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6話
「瀬戸、あそこに立ってるの……お前の知り合いか?」
職場の先輩である美咲に声をかけられ、遥はビクリと肩を揺らした。
昼休み、オフィスのエントランスを出たところで、遥の視線は一点に釘付けになった。黒塗りの高級車の傍らで、長身の男がこちらをじっと見つめている。
一ノ瀬湊。
「氷の貴公子」は、仕事中のはずのこの時間に、何故か遥の職場の前に降臨していた。
「あ、えっと……幼馴染です。ちょっと失礼します!」
遥は駆け寄り、湊の前に立った。周囲の社員たちが、あまりにも整った湊の容姿を遠巻きに眺めているのがわかる。
「湊、どうしてここに? 仕事は?」
「……近くで打ち合わせがあった。昼飯を食いに行くぞ」
湊は当然のように遥の腕を引き、車のドアを開けた。拒絶する隙など一秒も与えられない。
「でも、今日は同僚と約束が……」
「……断ったはずだ。俺が来ると言っただろう」
湊の瞳には、一切の躊躇がない。彼は遥を助手席に押し込むと、自らも運転席に乗り込み、滑らかに車を発進させた。
車内は、湊が愛用しているウッディな香水の匂いで満たされている。それは遥にとって安らぎの匂いであるはずなのに、今は自分を閉じ込める見えない壁のように感じられた。
「……遥、スマホを見たか」
「え? あ、うん。メッセージは見たけど……」
「……返信が三分遅れた。次はすぐに返せ。お前の状況が把握できないのは、俺にとって耐えがたい苦痛だ」
湊は前方を見据えたまま、淡々と言った。その声には、怒りよりもむしろ「正論」を述べているような静かな熱がある。
「……ごめん。次は気をつけるよ」
遥は小さく頷くしかなかった。湊に嫌われたくない。その一心で、彼の過剰な執着を「深い愛」だと自分に言い聞かせ続けている。
食事を終え、オフィスに戻ると、デスクの席に同僚の佐伯が座って待っていた。佐伯は湊の同僚でもあり、二人の仲を知る数少ない友人だ。
「よお、瀬戸。……さっきの、一ノ瀬だろう?」
佐伯はいつもの軽い調子を捨て、少しだけ真剣な表情で遥を見つめた。
「……うん。お昼、一緒に食べたんだ」
「お前さ、あいつの言いなりになりすぎじゃないか?」
「え……? そんなことないよ。湊はただ、心配してくれてるだけで」
遥が言い訳を口にすると、佐伯は大きな溜息をついて、遥の肩に手を置いた。
「あいつの『心配』は、普通じゃない。一ノ瀬は昔から、手に入れたいものに対しては手段を選ばない男だ。……瀬戸、お前、あいつに食い尽くされるぞ」
佐伯の言葉が、冷たい水のように遥の胸に染み込んでいく。
「氷の貴公子なんて呼ばれてるが、中身はただの飢えた獣だ。お前が優しすぎるから、あいつの歪みが加速してるんだよ。少しは距離を置け」
「……できないよ。僕は、湊がいないと……」
遥の脳裏に、昨夜、湊に首筋を深く噛まれた時の痛みが蘇る。
「……まあ、忠告はしたからな。あいつにバレたら俺まで消されそうだし」
佐伯は苦笑いして去っていった。
一人残された遥は、湊から支給されたスマホを握りしめた。
画面が明るくなり、また湊からの通知が表示される。
『今、佐伯と何を話していた?』
背筋が凍りついた。窓の外、遠くのビルから、湊が自分を監視しているのではないか。そんな錯覚に陥るほどのタイミング。
遥は震える指で、『何でもないよ。仕事の話』と打ち込んだ。
嘘をついた瞬間の罪悪感と、監視されていることへの異常なまでの高揚感。
遥の心もまた、湊の重すぎる愛によって、少しずつ壊れ始めていた。
職場の先輩である美咲に声をかけられ、遥はビクリと肩を揺らした。
昼休み、オフィスのエントランスを出たところで、遥の視線は一点に釘付けになった。黒塗りの高級車の傍らで、長身の男がこちらをじっと見つめている。
一ノ瀬湊。
「氷の貴公子」は、仕事中のはずのこの時間に、何故か遥の職場の前に降臨していた。
「あ、えっと……幼馴染です。ちょっと失礼します!」
遥は駆け寄り、湊の前に立った。周囲の社員たちが、あまりにも整った湊の容姿を遠巻きに眺めているのがわかる。
「湊、どうしてここに? 仕事は?」
「……近くで打ち合わせがあった。昼飯を食いに行くぞ」
湊は当然のように遥の腕を引き、車のドアを開けた。拒絶する隙など一秒も与えられない。
「でも、今日は同僚と約束が……」
「……断ったはずだ。俺が来ると言っただろう」
湊の瞳には、一切の躊躇がない。彼は遥を助手席に押し込むと、自らも運転席に乗り込み、滑らかに車を発進させた。
車内は、湊が愛用しているウッディな香水の匂いで満たされている。それは遥にとって安らぎの匂いであるはずなのに、今は自分を閉じ込める見えない壁のように感じられた。
「……遥、スマホを見たか」
「え? あ、うん。メッセージは見たけど……」
「……返信が三分遅れた。次はすぐに返せ。お前の状況が把握できないのは、俺にとって耐えがたい苦痛だ」
湊は前方を見据えたまま、淡々と言った。その声には、怒りよりもむしろ「正論」を述べているような静かな熱がある。
「……ごめん。次は気をつけるよ」
遥は小さく頷くしかなかった。湊に嫌われたくない。その一心で、彼の過剰な執着を「深い愛」だと自分に言い聞かせ続けている。
食事を終え、オフィスに戻ると、デスクの席に同僚の佐伯が座って待っていた。佐伯は湊の同僚でもあり、二人の仲を知る数少ない友人だ。
「よお、瀬戸。……さっきの、一ノ瀬だろう?」
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「……うん。お昼、一緒に食べたんだ」
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「え……? そんなことないよ。湊はただ、心配してくれてるだけで」
遥が言い訳を口にすると、佐伯は大きな溜息をついて、遥の肩に手を置いた。
「あいつの『心配』は、普通じゃない。一ノ瀬は昔から、手に入れたいものに対しては手段を選ばない男だ。……瀬戸、お前、あいつに食い尽くされるぞ」
佐伯の言葉が、冷たい水のように遥の胸に染み込んでいく。
「氷の貴公子なんて呼ばれてるが、中身はただの飢えた獣だ。お前が優しすぎるから、あいつの歪みが加速してるんだよ。少しは距離を置け」
「……できないよ。僕は、湊がいないと……」
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「……まあ、忠告はしたからな。あいつにバレたら俺まで消されそうだし」
佐伯は苦笑いして去っていった。
一人残された遥は、湊から支給されたスマホを握りしめた。
画面が明るくなり、また湊からの通知が表示される。
『今、佐伯と何を話していた?』
背筋が凍りついた。窓の外、遠くのビルから、湊が自分を監視しているのではないか。そんな錯覚に陥るほどのタイミング。
遥は震える指で、『何でもないよ。仕事の話』と打ち込んだ。
嘘をついた瞬間の罪悪感と、監視されていることへの異常なまでの高揚感。
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