強面若頭は、懐っこいナースの献身に抗えない ―極道、はじめての恋を処方される―

たら昆布

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7話

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 佐々木陽太は、最寄り駅のスーパーで半額の惣菜を手に取り、夕暮れ時の住宅街を歩いていた。
 
 看護師という仕事は充実しているが、やはり一人暮らしの部屋に帰る道は、少しだけ寂しさを感じる。
 ふと、ポケットの中にある硬いカードの感触を確かめた。
 
 三日前に退院していった、あの強面で、でもどこか不器用だった患者――龍崎慎一郎からもらった連絡先だ。
 
(龍崎さん、今頃どうしてるかな。ちゃんと無理しないで休んでるかな……)
 
 渡されたときは「呪い」だなんて物騒なことを言われたが、あんなに真っ直ぐな瞳で自分を見つめてくる人を、陽太はどうしても悪い人だとは思えなかった。
 勇気を出して電話してみようか、いやでも迷惑かも……。そんなことを考えながら角を曲がった、その時だった。
 
 キィッ、と静かな住宅街には不釣り合いな、重厚なタイヤの摩擦音が響く。
 陽太のすぐ脇に、漆黒に輝く巨大な高級車が滑り込むようにして停車した。
 
「わっ、びっくりした……!」
 
 陽太が思わず身をすくめると、後部座席の窓がゆっくりと、重々しく下がっていく。
 そこに座っていたのは、仕立てのいいスーツに身を包み、彫刻のように整った、しかしひどく険しい顔をした男だった。
 
「……佐々木か。奇遇だな」
 
 龍崎慎一郎が、まるでお手本のような棒読みで呟いた。
 
「えっ、えええっ!? 龍崎さん!? なんでこんなところに!?」
 
 陽太は驚きのあまり、持っていたレジ袋を落としそうになる。
 龍崎は、内心で狂喜乱舞していた。
(計画通りだ。鮫島に調べさせた帰宅ルート、分単位で計算した甲斐があった……!)
 だが、表に出すのはあくまで「冷徹な若頭」の仮面である。
 
「……偶然だ。この近くで、少々……『片付けねばならん用事』があってな」
 
「用事? こんな住宅街でですか?」
 
「ああ。……不法投棄された『ゴミ』の処理だ」
 
 実際には、付近に不審な者がいないか事前に部下たちに徹底清掃させただけなのだが、陽太の目には何やら物騒な極道の仕事に見えたらしい。
 陽太は少し怯えるかと思いきや、パッと顔を輝かせて車に駆け寄った。
 
「そうだったんですか! お仕事中なのにすみません。でも、元気そうで良かった。傷口、痛んだりしてませんか?」
 
 陽太が窓から身を乗り出すようにして、龍崎の顔を覗き込む。
 ふわり、と車内に広がる陽太の香り。
 龍崎の心臓が、再び「持病」の激しい鼓動を刻み始める。
 
「……っ、案ずるな。貴様の看護のおかげで、すこぶる調子がいい」
 
「本当ですか? あ、でも、顔がちょっと赤いかも……。龍崎さん、熱があるんじゃ……」
 
 陽太が手を伸ばし、龍崎の額に触れようとする。
 その瞬間、龍崎はパッとその手を掴んだ。
 
「な……、何を……っ」
 
「あ、すみません! つい、癖で……」
 
 陽太が顔を赤くして手を引こうとするが、龍崎はなぜかその手を離すことができなかった。
 細くて、柔らかくて、温かい手。
 この手に触れているだけで、頭の芯が痺れるような感覚に襲われる。
 
「……佐々木。これも何かの縁だ。夕飯は済ませたのか」
 
「えっ、あ、今からスーパーのコロッケを食べようかなって……」
 
「そんな油の塊のようなものを食うな。栄養が偏る」
 
 龍崎は、隣に座っていた鮫島(運転席で必死に笑いを堪えている)を無視して、強引にドアを開けた。
 
「乗れ。お礼だ、美味いものを食わせる」
 
「ええっ!? でも、僕、こんな格好だし……。龍崎さんはお仕事中じゃ……」
 
「仕事は終わった。……いいから乗れ。俺の命令が聞けんのか」
 
 少しだけ凄んで見せると、陽太は「ううっ」と小さく唸り、観念したように車に乗り込んだ。
 龍崎のすぐ隣に、陽太が座る。
 広いはずの後部座席が、一気に狭く感じられた。
 
 車が動き出すと、龍崎は極度の緊張で正面を見据えたまま動けなくなった。
 
「……龍崎さん、本当にどこに行くんですか?」
 
「……銀座だ。馴染みの店がある」
 
「銀座!? 無理無理、僕、ユニクロですよ!?」
 
 慌てる陽太を横目に、龍崎は密かに唇の端を上げた。
 ようやく、この男を自分のテリトリーに引き寄せることができた。
 病院という白い箱の中ではない、現実の世界で。
 
 だが、龍崎はこの時まだ知らなかった。
 「偶然の再会」を演じるために用意したこの時間が、自分の理性をどれほど危うくさせるのかを。
 そして、陽太が放つ無自覚な「わんこ攻撃」が、銀座の高級個室で炸裂することを。
 
「……佐々木」
 
「はい?」
 
「……今日は、帰さないからな」
 
「えっ、何ですかそれ、怖いですよ!?」
 
「……栄養バランスを完璧にするまでは、という意味だ」
 
 龍崎の必死の言い訳が、静かな車内に虚しく響いた。
 
 極道・龍崎慎一郎の「初デート(本人は接待と言い張っている)」が、今、幕を開ける。
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