不遇な転生聖子は冷酷皇帝に「君のご飯が一番」と胃袋から愛し抜かれる 〜自炊スキルで無自覚に無双して最強の番に指名されました〜

たら昆布

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9話

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その日は朝から、しとしとと静かな雨が降っていた。
離宮の古い屋根を叩く雨音は、どこか子守唄のように優しく、僕の心を落ち着かせる。

「今日は外での作業は無理ですね」

僕は庭仕事をお休みにして、リビングのソファでハーブティーを淹れることにした。
先日摘んだミントと、ドライにしておいたベリーの実を合わせた特製茶だ。

ヴァルさんは大きな窓の側に立ち、灰色の空を眺めていた。
その横顔は、出会った頃の刺々しさが消え、どこか遠くを見つめる寂しげな色を帯びている。

「ヴァルさん、お茶が入りましたよ。こっちへ来てください」

僕が声をかけると、彼はゆっくりと振り返り、僕の隣に腰を下ろした。
ソファが沈み込み、彼の体の熱が伝わってくる。

「……雨は、嫌いか?」
「いえ、好きですよ。前世……じゃなくて、昔、仕事が忙しかった時は、雨の日だけは『今日は外に出なくていいんだ』って、自分を許せる気がして」

僕は湯気の立つカップを彼に手渡した。
ヴァルさんはそれを両手で包み込み、ゆっくりと香りを吸い込む。

「……私は、雨が降るたびに、戦場を思い出す」
「戦場……」
「泥を噛み、冷え切った鎧の中で、いつ終わるとも知れぬ死を待つ。……私の魔力は強すぎた。守るべき部下たちからも、怪物の如く恐れられた」

静かな独白だった。
最強の皇帝として、あるいは竜騎士として名を馳せる彼の裏側にあった、孤独な重圧。
僕は、かけるべき言葉が見つからなくて、ただ黙って彼の話を聞いた。

「だが……。この離宮に来てからは、雨音がうるさく感じない。……君が、そこで茶を淹れている音がするからだろうな」

ヴァルさんはふっと自嘲気味に笑い、お茶を一口飲んだ。
そして、そのままソファの背もたれに深く体を預け、僕の方へと顔を向ける。

「エリアン。君が作るものは、すべて温かいな」
「……それは、僕自身がぬるま湯みたいな人間だからですよ」
「いや。……それが、心地いいのだ」

不意に、ヴァルさんの大きな手が、僕の頭に置かれた。
乱暴に撫でるのではなく、壊れものを確かめるような、不器用で優しい手つき。

「…………」

僕は何も言えなくなって、ただ温かいカップを握りしめた。
外は冷たい雨が降っているけれど、この小さな部屋の中だけは、春の日だまりのような穏やかさが満ちていた。
恋、と呼ぶにはまだ淡すぎるけれど。
僕の中で、彼という存在が少しずつ、けれど確実に「他所の人」から「特別な隣人」へと変わっていくのを感じていた。
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