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「エリオット・クロムウェル。お前との婚約を破棄し、聖騎士団からの除名を命ずる」
冷徹な声が、王宮の広間に響き渡った。
玉座の傍らに立つのは、第一王女・イザベラ。かつてエリオットが忠誠を誓い、その手を守り抜くと約束した女性だ。
彼女の隣には、エリオットの親友でありライバルでもあった騎士団長のルカが、勝ち誇ったような笑みを浮かべて立っている。
「……っ、そんな……。理由を、お聞かせください、王女殿下」
エリオットは石床に膝をついたまま、震える声で問いかけた。
プラチナブロンドの髪は乱れ、かつて「宝石のよう」と称えられたサファイアブルーの瞳は絶望に揺れている。
「理由は明白だわ。魔力を失った『聖騎士』など、我が国の盾にはなり得ない。ただの人形に興味はないの」
イザベラは冷たく言い放つと、扇で口元を隠した。
一ヶ月前、隣国との国境紛争で呪いを受けたエリオットは、その代償として体内にある膨大な魔力のほとんどを喪失していた。
国を守るために戦った結果が、これだ。
「エリオット、君の屋敷も家名も没収された。今すぐこの国から去るがいい。君のような『無能』が歩く場所は、もうここにはないんだよ」
ルカが歩み寄り、エリオットの胸元にあった聖騎士の紋章を、無慈悲に引き剥がした。
ブチブチと糸の切れる音が、エリオットの心臓を引き裂く音のように聞こえた。
「……くっ……」
言葉が出なかった。
家族も、地位も、名誉も、そして愛していたはずの婚約者も。
すべては「魔力」という力の繋がりに過ぎなかったのだ。
エリオットは這うようにして王宮を後にした。
門を出た途端、空からは祝福を拒むような冷たい雨が降り注ぎ始めた。
行き先など、どこにもない。
ボロボロの騎士服を纏い、エリオットは雨に濡れる街並みを当てもなく彷徨った。
道ゆく人々は、かつての英雄に気づくこともなく、泥水を撥ねて通り過ぎていく。
体温が奪われ、指先の感覚がなくなっていく。
(ああ……僕は、何のために生きてきたんだろうな……)
視界が白く霞む。
路地裏の隅、ゴミ溜めの横に崩れ落ちたエリオットは、重い瞼を閉じた。
意識が遠のく中、誰かの靴音が近づいてくるのが聞こえた。
カツ、カツ、と。
雨音を切り裂くような、規則正しく、それでいて重厚な響き。
「……こんなところで、何をしている」
低く、耳に心地よい、だが酷く冷ややかな声だった。
エリオットは微かに目を開けた。
目の前に立っていたのは、夜の闇をそのまま切り取ったような漆黒のローブを纏った男だった。
濡れることのない不思議な空間が、その男の周りだけ展開されている。
影のように長い黒髪の間から覗く、血のように鮮烈な紅い瞳。
その瞳が、泥にまみれたエリオットをじっと見下ろしていた。
「……だれ、か……」
エリオットは力を振り絞って手を伸ばしたが、その手は虚空を掴み、地面に落ちた。
男は眉ひとつ動かさず、倒れたエリオットの前に膝をつく。
「死にたいのか。それとも、生きたいのか」
「……たす、けて……」
無意識の叫びだった。
自分を捨てた世界への未練などないはずなのに、生存本能がその言葉を漏らさせた。
男――魔塔の主であるヴィクトールは、薄く唇を歪めた。
それは慈悲などではなく、獲物を見つけた捕食者のような笑みだった。
「いいだろう。お前のその命、私が買い取ってやる」
ヴィクトールの長い指先が、エリオットの頬に触れた。
氷のように冷たいはずの雨の中で、その指先だけが焼けるように熱い。
「その代わり、二度と光の下へ帰れると思うな。お前は今日から、私の飼い猫だ」
ヴィクトールが腕を伸ばし、ぐったりとしたエリオットの身体を軽々と抱き上げる。
エリオットは、その胸から漂う微かな白檀の香りに包まれながら、深い闇の中へと落ちていった。
彼が、かつて自分が幼い頃に一度だけ救った「名もなき少年」であることに気づくのは、まだずっと先の話である。
冷徹な声が、王宮の広間に響き渡った。
玉座の傍らに立つのは、第一王女・イザベラ。かつてエリオットが忠誠を誓い、その手を守り抜くと約束した女性だ。
彼女の隣には、エリオットの親友でありライバルでもあった騎士団長のルカが、勝ち誇ったような笑みを浮かべて立っている。
「……っ、そんな……。理由を、お聞かせください、王女殿下」
エリオットは石床に膝をついたまま、震える声で問いかけた。
プラチナブロンドの髪は乱れ、かつて「宝石のよう」と称えられたサファイアブルーの瞳は絶望に揺れている。
「理由は明白だわ。魔力を失った『聖騎士』など、我が国の盾にはなり得ない。ただの人形に興味はないの」
イザベラは冷たく言い放つと、扇で口元を隠した。
一ヶ月前、隣国との国境紛争で呪いを受けたエリオットは、その代償として体内にある膨大な魔力のほとんどを喪失していた。
国を守るために戦った結果が、これだ。
「エリオット、君の屋敷も家名も没収された。今すぐこの国から去るがいい。君のような『無能』が歩く場所は、もうここにはないんだよ」
ルカが歩み寄り、エリオットの胸元にあった聖騎士の紋章を、無慈悲に引き剥がした。
ブチブチと糸の切れる音が、エリオットの心臓を引き裂く音のように聞こえた。
「……くっ……」
言葉が出なかった。
家族も、地位も、名誉も、そして愛していたはずの婚約者も。
すべては「魔力」という力の繋がりに過ぎなかったのだ。
エリオットは這うようにして王宮を後にした。
門を出た途端、空からは祝福を拒むような冷たい雨が降り注ぎ始めた。
行き先など、どこにもない。
ボロボロの騎士服を纏い、エリオットは雨に濡れる街並みを当てもなく彷徨った。
道ゆく人々は、かつての英雄に気づくこともなく、泥水を撥ねて通り過ぎていく。
体温が奪われ、指先の感覚がなくなっていく。
(ああ……僕は、何のために生きてきたんだろうな……)
視界が白く霞む。
路地裏の隅、ゴミ溜めの横に崩れ落ちたエリオットは、重い瞼を閉じた。
意識が遠のく中、誰かの靴音が近づいてくるのが聞こえた。
カツ、カツ、と。
雨音を切り裂くような、規則正しく、それでいて重厚な響き。
「……こんなところで、何をしている」
低く、耳に心地よい、だが酷く冷ややかな声だった。
エリオットは微かに目を開けた。
目の前に立っていたのは、夜の闇をそのまま切り取ったような漆黒のローブを纏った男だった。
濡れることのない不思議な空間が、その男の周りだけ展開されている。
影のように長い黒髪の間から覗く、血のように鮮烈な紅い瞳。
その瞳が、泥にまみれたエリオットをじっと見下ろしていた。
「……だれ、か……」
エリオットは力を振り絞って手を伸ばしたが、その手は虚空を掴み、地面に落ちた。
男は眉ひとつ動かさず、倒れたエリオットの前に膝をつく。
「死にたいのか。それとも、生きたいのか」
「……たす、けて……」
無意識の叫びだった。
自分を捨てた世界への未練などないはずなのに、生存本能がその言葉を漏らさせた。
男――魔塔の主であるヴィクトールは、薄く唇を歪めた。
それは慈悲などではなく、獲物を見つけた捕食者のような笑みだった。
「いいだろう。お前のその命、私が買い取ってやる」
ヴィクトールの長い指先が、エリオットの頬に触れた。
氷のように冷たいはずの雨の中で、その指先だけが焼けるように熱い。
「その代わり、二度と光の下へ帰れると思うな。お前は今日から、私の飼い猫だ」
ヴィクトールが腕を伸ばし、ぐったりとしたエリオットの身体を軽々と抱き上げる。
エリオットは、その胸から漂う微かな白檀の香りに包まれながら、深い闇の中へと落ちていった。
彼が、かつて自分が幼い頃に一度だけ救った「名もなき少年」であることに気づくのは、まだずっと先の話である。
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