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1話
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「……はぁ、やっと終わった。今日こそは定時で帰りたかったのにな」
瀬戸結弦(せと ゆづる)は、肩を落としながら深夜の住宅街を歩いていた。
新卒で入った中堅の商社は、想像以上に仕事が立て込んでいた。
お人好しな性格が災いして、先輩から「これ明日までにお願い」と頼まれた雑務を断れず、気づけば時計の針は午前零時を回っている。
「お腹空いたな……。あ、コンビニの弁当、まだ残ってるかな」
結弦は独り言をこぼしながら、近道のために住宅街の細い路地裏へと足を踏み入れた。
街灯がまばらで、昼間でも薄暗いその場所は、深夜ともなれば静まり返っている。
早く帰ってシャワーを浴びたい。そんな一心で足を速めた時だった。
――パチッ。パチパチッ!
「えっ、何!? 静電気?」
突然、目の前の空間が波打つように歪んだ。
空気が焦げるような不思議な匂いが鼻を突き、青白い火花が散る。
結弦が驚いて足を止めた瞬間、眩い光が弾け、ドサリと重い何かが地面に落ちる音が響いた。
「うわっ!? な、何……?」
光が収まったあと、そこには一人の男が倒れていた。
ゴミ捨て場の横、アスファルトの上に無造作に転がっている。
結弦はおそるおそる近づいた。
「……あの、大丈夫ですか?」
返事はない。だが、その姿を見て結弦は絶句した。
男は驚くほど背が高く、そして見たこともないような豪華な、それでいてボロボロになった甲冑の一部を身に纏っていた。
腰には立派な剣を帯びており、黄金の髪が街灯の光を反射してキラキラと輝いている。
(コスプレイヤー? それとも撮影? いや、でもこんな時間に一人で……?)
男の顔を覗き込むと、彫刻のように整った美形だった。
しかし、その肌にはあちこちに煤汚れや擦り傷があり、ただ事ではない雰囲気を醸し出している。
放っておけない性格の結弦は、男の肩を揺らした。
「もしもし! 起きてください、こんなところで寝てたら風邪引きますよ!」
「……ん……。ここは……」
男がゆっくりと目を開けた。
吸い込まれるような澄んだ空色の瞳。それが結弦を捉えた瞬間、男の表情が劇的に変わった。
「……魔王の呪縛が……解けている? 体も、軽い。私は、生きているのか?」
男は自分の手を見つめ、信じられないといった様子で呟く。
そして、目の前にいる結弦に気づくと、勢いよく飛び起きた。
「あなたは……! あなたが私を救ってくれたのですか、聖者様!」
「せ、せいじゃ……? いや、僕はただの通りすがりの会社員ですけど」
「いいえ、分かります。この穢れなき魂の輝き……。あなたは私を召喚し、癒やしてくださった。私は光の勇者、アルヴィス。我が主よ、あなたの慈悲に心からの感謝を!」
アルヴィスと名乗った男は、スッと背筋を伸ばし、その場で片膝をついて深々と頭を下げた。
住宅街のど真ん中で、金髪のイケメン騎士が跪く光景。あまりのシュールさに、結弦は周囲をキョロキョロと見渡した。幸い、人通りはない。
「ちょ、ちょっと! 立ってください! そういうの、困りますから!」
「おっと、失礼しました。まだこの地の礼節に慣れておらず……。しかし、主よ。この場所はいったいどこなのですか? 魔力があまりにも薄く、見たこともない鉄の箱が並んでいますが」
アルヴィスは立ち上がると、近くに止まっている軽自動車を不思議そうに見つめた。
身長は190センチ近くあるだろうか。見上げるほどの巨躯(きょく)に、結弦は圧倒される。
しかも、よく見ればその格好は相当に危うい。甲冑の隙間から見える筋肉は逞しく、布面積が非常に少ないのだ。
「ここは日本……東京です。っていうか、あなた、本当に行き場がないんですか?」
「ニホン……トウキョウ……。聞いたこともない地名だ。私は魔王との決戦の際、時空の裂け目に飲み込まれたはず。どうやら異界へ飛ばされてしまったようですね」
アルヴィスは真面目な顔で、とんでもないことを言い出した。
普通なら「頭がおかしい人だ」と思って逃げ出すところだが、結弦には彼が嘘をついているようには見えなかった。
その瞳があまりにも純粋で、迷子になった大型犬のように潤んでいたからだ。
「……お腹、空いてます?」
結弦がつい尋ねると、アルヴィスの腹が「グゥ~」と盛大に鳴った。
男は顔を真っ赤にして、気まずそうに俯く。
「面目ない……。勇者失格です。主の前でこのような醜態を……」
「いいですよ、別に。……はぁ、もう。これも何かの縁なのかな」
結弦は、コンビニで買ったばかりの半額弁当を差し出した。
本来は自分の夕飯だったが、空腹の騎士を前に独り占めする勇気はなかった。
「これ、食べてください。とりあえず、立ち話もなんですし……。あの、僕の家、すぐそこなんですけど……一晩くらいなら、泊めてあげられなくもないです」
「本当ですか!? ああ、やはりあなたは慈愛に満ちた聖者様だ!」
アルヴィスはパッと表情を明るくし、しっぽがあれば振っていそうな勢いで結弦に詰め寄った。
その距離の近さに、結弦は思わず後ずさりする。
「主! 私は、あなたの忠実な騎士として、この地であなたをお守りすることを誓います! さあ、案内してください!」
「だから、主はやめてくださいって。……あと、その格好じゃ目立つから、僕の上着を貸します。いいですか、家に着くまで静かにしててくださいよ?」
「御意(ぎょい)!」
元気よく返事をした勇者は、貸し出された薄手のカーディガンをパツパツの体で羽織り、結弦の後ろを嬉しそうについてくる。
お人好しな新社会人と、異世界から来た世間知らずな勇者。
狭いワンルームでの、騒がしくも温かい(?)居候生活が、こうして幕を開けたのであった。
瀬戸結弦(せと ゆづる)は、肩を落としながら深夜の住宅街を歩いていた。
新卒で入った中堅の商社は、想像以上に仕事が立て込んでいた。
お人好しな性格が災いして、先輩から「これ明日までにお願い」と頼まれた雑務を断れず、気づけば時計の針は午前零時を回っている。
「お腹空いたな……。あ、コンビニの弁当、まだ残ってるかな」
結弦は独り言をこぼしながら、近道のために住宅街の細い路地裏へと足を踏み入れた。
街灯がまばらで、昼間でも薄暗いその場所は、深夜ともなれば静まり返っている。
早く帰ってシャワーを浴びたい。そんな一心で足を速めた時だった。
――パチッ。パチパチッ!
「えっ、何!? 静電気?」
突然、目の前の空間が波打つように歪んだ。
空気が焦げるような不思議な匂いが鼻を突き、青白い火花が散る。
結弦が驚いて足を止めた瞬間、眩い光が弾け、ドサリと重い何かが地面に落ちる音が響いた。
「うわっ!? な、何……?」
光が収まったあと、そこには一人の男が倒れていた。
ゴミ捨て場の横、アスファルトの上に無造作に転がっている。
結弦はおそるおそる近づいた。
「……あの、大丈夫ですか?」
返事はない。だが、その姿を見て結弦は絶句した。
男は驚くほど背が高く、そして見たこともないような豪華な、それでいてボロボロになった甲冑の一部を身に纏っていた。
腰には立派な剣を帯びており、黄金の髪が街灯の光を反射してキラキラと輝いている。
(コスプレイヤー? それとも撮影? いや、でもこんな時間に一人で……?)
男の顔を覗き込むと、彫刻のように整った美形だった。
しかし、その肌にはあちこちに煤汚れや擦り傷があり、ただ事ではない雰囲気を醸し出している。
放っておけない性格の結弦は、男の肩を揺らした。
「もしもし! 起きてください、こんなところで寝てたら風邪引きますよ!」
「……ん……。ここは……」
男がゆっくりと目を開けた。
吸い込まれるような澄んだ空色の瞳。それが結弦を捉えた瞬間、男の表情が劇的に変わった。
「……魔王の呪縛が……解けている? 体も、軽い。私は、生きているのか?」
男は自分の手を見つめ、信じられないといった様子で呟く。
そして、目の前にいる結弦に気づくと、勢いよく飛び起きた。
「あなたは……! あなたが私を救ってくれたのですか、聖者様!」
「せ、せいじゃ……? いや、僕はただの通りすがりの会社員ですけど」
「いいえ、分かります。この穢れなき魂の輝き……。あなたは私を召喚し、癒やしてくださった。私は光の勇者、アルヴィス。我が主よ、あなたの慈悲に心からの感謝を!」
アルヴィスと名乗った男は、スッと背筋を伸ばし、その場で片膝をついて深々と頭を下げた。
住宅街のど真ん中で、金髪のイケメン騎士が跪く光景。あまりのシュールさに、結弦は周囲をキョロキョロと見渡した。幸い、人通りはない。
「ちょ、ちょっと! 立ってください! そういうの、困りますから!」
「おっと、失礼しました。まだこの地の礼節に慣れておらず……。しかし、主よ。この場所はいったいどこなのですか? 魔力があまりにも薄く、見たこともない鉄の箱が並んでいますが」
アルヴィスは立ち上がると、近くに止まっている軽自動車を不思議そうに見つめた。
身長は190センチ近くあるだろうか。見上げるほどの巨躯(きょく)に、結弦は圧倒される。
しかも、よく見ればその格好は相当に危うい。甲冑の隙間から見える筋肉は逞しく、布面積が非常に少ないのだ。
「ここは日本……東京です。っていうか、あなた、本当に行き場がないんですか?」
「ニホン……トウキョウ……。聞いたこともない地名だ。私は魔王との決戦の際、時空の裂け目に飲み込まれたはず。どうやら異界へ飛ばされてしまったようですね」
アルヴィスは真面目な顔で、とんでもないことを言い出した。
普通なら「頭がおかしい人だ」と思って逃げ出すところだが、結弦には彼が嘘をついているようには見えなかった。
その瞳があまりにも純粋で、迷子になった大型犬のように潤んでいたからだ。
「……お腹、空いてます?」
結弦がつい尋ねると、アルヴィスの腹が「グゥ~」と盛大に鳴った。
男は顔を真っ赤にして、気まずそうに俯く。
「面目ない……。勇者失格です。主の前でこのような醜態を……」
「いいですよ、別に。……はぁ、もう。これも何かの縁なのかな」
結弦は、コンビニで買ったばかりの半額弁当を差し出した。
本来は自分の夕飯だったが、空腹の騎士を前に独り占めする勇気はなかった。
「これ、食べてください。とりあえず、立ち話もなんですし……。あの、僕の家、すぐそこなんですけど……一晩くらいなら、泊めてあげられなくもないです」
「本当ですか!? ああ、やはりあなたは慈愛に満ちた聖者様だ!」
アルヴィスはパッと表情を明るくし、しっぽがあれば振っていそうな勢いで結弦に詰め寄った。
その距離の近さに、結弦は思わず後ずさりする。
「主! 私は、あなたの忠実な騎士として、この地であなたをお守りすることを誓います! さあ、案内してください!」
「だから、主はやめてくださいって。……あと、その格好じゃ目立つから、僕の上着を貸します。いいですか、家に着くまで静かにしててくださいよ?」
「御意(ぎょい)!」
元気よく返事をした勇者は、貸し出された薄手のカーディガンをパツパツの体で羽織り、結弦の後ろを嬉しそうについてくる。
お人好しな新社会人と、異世界から来た世間知らずな勇者。
狭いワンルームでの、騒がしくも温かい(?)居候生活が、こうして幕を開けたのであった。
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