聖獣のお気に召し!〜追放された最弱治癒師はもふもふの聖域で冷徹騎士団長に全力で甘やかされる〜

たら昆布

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後日談16

 「聖獣の擬人化」という現象は、どうやらリヒトの聖力が一定の閾値を超えた際、彼らの「リヒトを助けたい」という願いと共鳴して起こるらしい。
 青年姿のコンにジークヴァルトが盛大に嫉妬した翌日、ついに駐屯地最強の聖獣、フェンリルがその沈黙を破った。

「…………主(あるじ)よ」

 低く、地響きのような、けれど聞き覚えのある「声」が訓練場に響いた。
 リヒトが驚いて振り返ると、そこには白銀の翼を纏った狼の姿はなく、代わりに一人の「男」が立っていた。
 銀色の短髪、鋼のように鍛え上げられた肉体、そして鋭い眼光。その佇まいは、少しだけ雰囲気を和らげたジークヴァルトそのものだった。

「フェ、フェンリル……!? えっ、ジークヴァルト様にそっくり……」
 リヒトが呆然と呟くと、銀髪の男――フェンリルは、騎士の礼を完璧にこなし、リヒトの前に跪いた。
「俺は常に、主の隣に立つ『最強』の姿を模索していた。……結果、この男の写し身となるのが、主を守る上で最も合理的であると判断した」

 そこへ、不運にも(あるいは本能的な危機感を察知して)ジークヴァルト本人が通りかかった。
「リヒト、休憩の時間……だ…………な、何だ、その男は」
 ジークヴァルトの言葉が、物理的に凍りついた。
 目の前にいるのは、自分とほぼ同じ背格好、自分と同じような漆黒の武具を纏い、自分と同じようにリヒトへ向けて狂信的なまでの忠誠心を注いでいる「自分(銀髪ver.)」だったからだ。

「……フェンリルか。貴様、よりによって私の姿を模倣するとは、不遜極まりない」
「不遜ではない。敬意だ。お前は主を守るに相応しい強さを持っている。だから俺もその形を借りた。……だが、リヒトへの献身においては、俺の方が上だ」

 フェンリルは立ち上がると、リヒトの冷えた指先をそっと取り、自分の頬に寄せた。狼だった頃と変わらぬ、けれど今は人間の肌の温もりを伴った愛情表現だ。
「主よ。俺は毛並みを整えてもらう必要がなくなった代わりに、こうしてお前の傍で、お前の盾となることができる」

「……リヒトの指に、気安く触れるな」
 ジークヴァルトが割って入り、フェンリルの手を叩き落とそうとする。しかし、フェンリルは狼譲りの超人的な反射神経でそれをかわし、逆にジークヴァルトの肩を掴んだ。

「待て。主の『調律』を受ける順番は、お前が決めることではない。……主が決めることだ」
「貴様……!」

 駐屯地の中心で、最強の騎士と、最強の聖獣(人型)が、一人の少年の優先権を巡って視線で火花を散らす。
 見守るハンスは、もはや乾いた笑いしか出なかった。
「あーあ。団長、ついに自分自身の鏡像と戦う羽目になりましたね。これ、どっちがどっちだか、遠目に見たら分かりませんよ」

 実際、二人の放つ威圧感は瓜二つだった。しかし、決定的な違いが一つだけあった。
 フェンリルは「人間の姿」になっても、狼としての素直さを失っていないのだ。

「主よ。俺はまだ、人間の服の着方がよく分からない。……整えてくれるか?」
 フェンリルが少しだけ首を傾げ、無防備にリヒトへ歩み寄る。その無愛想な顔での「甘え」は、リヒトにとって破壊的な威力があった。
「あ、うん、いいよ。ちょっと待ってね、フェンリル」
 リヒトが甲斐甲斐しくフェンリルの襟元を直してあげる様子を見て、ジークヴァルトの独占欲が限界値を突破した。

「リヒト! そいつの世話をするな! それは……それは、私がいつもお前にしてもらっていることだ!」
「でもジークヴァルト様、フェンリルが困ってるんですから」
「私がもっと困っている! 心が、張り裂けそうだ!」

 帝国最強の騎士団長が、中庭の真ん中で堂々と「寂しさ」を訴える。
 その必死な姿に、リヒトは思わず噴き出してしまった。

「ふふっ、ジークヴァルト様。フェンリルがジークヴァルト様の姿を選んだのは、それだけジークヴァルト様のことを『かっこいい』って思ってるからなんですよ?」
「……何?」
「僕だって、ジークヴァルト様の姿が増えて、ちょっとだけ……嬉しいです。だって、大好きな人が二人になったみたいで」

 リヒトの「大好き」という言葉に、二人の騎士(一人と一匹)は同時に硬直した。
 ジークヴァルトは顔を真っ赤にし、フェンリルは満足そうに尻尾(今は見えないが、気配で分かる)を振った。

「……リヒト。お前というやつは……」
 ジークヴァルトは大きな溜息をつくと、リヒトの反対側の手を強引に引き寄せた。
「フェンリル。姿を借りることは許してやる。……だが、夜、リヒトを腕枕して寝る権利だけは、死んでも譲らんからな」

 銀髪の騎士と黒髪の騎士。
 二人の「守護者」に挟まれたリヒトは、さらに賑やかになった聖域の日常に、少しの戸惑いと、それ以上の深い幸福を感じるのだった。
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