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15話
視察旅行も終盤。豪華絢爛に改造されたかつての「屋根裏部屋」で、僕はようやくゼノス様の執拗な愛撫から解放され、中庭を散策する許可を勝ち取った。
(……少しは一人で風に当たらないと、頭までゼノス様の魔力でピンク色に染まっちゃいそうだ)
そんなことを考えながら歩いていると、中庭の噴水のそばに見慣れない女性が立っていた。
上品なメイド服を身に纏い、穏やかな微笑みを浮かべた初老の女性。彼女の周囲には、魔王城の精鋭たちが跪いて敬意を払っている。
「……あなたがエルヴィン様ですね?」
「え、あ、はい。そうですけど……どちら様ですか?」
「申し遅れました。私は魔王城の家政婦長を務めております、マーサと申します。ゼノス様が赤ん坊の頃から、おむつを替えてきた身でございますよ」
マーサさんは、僕の手を優しく包み込んだ。その手の温かさに、僕は思わず鼻の奥がツンとした。実の母親にさえ、こんなふうに優しく触れられた記憶がないからだ。
「マーサさん……ゼノス様の、乳母のような方なんですね」
「ええ。陛下から『エルヴィンが慣れない土地で心細い思いをしているはずだ。今すぐ向かえ』と、凄まじい魔力の伝令をいただきましてね。飛竜を乗り継いで参りました」
(……あの魔王様、そこまで過保護だったの!?)
僕はマーサさんの穏やかな雰囲気に甘え、つい本音を漏らしてしまった。
「あの……マーサさん。ゼノス様、すごく良くしてくれるんですけど……なんというか、その、愛が重いというか、激しすぎるというか。……昨夜なんて、部屋中に僕の肖像画を飾られたりして、もうどうしたらいいか」
僕が顔を真っ赤にして相談すると、マーサさんは「おほほ」と上品に笑った。
「陛下は、愛し方を知らないだけなのです。あのお方は、先代の魔王様から『感情は魔力を乱す不純物だ』と教え込まれて育ちました。……そんなあの方が、初めて見つけた『自分の心を乱す唯一の存在』が、あなたなのですよ」
「心を乱す存在……」
「ええ。陛下にとって、エルヴィン様はただの魔力供給源ではありません。……渇き切った大地に降る雨のような、救いなのです。だからこそ、どうしていいか分からず、手元に閉じ込めたり、印を刻んだりして安心しようとなさるのでしょう」
マーサさんの言葉を聞いて、胸が締め付けられるような思いがした。
あの強引で、傲慢で、変態な魔王様。
彼はただ、僕という存在をどう扱っていいか分からず、必死に自分のものだと証明しようとしていただけなのかもしれない。
「エルヴィン様。陛下は不器用で、独占欲の塊のようなお方ですが……あの方は、あなたに嫌われることを何よりも恐れておいでです。どうぞ、あの子を可愛がってあげてくださいませ」
「……可愛がるって。魔王様を、ですか?」
「はい。あの方は、あなたの前ではただの、恋を知ったばかりの子供なのですから」
その時、背後から凄まじい威圧感と共に、聞き慣れた声が響いた。
「マーサ、勝手なことを吹き込むなと言ったはずだ」
振り返ると、そこには不機嫌そうに腕を組んだゼノス様が立っていた。
彼はスタスタと歩み寄ってくると、僕の腰をグイと引き寄せ、マーサから引き離すように自分の胸の中に閉じ込めた。
「エルヴィン。俺の過去の話など聞く必要はない。お前はただ、今の俺に愛されていればいいのだ」
「ゼノス様……。もう、すぐそうやって独占しようとする」
僕は、マーサさんの言葉を思い出しながら、ゼノス様の広い背中にそっと手を回した。
いつもなら「やめてください」と跳ね除けるところだが、今日は少しだけ、彼の不器用な愛を丸ごと受け止めてあげたい気分だった。
「な……っ!? エルヴィン、お前、今自分から抱きついたのか?」
ゼノス様が目を見開き、耳まで真っ赤にする。
最強の魔王が、僕の一挙手一投足にこれほどまでに動揺している。
その様子が可笑しくて、愛おしくて、僕は彼の胸に顔を埋めた。
「……今日は、肖像画だらけのあの部屋に戻っても、いいですよ」
「……!! カイン! 今すぐ今日の予定を白紙にしろ! 俺は今、エルヴィンの可愛さに理性が崩壊した!!」
ゼノス様は叫ぶなり、僕をひょいと担ぎ上げて寝室へと猛ダッシュを開始した。
背後でマーサさんが「お盛んですこと」と微笑んでいるのを見て、僕は(やっぱりこうなるのか!)と天を仰いだのだった。
(……少しは一人で風に当たらないと、頭までゼノス様の魔力でピンク色に染まっちゃいそうだ)
そんなことを考えながら歩いていると、中庭の噴水のそばに見慣れない女性が立っていた。
上品なメイド服を身に纏い、穏やかな微笑みを浮かべた初老の女性。彼女の周囲には、魔王城の精鋭たちが跪いて敬意を払っている。
「……あなたがエルヴィン様ですね?」
「え、あ、はい。そうですけど……どちら様ですか?」
「申し遅れました。私は魔王城の家政婦長を務めております、マーサと申します。ゼノス様が赤ん坊の頃から、おむつを替えてきた身でございますよ」
マーサさんは、僕の手を優しく包み込んだ。その手の温かさに、僕は思わず鼻の奥がツンとした。実の母親にさえ、こんなふうに優しく触れられた記憶がないからだ。
「マーサさん……ゼノス様の、乳母のような方なんですね」
「ええ。陛下から『エルヴィンが慣れない土地で心細い思いをしているはずだ。今すぐ向かえ』と、凄まじい魔力の伝令をいただきましてね。飛竜を乗り継いで参りました」
(……あの魔王様、そこまで過保護だったの!?)
僕はマーサさんの穏やかな雰囲気に甘え、つい本音を漏らしてしまった。
「あの……マーサさん。ゼノス様、すごく良くしてくれるんですけど……なんというか、その、愛が重いというか、激しすぎるというか。……昨夜なんて、部屋中に僕の肖像画を飾られたりして、もうどうしたらいいか」
僕が顔を真っ赤にして相談すると、マーサさんは「おほほ」と上品に笑った。
「陛下は、愛し方を知らないだけなのです。あのお方は、先代の魔王様から『感情は魔力を乱す不純物だ』と教え込まれて育ちました。……そんなあの方が、初めて見つけた『自分の心を乱す唯一の存在』が、あなたなのですよ」
「心を乱す存在……」
「ええ。陛下にとって、エルヴィン様はただの魔力供給源ではありません。……渇き切った大地に降る雨のような、救いなのです。だからこそ、どうしていいか分からず、手元に閉じ込めたり、印を刻んだりして安心しようとなさるのでしょう」
マーサさんの言葉を聞いて、胸が締め付けられるような思いがした。
あの強引で、傲慢で、変態な魔王様。
彼はただ、僕という存在をどう扱っていいか分からず、必死に自分のものだと証明しようとしていただけなのかもしれない。
「エルヴィン様。陛下は不器用で、独占欲の塊のようなお方ですが……あの方は、あなたに嫌われることを何よりも恐れておいでです。どうぞ、あの子を可愛がってあげてくださいませ」
「……可愛がるって。魔王様を、ですか?」
「はい。あの方は、あなたの前ではただの、恋を知ったばかりの子供なのですから」
その時、背後から凄まじい威圧感と共に、聞き慣れた声が響いた。
「マーサ、勝手なことを吹き込むなと言ったはずだ」
振り返ると、そこには不機嫌そうに腕を組んだゼノス様が立っていた。
彼はスタスタと歩み寄ってくると、僕の腰をグイと引き寄せ、マーサから引き離すように自分の胸の中に閉じ込めた。
「エルヴィン。俺の過去の話など聞く必要はない。お前はただ、今の俺に愛されていればいいのだ」
「ゼノス様……。もう、すぐそうやって独占しようとする」
僕は、マーサさんの言葉を思い出しながら、ゼノス様の広い背中にそっと手を回した。
いつもなら「やめてください」と跳ね除けるところだが、今日は少しだけ、彼の不器用な愛を丸ごと受け止めてあげたい気分だった。
「な……っ!? エルヴィン、お前、今自分から抱きついたのか?」
ゼノス様が目を見開き、耳まで真っ赤にする。
最強の魔王が、僕の一挙手一投足にこれほどまでに動揺している。
その様子が可笑しくて、愛おしくて、僕は彼の胸に顔を埋めた。
「……今日は、肖像画だらけのあの部屋に戻っても、いいですよ」
「……!! カイン! 今すぐ今日の予定を白紙にしろ! 俺は今、エルヴィンの可愛さに理性が崩壊した!!」
ゼノス様は叫ぶなり、僕をひょいと担ぎ上げて寝室へと猛ダッシュを開始した。
背後でマーサさんが「お盛んですこと」と微笑んでいるのを見て、僕は(やっぱりこうなるのか!)と天を仰いだのだった。
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