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19話
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それは、ゼノス様が隣国との境界線の調整で、珍しく午前中から城を空けていた時のことだった。
僕が中庭の東屋で、マーサさんに淹れてもらったお茶を楽しんでいると、生垣の陰から「ガサリ」と音がした。
「……誰? 泥棒さん?」
警戒しながら覗き込むと、そこにはボロボロの布を纏った、小さな男の子がうずくまっていた。
銀色の髪は泥で汚れ、大きな灰色の瞳には涙が溜まっている。見たところ十歳にも満たないその子は、僕の姿を見るなり、震える声で呟いた。
「……たすけて。……おなかが、すいて……」
「えっ、大変! ちょっと待って、今すぐ助けてあげるからね!」
僕は放っておけず、その子を抱き上げた。驚くほど体が軽く、ひどい熱がある。
僕は彼を自分の部屋へ運び、汚れを拭いてあげて、柔らかいパンとスープを口に運んであげた。
「おいしい……。おにいちゃん、やさしいね」
少年――ニコと名乗ったその子は、僕の膝の上にちょこんと座り、僕の服の袖をギュッと握りしめた。
そのあどけない仕草に、僕はすっかり母性(?)をくすぐられてしまった。
「よしよし、もう大丈夫だよ。僕がここにいるからね」
僕はニコを安心させるように、ぎゅーっと抱きしめてあげた。
……その、直後だった。
ドゴォォォォォン!!
部屋の扉が、物理的に粉砕されて吹き飛んだ。
煤煙の中から現れたのは、予定より数時間も早く帰還した、魔王ゼノス様だ。
彼の周囲には、見たこともないほど濃密で禍々しい、紫黒色の魔力が渦巻いている。
「……エルヴィン。……その汚い、得体の知れない生物を、今すぐ俺の視界から消せ」
ゼノス様の声は、地獄の底から響いてくるように低く、冷たかった。
その瞳は紅く燃え上がり、僕の膝の上にいるニコを、文字通り「消滅」させんばかりに睨みつけている。
「ゼ、ゼノス様!? お帰りなさい! でも扉を壊すのはやめてください! この子は迷い込んだだけで、怪我もしていて……」
「問答無用だ。……エルヴィン、お前が俺以外の、しかも雄(おす)の個体をその細い腕で抱きしめ、慈しむなど……俺の理性が許さん。そのガキを今すぐ捨てろ。さもなくば、この城を今この瞬間に塵にして、お前を連れて魔界の最深部へ引きこもるぞ」
「相手は子供ですよ!? 本気で言ってるんですか!?」
「子供だろうが赤ん坊だろうが、お前に触れる権利があるのは俺だけだ!!」
ゼノス様はスタスタと歩み寄ってくると、僕の腕からニコを無理やり引き剥がそうとした。
「あ、あぶない! ゼノス様、強く引っ張ったらこの子が……!」
「……ちっ。エルヴィン、お前、このガキを庇うのか? 俺よりも、この今日会ったばかりの、どこから来たかも分からんガキを優先するのか?」
ゼノス様は、今にも泣き出しそうな、それでいて激しい殺意を孕んだ複雑な表情で僕を凝視した。
最強の魔王が、十歳にも満たない子供に本気で嫉妬している。その姿は滑稽ですらあるが、彼が放つ魔力のせいで、部屋の調度品が次々とミシミシと悲鳴を上げ、肖像画が額縁から外れ落ちた。
「……わかった。ならば、そのガキはカインに預ける。……だがエルヴィン、お前は覚悟しろ」
ゼノス様は、ニコを片手で摘み上げると、廊下を通りかかったカインさんにゴミを捨てるような無造作さで放り投げた。
「カイン! このガキを、エルヴィンの視界に入らない場所に隔離しろ! 死なせない程度に飯は与えてもいいが、二度とエルヴィンに近づけるな!」
「……陛下。相手はただの迷子ですよ。……エルヴィン様、後でこの子の身元は調べておきます。陛下が城を半壊させる前に、どうか落ち着かせてあげてください」
カインさんがニコを抱えて足早に立ち去ると、ゼノス様は即座に部屋の入り口に強力な結界を張り、僕を壁際に押し込んだ。
「ひゃっ、ゼノス様……っ。……嫉妬、しすぎです。本当に大人げないんだから」
「……黙れ。お前が悪い。……お前のその優しい温もりも、その柔らかい腕も、すべて俺だけが独占する権利を買ったはずだ。……他の奴に触れられたその肌は、俺の魔力で完全に上書きしてやらねば気が済まん」
ゼノス様は、僕の手首を頭の上に固定し、飢えた獣のように僕の首筋に食らいついた。
怒りと独占欲で狂った彼の魔力が、暴力的なまでの快感となって僕の体内へ注ぎ込まれる。
「ん、あぁっ……! ゼノス、様……っ、やだ、そんなに、激しく……っ!」
「嫌だと言っても無駄だ。お前が『俺以外の男はいらない』と泣いて縋るまで、今日は一瞬たりとも解放してやらん」
鈴の音こそ鳴っていないが、僕の悲鳴と、ゼノス様の荒い吐息が、夕暮れの部屋に絶え間なく響き渡った。
一方で、カインさんに預けられた少年・ニコは、隔離された部屋の窓から、不気味に赤く光る魔王の寝室を見つめ、ふっと大人びた笑みを浮かべていた。
「……面白いな。あの狂気の魔王をここまで骨抜きにする『供給体』。……ボクがここに来た甲斐があったよ」
少年の正体、そして彼が魔王城に来た真の目的とは――。
エルヴィンの平和な「溺愛生活」に、新たな波乱の予感が漂い始めていた。
僕が中庭の東屋で、マーサさんに淹れてもらったお茶を楽しんでいると、生垣の陰から「ガサリ」と音がした。
「……誰? 泥棒さん?」
警戒しながら覗き込むと、そこにはボロボロの布を纏った、小さな男の子がうずくまっていた。
銀色の髪は泥で汚れ、大きな灰色の瞳には涙が溜まっている。見たところ十歳にも満たないその子は、僕の姿を見るなり、震える声で呟いた。
「……たすけて。……おなかが、すいて……」
「えっ、大変! ちょっと待って、今すぐ助けてあげるからね!」
僕は放っておけず、その子を抱き上げた。驚くほど体が軽く、ひどい熱がある。
僕は彼を自分の部屋へ運び、汚れを拭いてあげて、柔らかいパンとスープを口に運んであげた。
「おいしい……。おにいちゃん、やさしいね」
少年――ニコと名乗ったその子は、僕の膝の上にちょこんと座り、僕の服の袖をギュッと握りしめた。
そのあどけない仕草に、僕はすっかり母性(?)をくすぐられてしまった。
「よしよし、もう大丈夫だよ。僕がここにいるからね」
僕はニコを安心させるように、ぎゅーっと抱きしめてあげた。
……その、直後だった。
ドゴォォォォォン!!
部屋の扉が、物理的に粉砕されて吹き飛んだ。
煤煙の中から現れたのは、予定より数時間も早く帰還した、魔王ゼノス様だ。
彼の周囲には、見たこともないほど濃密で禍々しい、紫黒色の魔力が渦巻いている。
「……エルヴィン。……その汚い、得体の知れない生物を、今すぐ俺の視界から消せ」
ゼノス様の声は、地獄の底から響いてくるように低く、冷たかった。
その瞳は紅く燃え上がり、僕の膝の上にいるニコを、文字通り「消滅」させんばかりに睨みつけている。
「ゼ、ゼノス様!? お帰りなさい! でも扉を壊すのはやめてください! この子は迷い込んだだけで、怪我もしていて……」
「問答無用だ。……エルヴィン、お前が俺以外の、しかも雄(おす)の個体をその細い腕で抱きしめ、慈しむなど……俺の理性が許さん。そのガキを今すぐ捨てろ。さもなくば、この城を今この瞬間に塵にして、お前を連れて魔界の最深部へ引きこもるぞ」
「相手は子供ですよ!? 本気で言ってるんですか!?」
「子供だろうが赤ん坊だろうが、お前に触れる権利があるのは俺だけだ!!」
ゼノス様はスタスタと歩み寄ってくると、僕の腕からニコを無理やり引き剥がそうとした。
「あ、あぶない! ゼノス様、強く引っ張ったらこの子が……!」
「……ちっ。エルヴィン、お前、このガキを庇うのか? 俺よりも、この今日会ったばかりの、どこから来たかも分からんガキを優先するのか?」
ゼノス様は、今にも泣き出しそうな、それでいて激しい殺意を孕んだ複雑な表情で僕を凝視した。
最強の魔王が、十歳にも満たない子供に本気で嫉妬している。その姿は滑稽ですらあるが、彼が放つ魔力のせいで、部屋の調度品が次々とミシミシと悲鳴を上げ、肖像画が額縁から外れ落ちた。
「……わかった。ならば、そのガキはカインに預ける。……だがエルヴィン、お前は覚悟しろ」
ゼノス様は、ニコを片手で摘み上げると、廊下を通りかかったカインさんにゴミを捨てるような無造作さで放り投げた。
「カイン! このガキを、エルヴィンの視界に入らない場所に隔離しろ! 死なせない程度に飯は与えてもいいが、二度とエルヴィンに近づけるな!」
「……陛下。相手はただの迷子ですよ。……エルヴィン様、後でこの子の身元は調べておきます。陛下が城を半壊させる前に、どうか落ち着かせてあげてください」
カインさんがニコを抱えて足早に立ち去ると、ゼノス様は即座に部屋の入り口に強力な結界を張り、僕を壁際に押し込んだ。
「ひゃっ、ゼノス様……っ。……嫉妬、しすぎです。本当に大人げないんだから」
「……黙れ。お前が悪い。……お前のその優しい温もりも、その柔らかい腕も、すべて俺だけが独占する権利を買ったはずだ。……他の奴に触れられたその肌は、俺の魔力で完全に上書きしてやらねば気が済まん」
ゼノス様は、僕の手首を頭の上に固定し、飢えた獣のように僕の首筋に食らいついた。
怒りと独占欲で狂った彼の魔力が、暴力的なまでの快感となって僕の体内へ注ぎ込まれる。
「ん、あぁっ……! ゼノス、様……っ、やだ、そんなに、激しく……っ!」
「嫌だと言っても無駄だ。お前が『俺以外の男はいらない』と泣いて縋るまで、今日は一瞬たりとも解放してやらん」
鈴の音こそ鳴っていないが、僕の悲鳴と、ゼノス様の荒い吐息が、夕暮れの部屋に絶え間なく響き渡った。
一方で、カインさんに預けられた少年・ニコは、隔離された部屋の窓から、不気味に赤く光る魔王の寝室を見つめ、ふっと大人びた笑みを浮かべていた。
「……面白いな。あの狂気の魔王をここまで骨抜きにする『供給体』。……ボクがここに来た甲斐があったよ」
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