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36話
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王宮の深奥に位置するハルの自室。
精霊の棲む湖から帰還したその夜、部屋を満たしていたのは、かつてないほどの穏やかで、それでいて密度の高い「おもてなし」の嵐だった。
「――ハル様。旅の間に蓄積された魔力の乱れを放置するのは、騎士団の侍従として見過ごせません。今夜の香炉には、心身を芯から解きほぐす『月光草』の精油を調合しておきました」
ジークが一切の無駄がない所作で、銀の香炉を整える。その横顔はいつも通り冷静沈着だが、香炉を見つめる眼差しには、主(あるじ)を脅かした「世界の理」に対する静かな怒りと、二度とあのような隙は作らせないという鉄の意志が宿っていた。
「ありがとう、ジークさん。……なんだか、みんなの気合がすごくて、少し圧倒されちゃうな」
ハルが苦笑しながらソファに腰を下ろすと、即座にタイガが分厚い毛布を広げて、ハルの膝を覆った。
「圧倒されるぐらいで丁度いいんだ。……ハル、お前は自分がどれだけ危うい場所にいたか分かってねぇ。精霊なんぞに連れて行かれたら、俺たちは何を糧に戦えばいいんだよ」
タイガの低い声には、いつもの快活さの中に、守りきれなかったことへの悔恨が滲む。彼はハルの足元にドサリと座り込み、番犬のようにその場を動こうとしない。
「……兄ちゃん、次は絶対にボクの結界から出さないよ」
ヨシュアがハルの服の裾をぎゅっと握りしめる。合宿で自身の無力さを知った麒麟の少年は、その日から「可愛らしい弟分」であることを止め、一人の守護者としての顔を見せるようになっていた。
その時、部屋の扉が開き、ギルバートが重厚な足取りで入ってきた。
「……ハル。お前にとって、この王宮が窮屈な場所にならぬよう、自由は最大限尊重しよう。だが――」
ギルバートはハルの前に跪き、その細い手を自らの大きな掌で包み込んだ。
「俺たちの目が届かぬ場所へは、二度と行かせん。これは王としての命ではなく、一人の男としての、お前への懇願だ」
黄金の瞳に宿る、真剣な情熱。
それは「重い執着」というにはあまりに高潔で、しかし「ただの親愛」と呼ぶにはあまりに深く、切実なものだった。
シリアスな空気にハルが少し緊張した、その瞬間。
「(……あ、ハル様。足元に失礼します)」
影から現れたフェンが、絶妙なタイミングでハルの好物である「揚げたての菓子」を差し出した。
「……糖分を摂ると、緊張が和らぐと聞きました。さあ、どうぞ」
「フェンくん、どこから出したの!? ……ふふ、ありがとう」
ふっとハルの肩の力が抜け、それを見たギルバートたちが「……やれやれ、フェンに先を越されたか」と苦笑いを浮かべる。
精霊との邂逅を経て、彼らの中に芽生えたのは「独占」ではなく「より強固な献身」。
ハルを大切に思うあまり、ついつい過保護になってしまう最強の男たちとの、騒がしくも温かい王宮の夜が、静かに更けていくのだった。
「キュイ~!(ボクも、ハル様のことを世界一守るんだから!)」
ポポがハルの鼻先にツンと頭を預け、部屋の中にはいつもの優しい笑い声が広がった。
精霊の棲む湖から帰還したその夜、部屋を満たしていたのは、かつてないほどの穏やかで、それでいて密度の高い「おもてなし」の嵐だった。
「――ハル様。旅の間に蓄積された魔力の乱れを放置するのは、騎士団の侍従として見過ごせません。今夜の香炉には、心身を芯から解きほぐす『月光草』の精油を調合しておきました」
ジークが一切の無駄がない所作で、銀の香炉を整える。その横顔はいつも通り冷静沈着だが、香炉を見つめる眼差しには、主(あるじ)を脅かした「世界の理」に対する静かな怒りと、二度とあのような隙は作らせないという鉄の意志が宿っていた。
「ありがとう、ジークさん。……なんだか、みんなの気合がすごくて、少し圧倒されちゃうな」
ハルが苦笑しながらソファに腰を下ろすと、即座にタイガが分厚い毛布を広げて、ハルの膝を覆った。
「圧倒されるぐらいで丁度いいんだ。……ハル、お前は自分がどれだけ危うい場所にいたか分かってねぇ。精霊なんぞに連れて行かれたら、俺たちは何を糧に戦えばいいんだよ」
タイガの低い声には、いつもの快活さの中に、守りきれなかったことへの悔恨が滲む。彼はハルの足元にドサリと座り込み、番犬のようにその場を動こうとしない。
「……兄ちゃん、次は絶対にボクの結界から出さないよ」
ヨシュアがハルの服の裾をぎゅっと握りしめる。合宿で自身の無力さを知った麒麟の少年は、その日から「可愛らしい弟分」であることを止め、一人の守護者としての顔を見せるようになっていた。
その時、部屋の扉が開き、ギルバートが重厚な足取りで入ってきた。
「……ハル。お前にとって、この王宮が窮屈な場所にならぬよう、自由は最大限尊重しよう。だが――」
ギルバートはハルの前に跪き、その細い手を自らの大きな掌で包み込んだ。
「俺たちの目が届かぬ場所へは、二度と行かせん。これは王としての命ではなく、一人の男としての、お前への懇願だ」
黄金の瞳に宿る、真剣な情熱。
それは「重い執着」というにはあまりに高潔で、しかし「ただの親愛」と呼ぶにはあまりに深く、切実なものだった。
シリアスな空気にハルが少し緊張した、その瞬間。
「(……あ、ハル様。足元に失礼します)」
影から現れたフェンが、絶妙なタイミングでハルの好物である「揚げたての菓子」を差し出した。
「……糖分を摂ると、緊張が和らぐと聞きました。さあ、どうぞ」
「フェンくん、どこから出したの!? ……ふふ、ありがとう」
ふっとハルの肩の力が抜け、それを見たギルバートたちが「……やれやれ、フェンに先を越されたか」と苦笑いを浮かべる。
精霊との邂逅を経て、彼らの中に芽生えたのは「独占」ではなく「より強固な献身」。
ハルを大切に思うあまり、ついつい過保護になってしまう最強の男たちとの、騒がしくも温かい王宮の夜が、静かに更けていくのだった。
「キュイ~!(ボクも、ハル様のことを世界一守るんだから!)」
ポポがハルの鼻先にツンと頭を預け、部屋の中にはいつもの優しい笑い声が広がった。
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