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7話
ヴィクトールによる「再教育」という名の熱い夜が明けた翌朝。
エリオットは、気だるい体を揺らしながら、主の私室へと向かっていた。
魔力供給の余韻で、肌が微かに上気している。首元の首輪は、今や体の一部であるかのように馴染んでいた。
部屋の扉をそっと開けると、いつも傲然と構えているはずのヴィクトールが、机に伏して眠っていた。
「……ヴィクトール、様?」
返事はない。
周囲には、解読途中の古い魔導書や、複雑な数式が書かれた羊皮紙が散乱している。
大陸最強と謳われる彼でも、エリオットを癒し、その体を維持するために膨大な魔力を使い、心身を削っているのだ。
エリオットは、彼の肩にそっと毛布をかけようと近づいた。
その時、ヴィクトールの手が無意識に動き、エリオットの裾をぎゅっと掴んだ。
「……行くな……。私を、一人にするな……」
漏れ聞こえたのは、いつもの冷徹な声からは想像もつかない、幼子のような掠れた呟きだった。
紅い瞳は閉じられているが、その眉間には深い悲しみの色が刻まれている。
(この人にも……こんな風に、誰かに縋りたくなる夜があるのだろうか)
エリオットは胸の奥がキュッと締め付けられるのを感じた。
最強の魔導師として、永い時を孤独な塔で過ごしてきた男。
自分を拾い、執着し、異常なほどに繋ぎ止めようとするのは、彼自身もまた、失うことを極端に恐れる「孤独な子供」だからではないか。
「……どこへも行きませんよ、ヴィクトール様」
エリオットは、掴まれた手を振り払う代わりに、その大きな手に自分の細い指を重ねた。
かつて騎士として誰かを守るために剣を振るっていた時とは違う、もっと根源的で、熱い感情が芽生え始めていた。
不意に、ヴィクトールの瞼が震え、紅い瞳が開いた。
「……エリオットか。私は、いつの間に……」
「お疲れのようでしたので。……あ、あの、ヴィクトール様。僕はもう、どこにも行きません。あなたの許可なく、あなたの側を離れたりしませんから」
エリオットが真っ直ぐに見つめて告げると、ヴィクトールは一瞬だけ呆然とした表情を浮かべた。
やがて、彼はエリオットの手を引き寄せると、その掌に深く顔を埋めた。
「……お前は、本当に愚かな男だな。私のような怪物にそんな言葉をかければ、ますます逃げられなくなるというのに」
「構いません。……僕を拾ってくれたのは、あなたですから」
ヴィクトールの唇が、エリオットの手の甲に落とされる。
それは支配のための刻印ではなく、初めて「愛」を請うような、静かな口づけだった。
しかし、その平穏を打ち破るように、塔の結界が激しく鳴り響いた。
何者かが、力ずくで魔塔の門を叩いている。
「しつこい羽虫どもめ。……エリオット、下がっていろ」
ヴィクトールの瞳から温度が消え、冷酷な魔導師の顔に戻る。
王国側が、いよいよ「聖騎士」を取り戻すために強硬手段に出たのだ。
エリオットは、今度は恐怖ではなく、ヴィクトールを守りたいという強い意志を胸に、彼の背中を見つめた。
エリオットは、気だるい体を揺らしながら、主の私室へと向かっていた。
魔力供給の余韻で、肌が微かに上気している。首元の首輪は、今や体の一部であるかのように馴染んでいた。
部屋の扉をそっと開けると、いつも傲然と構えているはずのヴィクトールが、机に伏して眠っていた。
「……ヴィクトール、様?」
返事はない。
周囲には、解読途中の古い魔導書や、複雑な数式が書かれた羊皮紙が散乱している。
大陸最強と謳われる彼でも、エリオットを癒し、その体を維持するために膨大な魔力を使い、心身を削っているのだ。
エリオットは、彼の肩にそっと毛布をかけようと近づいた。
その時、ヴィクトールの手が無意識に動き、エリオットの裾をぎゅっと掴んだ。
「……行くな……。私を、一人にするな……」
漏れ聞こえたのは、いつもの冷徹な声からは想像もつかない、幼子のような掠れた呟きだった。
紅い瞳は閉じられているが、その眉間には深い悲しみの色が刻まれている。
(この人にも……こんな風に、誰かに縋りたくなる夜があるのだろうか)
エリオットは胸の奥がキュッと締め付けられるのを感じた。
最強の魔導師として、永い時を孤独な塔で過ごしてきた男。
自分を拾い、執着し、異常なほどに繋ぎ止めようとするのは、彼自身もまた、失うことを極端に恐れる「孤独な子供」だからではないか。
「……どこへも行きませんよ、ヴィクトール様」
エリオットは、掴まれた手を振り払う代わりに、その大きな手に自分の細い指を重ねた。
かつて騎士として誰かを守るために剣を振るっていた時とは違う、もっと根源的で、熱い感情が芽生え始めていた。
不意に、ヴィクトールの瞼が震え、紅い瞳が開いた。
「……エリオットか。私は、いつの間に……」
「お疲れのようでしたので。……あ、あの、ヴィクトール様。僕はもう、どこにも行きません。あなたの許可なく、あなたの側を離れたりしませんから」
エリオットが真っ直ぐに見つめて告げると、ヴィクトールは一瞬だけ呆然とした表情を浮かべた。
やがて、彼はエリオットの手を引き寄せると、その掌に深く顔を埋めた。
「……お前は、本当に愚かな男だな。私のような怪物にそんな言葉をかければ、ますます逃げられなくなるというのに」
「構いません。……僕を拾ってくれたのは、あなたですから」
ヴィクトールの唇が、エリオットの手の甲に落とされる。
それは支配のための刻印ではなく、初めて「愛」を請うような、静かな口づけだった。
しかし、その平穏を打ち破るように、塔の結界が激しく鳴り響いた。
何者かが、力ずくで魔塔の門を叩いている。
「しつこい羽虫どもめ。……エリオット、下がっていろ」
ヴィクトールの瞳から温度が消え、冷酷な魔導師の顔に戻る。
王国側が、いよいよ「聖騎士」を取り戻すために強硬手段に出たのだ。
エリオットは、今度は恐怖ではなく、ヴィクトールを守りたいという強い意志を胸に、彼の背中を見つめた。
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