路頭に迷う超絶美形を拾ったら無自覚な懐かれ方が凄すぎて義賊の頭領の心臓が持ちません! ~初恋の難易度がカンストしてる件について~

たら昆布

文字の大きさ
32 / 32

後日談

しおりを挟む
 陽光が窓枠の形に石床を切り取っている。
 拠点の食堂には、焼けたパンの香ばしさと、淹れたての苦い珈琲の香りが満ちていた。ヴァンが裏稼業の報告書を片付けるために自室に籠もっている間、リナートはログとメイの向かいで、蜂蜜をたっぷりかけたパンを頬張っていた。
「なあ、リナート。お前、頭領にちゃんと『好きだ』って言われたのか?」
 ログが、エールの残ったグラスを弄びながら、唐突に問いかけた。
 リナートは咀嚼を止め、翡翠色の瞳をぱちくりと瞬かせる。
「……すき?」
「そうよ。あんなに派手な奪還劇まで演じておいて、肝心の言葉を抜かしてるんじゃないでしょうね。あの朴念仁ならあり得るわ」
 メイが呆れたように肩を竦める。リナートは銀色の眉を寄せ、記憶の海を深く潜るように沈黙した。
「……所有物だとか、俺の側を離れるなとは、何度も言われました。熱を出した時には、どこにも行くなとも。でも、その……『好き』という言葉は、一度も聞いていないかもしれません」
「はあ!? あいつ、まだそんな初歩的なところで躓いてるの?」
 メイが机を叩いた。リナートの顔から、みるみるうちに輝きが失われていく。
「……ヴァンは、私のことを所有物としては必要としていても、心からは『好き』ではないのでしょうか。ただの、便利な鑑定役……」
「おいおい、そんなに落ち込むな。あいつの顔を見れば一目瞭然だろ。耳まで赤くして……おっと、本人が来たぜ」
 ログが視線で扉を指した。

 入ってきたヴァンは、三人の重苦しい空気を感じ取り、鋭い眉をさらに寄せる。
「……なんだ。飯ならさっさと食え。今日は午後に市場へ出るぞ」
 ヴァンがリナートの隣に腰を下ろす。いつもなら「ヴァン、おかえりなさい!」と腕に絡みついてくるはずの熱が、今日に限っては沈黙を守っていた。
 リナートは皿の端に残ったパンの欠片を見つめ、小さな溜息を漏らす。
「……ヴァン。私は、あなたの所有物ですよね」
「ああ。今更何を言ってるんだ」
「では、……『好き』ではないから、所有物と呼ぶのですか?」
 ヴァンの動きが、完全に停止した。
 手に持っていた珈琲のカップが僅かに震え、黒い液体が水面に波紋を作る。背後でログとメイが「ほら言った」と言わんばかりの顔で、楽しげにニヤついている。
「……、……っ。誰がそんな、入れ知恵をした」
「ログさんとメイさんが、言葉にしないと分からないこともあるって。ヴァンは、私のことをどう思っているのですか。翡翠の宝石を見守るような気持ち……だけなのですか?」
 リナートの潤んだ瞳が、ヴァンの横顔を射抜く。
 ヴァンの耳が、瞬く間に茹で上がったタコのように真っ赤に染まった。彼は視線を彷徨させ、首筋を乱暴に掻き毟る。
「……、……、……。んなもん、言わなくても分かるだろ。俺がお前のために、どれだけの不利益を被って、国を相手に立ち回ったと思ってんだ」
「態度は分かります。でも、私は……その言葉が欲しいんです」
 リナートが一歩も引かずに顔を近づける。ヴァンの鼻先に、リナートの柔らかな髪の香りが届く。

 ヴァンはガタッと椅子を鳴らして立ち上がった。
 彼はリナートの手首を掴み、逃げるように食堂を後にした。廊下の突き当たり、人影のない物置の影にリナートを押し込む。
「……、……いいか、リナート。よく聞け。俺は、泥棒だ」
「知っています」
「綺麗な言葉を並べるのは柄じゃねえんだ。お前を『好き』だなんて、そんな安っぽい言葉一つで、この胸の焼き付くような感覚を片付けられたくねえ」
 ヴァンの大きな掌が、リナートの頬を包み込む。
 親指がリナートの唇をなぞり、ヴァンの激しい体温が伝わってくる。リナートは瞬きを忘れ、目前にある黄金の瞳に見入った。
「お前がいない間、俺は飯の味が分からなくなった。お前の声が聞こえないだけで、アジトが墓場みたいに感じた。……これを『好き』と呼ばねえなら、この世に愛なんて言葉は必要ねえ」
 ヴァンの声が熱を帯び、低く沈む。
 彼はリナートの額に自分の額を預け、震える吐息を漏らした。
「……、……愛してる。……これで満足か、バカ王子」
 最後の一言は、消え入りそうなほど微かな囁きだった。
 しかし、その響きはリナートの魂に直接、重厚な音を立てて着地した。

 リナートの顔に、弾けるような、世界を照らすような微笑が戻る。
「はい! 私も、ヴァンを愛しています。所有物として、一生あなたの側にいますね」
 リナートはヴァンの首に腕を回し、その胸板に顔を埋めた。
 ドクン、ドクンと。
 服越しに伝わってくる鼓動は、さっきの言葉よりも饒舌にヴァンの本心を語っていた。
 ヴァンは深く溜め息をつき、降参だと言わんばかりにリナートの背中を抱きしめる。
「……まったく、難易度が下がるどころか、上がる一方だな、お前は」
 照れ隠しの毒づきさえも、今は甘い蜜のように二人の間に溶けていく。
 石壁の向こう側から「あーあ、結局ご馳走様ね」とメイの茶化す声が聞こえたが、ヴァンはもう、それを怒鳴りつける気力すら失っていた。
 確かな言葉と、それ以上に熱い体温。
 二人の絆は、冬を越えた芽吹きの如く、より強く、深く結ばれていくのだった。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

王太子殿下のやりなおし

3333(トリささみ)
BL
ざまぁモノでよくある『婚約破棄をして落ちぶれる王太子』が断罪前に改心し、第三の道を歩むお話です。 とある時代のとある異世界。 そこに王太子と、その婚約者の公爵令嬢と、男爵令嬢がいた。 公爵令嬢は周囲から尊敬され愛される素晴らしい女性だが、王太子はたいそう愚かな男だった。 王太子は学園で男爵令嬢と知り合い、ふたりはどんどん関係を深めていき、やがては愛し合う仲になった。 そんなあるとき、男爵令嬢が自身が受けている公爵令嬢のイジメを、王太子に打ち明けた。 王太子は驚いて激怒し、学園の卒業パーティーで公爵令嬢を断罪し婚約破棄することを、男爵令嬢に約束する。 王太子は喜び、舞い上がっていた。 これで公爵令嬢との縁を断ち切って、彼女と結ばれる! 僕はやっと幸せを手に入れられるんだ! 「いいやその幸せ、間違いなく破綻するぞ。」 あの男が現れるまでは。

異世界オークションで売られた俺、落札したのは昔助けた狼でした

うんとこどっこいしょ
BL
異世界の闇オークションで商品として目覚めた青年・アキラ。 獣人族たちに値踏みされ、競りにかけられる恐怖の中、彼を千枚の金貨で落札したのは、銀灰色の髪を持つ狼の獣人・ロウだった。 怯えるアキラに、ロウは思いがけない言葉を告げる。 「やっと会えた。お前は俺の命の恩人だ」 戸惑うアキラの脳裏に蘇るのは、かつて雨の日に助けた一匹の子狼との記憶。 獣人世界を舞台に、命の恩人であるアキラと、一途に想い続けた狼獣人が紡ぐ、執着と溺愛の異世界BLロマンス。 第一章 完結 第二章 完結

ゆい
BL
涙が落ちる。 涙は彼に届くことはない。 彼を想うことは、これでやめよう。 何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。 僕は、その場から音を立てずに立ち去った。 僕はアシェル=オルスト。 侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。 彼には、他に愛する人がいた。 世界観は、【夜空と暁と】と同じです。 アルサス達がでます。 【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。 2025.4.28 ムーンライトノベルに投稿しました。

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

悪役令嬢と呼ばれた侯爵家三男は、隣国皇子に愛される

木月月
BL
貴族学園に通う主人公、シリル。ある日、ローズピンクな髪が特徴的な令嬢にいきなりぶつかられ「悪役令嬢」と指を指されたが、シリルはれっきとした男。令嬢ではないため無視していたら、学園のエントランスの踊り場の階段から突き落とされる。骨折や打撲を覚悟してたシリルを抱き抱え助けたのは、隣国からの留学生で同じクラスに居る第2皇子殿下、ルシアン。シリルの家の侯爵家にホームステイしている友人でもある。シリルを突き落とした令嬢は「その人、悪役令嬢です!離れて殿下!」と叫び、ルシアンはシリルを「護るべきものだから、守った」といい始めーー ※この話は小説家になろうにも掲載しています。

おしまいのそのあとは

makase
BL
悪役令息として転生してしまった神楽坂龍一郎は、心を入れ替え、主人公のよき友人になるよう努力していた。ところがこの選択肢が、神楽坂の大切な人を傷つける可能性が浮上する。困った神楽坂は、自分を犠牲にする道を歩みかけるが……

恋のかたちになるまでに

キザキ ケイ
BL
トラウマで女性が苦手な善は、初めて足を踏み入れたミックスバーで男に恋してしまう。 男を恋愛対象にできると知っていたのは、親友のリュウが男と付き合っていたことがあるからだった。 気持ちを持て余して恋心を相談した善は、「野暮ったい自分」を脱するためにリュウのアドバイスを受けることに。 一方、リュウのほうも、ただの友達だったはずの善に対する気持ちに変化があるようで────。

家を追い出されたのでツバメをやろうとしたら強面の乳兄弟に反対されて困っている

香歌奈
BL
ある日、突然、セレンは生まれ育った伯爵家を追い出された。 異母兄の婚約者に乱暴を働こうとした罪らしいが、全く身に覚えがない。なのに伯爵家当主となっている異母兄は家から締め出したばかりか、ヴァーレン伯爵家の籍まで抹消したと言う。 途方に暮れたセレンは、年の離れた乳兄弟ギーズを頼ることにした。ギーズは顔に大きな傷跡が残る強面の騎士。悪人からは恐れられ、女子供からは怯えられているという。でもセレンにとっては子守をしてくれた優しいお兄さん。ギーズの家に置いてもらう日々は昔のようで居心地がいい。とはいえ、いつまでも養ってもらうわけにはいかない。しかしお坊ちゃん育ちで手に職があるわけでもなく……。 「僕は女性ウケがいい。この顔を生かしてツバメをしようかな」「おい、待て。ツバメの意味がわかっているのか!」美貌の天然青年に振り回される強面騎士は、ついに実力行使に出る?!

処理中です...