のように眩しい。
「トア殿、あちらに珍しい刺繍のハンカチがあるようだ。行ってみようか」
「あ、本当だ! 綺麗……」
トアが小さな露店の前で足を止めると、店主の老婆が柔和な笑みを浮かべた。
「おやおや、可愛らしいお兄さんだねえ。そのハンカチは幸運を呼ぶと言われてるんだよ」
「幸運……。あの、おいくらですか?」
トアが懐の小さな財布(グレンディルから『使い切れないほど』入れられて渡されたもの)を取り出そうとすると、左右から同時に声が上がった。
「店主、この露店ごと買い取ろう」
「いいや陛下、まずはこの列にある全種類をトア殿に献上すべきです」
「ちょ、ちょっと待ってください! 一枚でいいんです、一枚で!」
トアが慌てて二人を止めると、店主の老婆は「おやおや、愛されてるねえ」と愉快そうに笑った。
トアは顔を真っ赤にしながら、一番優しい色合いのハンカチを一枚だけ購入した。
自分のお金で、自分の好きなものを買う。そんな当たり前のことが、トアにとっては涙が出るほど嬉しい経験だった。
しばらく歩くと、ふわりと甘い蜜の香りが漂ってきた。
「トア、疲れていないか? あそこのテラスで休憩にしよう。あそこの蜂蜜パイは、サフィエルも勧めていた逸品だ」
グレンディルが指差した先には、花に囲まれた小さなカフェがあった。
席に着き、運ばれてきたあつあつの蜂蜜パイを一口食べると、トアの頬が幸せそうに緩む。
「……ふふ、甘くて美味しいです。あ、キリも食べる?」
キリに小さく分けたパイを差し出すトア。その様子を、グレンディルとイザークは、まるで聖画でも眺めるような慈愛に満ちた目で見守っていた。
「……トア。外の世界は、お前が思っていたほど、恐ろしい場所ではないだろう?」
グレンディルが、トアの指先についた蜜を指でそっと拭いながら尋ねた。
「はい……。セフィリアにいた時は、外に出るのが怖かったんです。でも、今は……陛下やイザーク様が一緒にいてくれるから、とっても楽しいです」
トアの真っ直ぐな言葉に、最強の二人は一瞬、と言葉を失った。
「……ああ。これからも、お前が見たい景色はすべて、私たちが隣で見せてやろう」
「ええ。どこへ行くにも、私たちが全力でお守りします」
市場を吹き抜ける風は心地よく、トアの心に溜まっていた過去の澱(おり)を、また一つ、優しく運び去っていった。
過保護すぎる二人の騎士(と皇帝)に守られながら、トアの初めてのお出かけは、ただただ甘く、穏やかに過ぎていくのだった。
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されてヤケになって戦に乱入したら、英雄にされた上に美人で可愛い嫁ができました。
零壱
BL
自己肯定感ゼロ×圧倒的王太子───美形スパダリ同士の成長と恋のファンタジーBL。
鎖国国家クルシュの第三王子アースィムは、結婚式目前にして長年の婚約を一方的に破棄される。
ヤケになり、賑やかな幼馴染み達を引き連れ無関係の戦場に乗り込んだ結果───何故か英雄に祭り上げられ、なぜか嫁(男)まで手に入れてしまう。
「自分なんかがこんなどちゃくそ美人(男)を……」と悩むアースィム(攻)と、
「この私に不満があるのか」と詰め寄る王太子セオドア(受)。
互いを想い合う二人が紡ぐ、溺愛と溺愛の物語。
幼馴染み組もなんかしてます。
※諸事情により、再掲します。
別れたはずの元彼に口説かれています
水無月にいち
BL
高三の佐倉天は一歳下の松橋和馬に一目惚れをして告白をする。お世話をするという条件の元、付き合えることになった。
なにかと世話を焼いていたが、和馬と距離が縮まらないことに焦っている。
キスを強請った以降和馬とギクシャクしてしまい、別れを告げる。
だが別れたのに和馬は何度も会いに来てーー?
「やっぱりアレがだめだった?」
アレってなに?
別れてから始まる二人の物語。
前世が教師だった少年は辺境で愛される
結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。
ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。
雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。
αからΩになった俺が幸せを掴むまで
なの
BL
柴田海、本名大嶋海里、21歳、今はオメガ、職業……オメガの出張風俗店勤務。
10年前、父が亡くなって新しいお義父さんと義兄貴ができた。
義兄貴は俺に優しくて、俺は大好きだった。
アルファと言われていた俺だったがある日熱を出してしまった。
義兄貴に看病されるうちにヒートのような症状が…
義兄貴と一線を超えてしまって逃げ出した。そんな海里は生きていくためにオメガの出張風俗店で働くようになった。
そんな海里が本当の幸せを掴むまで…
貧乏子爵のオメガ令息は、王子妃候補になりたくない
こたま
BL
山あいの田舎で、子爵とは名ばかりの殆ど農家な仲良し一家で育ったラリー。男オメガで貧乏子爵。このまま実家で生きていくつもりであったが。王から未婚の貴族オメガにはすべからく王子妃候補の選定のため王宮に集うようお達しが出た。行きたくないしお金も無い。辞退するよう手紙を書いたのに、近くに遠征している騎士団が帰る時、迎えに行って一緒に連れていくと連絡があった。断れないの?高貴なお嬢様にイジメられない?不安だらけのラリーを迎えに来たのは美丈夫な騎士のニールだった。
【完結】巷で噂の国宝級イケメンの辺境伯は冷徹なので、まっっったくモテませんが、この度婚約者ができました。
明太子
BL
オーディスは国宝級イケメンであるにも関わらず、冷徹な性格のせいで婚約破棄されてばかり。
新たな婚約者を探していたところ、パーティーで給仕をしていた貧乏貴族の次男セシルと出会い、一目惚れしてしまう。
しかし、恋愛偏差値がほぼ0のオーディスのアプローチは空回りするわ、前婚約者のフランチェスカの邪魔が入るわとセシルとの距離は縮まったり遠ざかったり…?
冷徹だったはずなのに溺愛まっしぐらのオーディスと元気だけどおっちょこちょいなセシルのドタバタラブコメです。