不遇な転生聖子は冷酷皇帝に「君のご飯が一番」と胃袋から愛し抜かれる 〜自炊スキルで無自覚に無双して最強の番に指名されました〜

たら昆布

文字の大きさ
11 / 20

11話

しおりを挟む
「今日は、クッキーを焼こうと思います。ヴァルさん、手伝ってくれますか?」

昨日の騒動を忘れるように、僕は平和な提案をした。
離宮の倉庫で見つけた古い製粉機が直ったので、上質な小麦粉が手に入ったのだ。それに、ヴァルさんの魔力で冷やしておいたバターもある。

「クッキー……? あの、サクサクとした菓子のことか」
「はい。ヴァルさん、甘いものは嫌いですか?」
「……いや。君が作るものなら、興味がある」

ヴァルさんはそう言って、器用にエプロン(僕が無理やり着せた、少しサイズの小さいもの)を身につけた。最強の皇帝が、フリル付きのエプロン姿でキッチンに立っている。前世の僕が見たら、間違いなく「シュールすぎる」と爆笑していただろう。

「まずは、バターと砂糖を混ぜます。ヴァルさん、お願いします」
「ああ、任せろ」

ヴァルさんはボウルを受け取ると、恐ろしいほどの速度で混ぜ始めた。
前世の電動ミキサーも真っ青の攪拌能力だ。彼が動くたびに、逞しい腕の筋肉が躍動し、甘いバターの香りがキッチンいっぱいに広がっていく。

「あ、そこまでです! 混ぜすぎると硬くなっちゃいますから」
「む……。加減が難しいな」

ヴァルさんは少しだけ悔しそうに眉を寄せた。その表情が、戦場を支配する男とは思えないほど幼く見えて、僕は思わず笑ってしまう。

「次は、僕が型抜きをしますね。ヴァルさんもやってみますか?」
「型抜き……?」

僕は生地を薄く伸ばし、花の形の型を押し当てた。
ヴァルさんも僕の真似をして、大きな手で慎重に型を握る。

「……できた」

彼が型を抜いたのは、少し歪な、けれど丁寧に作られた星の形だった。
二人で並んで、天板にずらりとクッキーを並べていく。
不意に、ヴァルさんの指先が僕の手に触れた。

「あ……」
「すまない。……君の手は、温かいな」

ヴァルさんは手を引こうとせず、そのまま僕の指先をそっとなぞった。
彼の指は少し冷たくて、けれど触れられた場所から熱が伝わってくるような錯覚に陥る。

「……バ、バターのせいでベタベタですよ」
「構わない」

彼は静かにそう言い、僕の目を見つめた。
オーブンの中でクッキーが焼き上がる甘い香りが、二人の間の沈黙を優しく包み込んでいく。
少しずつ、けれど確実に、僕たちの距離は「同居人」という境界線を越えようとしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私のお父様とパパ様

ファンタジー
非常に過保護で愛情深い二人の父親から愛される娘メアリー。 婚約者の皇太子と毎月あるお茶会で顔を合わせるも、彼の隣には幼馴染の女性がいて。 大好きなお父様とパパ様がいれば、皇太子との婚約は白紙になっても何も問題はない。 ※箱入り娘な主人公と娘溺愛過保護な父親コンビのとある日のお話。 追記(2021/10/7) お茶会の後を追加します。 更に追記(2022/3/9) 連載として再開します。

おしまいのそのあとは

makase
BL
悪役令息として転生してしまった神楽坂龍一郎は、心を入れ替え、主人公のよき友人になるよう努力していた。ところがこの選択肢が、神楽坂の大切な人を傷つける可能性が浮上する。困った神楽坂は、自分を犠牲にする道を歩みかけるが……

私の容姿は中の下だと、婚約者が話していたのを小耳に挟んでしまいました

山田ランチ
恋愛
想い合う二人のすれ違いラブストーリー。 ※以前掲載しておりましたものを、加筆の為再投稿致しました。お読み下さっていた方は重複しますので、ご注意下さいませ。 コレット・ロシニョール 侯爵家令嬢。ジャンの双子の姉。 ジャン・ロシニョール 侯爵家嫡男。コレットの双子の弟。 トリスタン・デュボワ 公爵家嫡男。コレットの婚約者。 クレマン・ルゥセーブル・ジハァーウ、王太子。 シモン・グレンツェ 辺境伯家嫡男。コレットの従兄。 ルネ ロシニョール家の侍女でコレット付き。 シルヴィー・ペレス 子爵令嬢。 〈あらすじ〉  コレットは愛しの婚約者が自分の容姿について話しているのを聞いてしまう。このまま大好きな婚約者のそばにいれば疎まれてしまうと思ったコレットは、親類の領地へ向かう事に。そこで新しい商売を始めたコレットは、知らない間に国の重要人物になってしまう。そしてトリスタンにも女性の影が見え隠れして……。  ジレジレ、すれ違いラブストーリー

ゆい
BL
涙が落ちる。 涙は彼に届くことはない。 彼を想うことは、これでやめよう。 何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。 僕は、その場から音を立てずに立ち去った。 僕はアシェル=オルスト。 侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。 彼には、他に愛する人がいた。 世界観は、【夜空と暁と】と同じです。 アルサス達がでます。 【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。 2025.4.28 ムーンライトノベルに投稿しました。

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

【完結】婚約を解消して進路変更を希望いたします

宇水涼麻
ファンタジー
三ヶ月後に卒業を迎える学園の食堂では卒業後の進路についての話題がそここで繰り広げられている。 しかし、一つのテーブルそんなものは関係ないとばかりに四人の生徒が戯れていた。 そこへ美しく気品ある三人の女子生徒が近付いた。 彼女たちの卒業後の進路はどうなるのだろうか? 中世ヨーロッパ風のお話です。 HOTにランクインしました。ありがとうございます! ファンタジーの週間人気部門で1位になりました。みなさまのおかげです! ありがとうございます!

交際0日婚の溺愛事情

江多之折(エタノール)
BL
死にたくはない。でも、生きたくもない。ふらふらと彷徨う根無し草は、世界の怖さを知っている。救いの手は、選ばれた者にだけ差し伸べられることも知っている。 だから緩やかに終わりを探して生きていた。 ──たった数回の鬼ごっこを経験するまでは。 誠実すぎて怖い人は、4回目の顔合わせで僕の夫となる。 そんな怖がりな男と誠実な男の、結婚生活の始まり。 ■現実だけど現実じゃない、そんな気持ちで読んでください。 ■家庭に関してトラウマを抱えている方は読まない方が良いと思います。

処理中です...