路頭に迷う超絶美形を拾ったら無自覚な懐かれ方が凄すぎて義賊の頭領の心臓が持ちません! ~初恋の難易度がカンストしてる件について~

たら昆布

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4話

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 朝日が、埃の舞う倉庫の窓から筋となって差し込んでいる。
 義賊団『黄金の牙』の朝は早い。盗品……もとい、回収した物品の検品、武器の整備、そして街へ流す情報の精査。荒くれ者たちが忙しなく動き回る中、拠点の中心にある大テーブルに、場違いなほど静謐な空気が漂っていた。
「……おい。そこで何をじっとしている」
 木階段を下りてきたヴァンが、不機嫌そうに声をかける。
 視線の先には、昨夜貸し与えたぶかぶかのシャツを着たリナートが、彫像のように直立不動で立っていた。その手には、どこから持ってきたのか、毛先がボロボロになった古ぼけた箒が握られている。
「あ、ヴァン。おはようございます。今日から私も、この場所のために働こうと思いまして」
 リナートは翡翠色の瞳を輝かせ、自信満々に胸を張った。
「働く? お前、何かできることがあるのか。読み書きも怪しい世間知らずが」
「掃除ならできます。汚れているところを、この棒で掃けばいいのですよね?」
 リナートは意気揚々と箒を振り回した。その勢いで、棚に置かれていた空のジョッキが危うく床に落ちそうになる。ヴァンは素早い身のこなしでそれをキャッチすると、盛大な溜め息をついた。
「……やめろ。お前に動かれると、掃除どころか破壊活動になる。大人しく隅で座っていろ」
「でも、ヴァンに助けていただいた恩を返したいのです。何もせずに食事をいただくのは、私の誇りが許しません」
 誇り、という言葉に、ヴァンは眉を跳ね上げた。
 泥を啜り、石鹸を齧るほど困窮していた男が口にするには、あまりにも重みのある響きだ。リナートの背筋は真っ直ぐに伸びており、その立ち居振る舞いには、やはり育ちの良さを隠しきれない優雅さが宿っている。
 ヴァンは苛立ちを紛らすように、自席の椅子を荒っぽく引いて座った。
「……勝手にしろ。ただし、壊れ物には触るな。あと、俺の視界をチョロチョロ動くな」
「はい! 心得ました、ヴァン」
 リナートは嬉しそうに応じると、さっそく床の掃き掃除を開始した。
 しかし、その手つきは危うい。箒を動かすたびに、埃を掃くのではなく、ただ右から左へ移動させているだけのように見える。挙句の果てには、壁に立てかけてあったヴァンの愛剣に興味を示し、あろうことかその鞘を掃除用の雑巾で磨き始めた。
「おい、何をしている!」
「剣が、少し曇っているように見えたので。こうして磨けば、ヴァンが戦う時に眩しくないかと思いまして」
「……お前、それはただの錆除けの油だ。拭き取ってどうする」
 ヴァンは立ち上がり、リナートの手から雑巾をひったくった。
 その拍子に、リナートの指先がヴァンの掌に触れる。リナートの手は、昨日よりは幾分か温かくなっていたが、指の節々は細く、労働を経験してきた人間のそれではない。
 ヴァンの指が、無意識にリナートの手首を掴む。
 細い。あまりにも簡単に折れてしまいそうなほど、華奢な骨格だ。
「……こんな軟弱な手で、掃除なんてできるか。これ以上、無駄な仕事を増やすな」
「あ……すみません。私は、ただ……」
 リナートが眉を下げ、シュンと肩を落とす。その姿は、主人の期待に応えられなかった仔犬のようで、ヴァンの胸の奥がチクリと痛んだ。
 冷たい言葉を投げた自覚はある。だが、どう接していいのか分からない。これまでヴァンの周囲にいたのは、殴り合えば分かり合えるような荒くれ者か、媚を売ってくる裏社会の人間だけだった。
 こんな、ガラス細工のような生き物をどう扱えばいいのか、どの教本にも載っていなかった。
「……ヴァン、怒っていますか?」
 リナートが、恐る恐るヴァンの顔を覗き込んでくる。
 近すぎる。リナートの銀色の髪が数本、ヴァンの頬をかすめた。その微かな刺激だけで、ヴァンの心臓は裏切り者のように速いリズムを刻み始める。
「……怒ってねえよ。声がでかいだけだ」
「よかった。私、ヴァンに嫌われたら、もうどこにも行く場所がありませんから」
 リナートは安心したように微笑み、あろうことかヴァンの腕に自分の頭を擦り寄せてきた。
 懐かれる、という表現では生ぬるい。それは絶対的な信頼の証であり、同時にヴァンの理性を鋭く削り取る毒でもあった。
「おま……っ、くっつくなと言ってるだろう!」
「ええ? でも、ヴァンは暖かいですよ。このアジトの中で、一番お日様の匂いがします」
「……勝手なことを言うな!」
 ヴァンは顔を真っ赤に染め、リナートを突き放すようにして更衣室へと逃げ込んだ。
 扉を閉めた後も、背中越しにリナートの「ヴァン、お掃除の続き、頑張りますね!」という明るい声が聞こえてくる。
 ヴァンは壁に頭を打ち付け、熱くなった額を冷やそうと試みた。
 初恋なんて、自分には無縁なものだと思っていた。だが、この得体の知れない動揺がそれだというのなら、あまりにも難易度が高すぎる。
 
 その頃、拠点の広間では、一部始終を見ていたログとメイが顔を見合わせていた。
「……なあログ。頭領、あんなに顔を赤くして。病気か?」
「いや、あれは病気じゃねえな。……重症の『お人好し病』だ。それも、銀色の特効薬にしか効かないやつだぜ」
 ログは面白そうに鼻を鳴らし、酒の代わりに水を飲み干した。
「リナート、お前。その箒はいいから、こっちの野菜の皮剥きを手伝ってくれ。ヴァンに言われる前に、俺たちが仕込んでやるよ」
「はい、ログさん! よろしくお願いします」
 リナートは元気よく返事をし、包丁を手に取った。
 直後、ジャガイモを剥くはずの包丁が、まな板ごと真っ二つに割れるような音が響き、拠点は再び騒動に包まれる。
 
 夕暮れ時。
 結局、一日の大半を「リナートの不始末の後始末」に費やしたヴァンは、疲れ果ててソファに身を沈めていた。
 目の前には、慣れない作業で指にいくつも包帯を巻いたリナートが、申し訳なさそうに立っている。
「……お前な。ジャガイモを剥くのに、なぜそんなに力が入るんだ」
「丸いものを抑えるのは、とても難しいですね。でも、次はもっと上手くやれます」
「次はねえよ。明日からは、俺の横を離れるな。……監視だ。お前が何かを壊さないか、俺がずっと見てやる」
 それは事実上の「常に一緒にいろ」という宣言だった。
 リナートは一瞬、きょとんとした顔をしたが、すぐに顔全体を綻ばせて頷いた。
「はい! ずっと、ヴァンの隣にいますね」
 リナートの言葉に嘘はない。だが、その純粋さが、今のヴァンの心には、どんな剣よりも鋭く突き刺さるのだった。
 義賊の拠点は、これまでとは違う、少しだけ騒がしくて、どこか落ち着かない熱を帯び始めていた。
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