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18話
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「……ユヅル! 緊急事態です。今すぐ、あの『こうえん』という名の訓練場へ向かわねばなりません!」
風邪からようやく復帰したばかりの週末。
結弦がのんびりと録画したテレビ番組を観ていると、アルヴィスが窓の外を指差して、戦場に赴くような鋭い視線を向けた。
「え、どうしたの? また田中さんが大根でも配ってる?」
「いいえ。空に不自然な『ひずみ』を感じます。あの光、あれは間違いなく、私の故郷……異世界へと繋がる転送門(ゲート)が開こうとする予兆です!」
「えっ……!?」
結弦は跳ね起きた。アルヴィスの表情は真剣そのものだ。
もし本当に追手が来たのだとしたら、この平和なワンルームが戦場になってしまう。二人は急いで家を飛び出し、近所の広大な公園へと走った。
「あそこです!」
公園の奥、人気のない森の広場で、空間がバチバチと青白い火花を散らしていた。
それは、かつて結弦がアルヴィスを拾ったあの夜の光とよく似ていた。
「ユヅル、私の後ろへ! 何が来ても、私がこの『ぺありんぐ』の誓いにかけて守り抜きます!」
アルヴィスは右手の指輪を握りしめ、結弦を背中に隠した。
光は次第に大きくなり、轟音と共に爆発した。
……だが、そこから現れたのは、重武装の騎士団でも、恐ろしい魔王の軍勢でもなかった。
「……ヒヒィィーン!」
「……えっ、馬?」
そこには、白銀の毛並みを持つ一頭の美しい馬が立っていた。
しかし、そのサイズがおかしい。
本来なら180センチ以上あるはずの巨躯が、なぜかポニー、いや、大型犬くらいのサイズにまで縮小されていた。
「おお……! お前は、私の愛馬、スレイプニルではないか!」
「……え、知り合い? っていうか、その馬、小さくない?」
「スレイプニル! お前もあの時、私と共に次元の裂け目に飲み込まれたのだな。……むっ、なるほど。この地の希薄な魔力に適応するために、自らその身をこのサイズにまで凝縮したというのか。なんと賢い、そして健気な……!」
アルヴィスが駆け寄ると、ミニチュアサイズの白馬は嬉しそうに鼻を鳴らし、アルヴィスの顔をベロベロと舐め回した。
どうやら、主人の気配を察知して、時空を超えて追いかけてきたらしい。
「ユヅル! 紹介します、私の戦友です! さあ、挨拶を。彼は非常に誇り高い気質で……」
「……。……アルヴィス、言いにくいんだけどさ」
結弦は、周囲をキョロキョロと見渡した。
幸い、植え込みの影なので人目はないが、ここは現代日本の都立公園である。
「この馬、どうするの? うち、ペット禁止だよ? っていうか馬はそもそもペットの範疇に入らないと思うけど」
「何を仰るのです。戦友を見捨てるなど、騎士道に反します! それに見てください、この愛くるしい瞳。ユヅル、彼もまた、あなたという『せいなる……』失礼、優しい主に仕えたいと願っているのです!」
「いや、僕、飼い主じゃないから! っていうか馬をワンルームで飼うなんて物理的に無理だって!」
「ヒヒン!」
白馬は、まるで言葉が分かるかのように、結弦の裾を甘噛みして、くりくりの瞳で見上げてきた。
その仕草が、どこかアルヴィスに似ていて、お人好しの結弦の胸をチクリと突く。
「……分かった、分かったよ。でも、外では絶対に『馬』だってバレないようにして。……そうだ、ちょうどいい。アルヴィス、お隣の田中さんに、これは『非常に珍しい大型の、長顔種の新種犬』だって説明しよう」
「新種犬……。了解しました、その設定で行きましょう!」
結局、アルヴィスは愛馬を軽々と抱き上げ(馬は非常に満足げだった)、二人は秘密の家族を一人増やして家路についた。
その日の夜。
狭いワンルームには、ソファで眠るアルヴィスと、その足元で丸まって寝息を立てるミニ馬の姿があった。
結弦は、ますますカオスになっていく自分の生活に頭を抱えながらも、アルヴィスが本当に嬉しそうに馬のブラッシングをしているのを見て、ふっと笑ってしまった。
「……ま、いっか。賑やかなのは嫌いじゃないし」
「ユヅル、何か言いましたか?」
「何でもないよ。……明日、馬用の……じゃなくて、『大型犬用』のご飯、買いに行こうね」
「はい! 感謝します、主!」
「……だから、主はやめてってば」
異世界からのサプライズゲストを迎え、勇者の居候生活は、さらに騒がしく、そして温かな方向へと加速していくのだった。
風邪からようやく復帰したばかりの週末。
結弦がのんびりと録画したテレビ番組を観ていると、アルヴィスが窓の外を指差して、戦場に赴くような鋭い視線を向けた。
「え、どうしたの? また田中さんが大根でも配ってる?」
「いいえ。空に不自然な『ひずみ』を感じます。あの光、あれは間違いなく、私の故郷……異世界へと繋がる転送門(ゲート)が開こうとする予兆です!」
「えっ……!?」
結弦は跳ね起きた。アルヴィスの表情は真剣そのものだ。
もし本当に追手が来たのだとしたら、この平和なワンルームが戦場になってしまう。二人は急いで家を飛び出し、近所の広大な公園へと走った。
「あそこです!」
公園の奥、人気のない森の広場で、空間がバチバチと青白い火花を散らしていた。
それは、かつて結弦がアルヴィスを拾ったあの夜の光とよく似ていた。
「ユヅル、私の後ろへ! 何が来ても、私がこの『ぺありんぐ』の誓いにかけて守り抜きます!」
アルヴィスは右手の指輪を握りしめ、結弦を背中に隠した。
光は次第に大きくなり、轟音と共に爆発した。
……だが、そこから現れたのは、重武装の騎士団でも、恐ろしい魔王の軍勢でもなかった。
「……ヒヒィィーン!」
「……えっ、馬?」
そこには、白銀の毛並みを持つ一頭の美しい馬が立っていた。
しかし、そのサイズがおかしい。
本来なら180センチ以上あるはずの巨躯が、なぜかポニー、いや、大型犬くらいのサイズにまで縮小されていた。
「おお……! お前は、私の愛馬、スレイプニルではないか!」
「……え、知り合い? っていうか、その馬、小さくない?」
「スレイプニル! お前もあの時、私と共に次元の裂け目に飲み込まれたのだな。……むっ、なるほど。この地の希薄な魔力に適応するために、自らその身をこのサイズにまで凝縮したというのか。なんと賢い、そして健気な……!」
アルヴィスが駆け寄ると、ミニチュアサイズの白馬は嬉しそうに鼻を鳴らし、アルヴィスの顔をベロベロと舐め回した。
どうやら、主人の気配を察知して、時空を超えて追いかけてきたらしい。
「ユヅル! 紹介します、私の戦友です! さあ、挨拶を。彼は非常に誇り高い気質で……」
「……。……アルヴィス、言いにくいんだけどさ」
結弦は、周囲をキョロキョロと見渡した。
幸い、植え込みの影なので人目はないが、ここは現代日本の都立公園である。
「この馬、どうするの? うち、ペット禁止だよ? っていうか馬はそもそもペットの範疇に入らないと思うけど」
「何を仰るのです。戦友を見捨てるなど、騎士道に反します! それに見てください、この愛くるしい瞳。ユヅル、彼もまた、あなたという『せいなる……』失礼、優しい主に仕えたいと願っているのです!」
「いや、僕、飼い主じゃないから! っていうか馬をワンルームで飼うなんて物理的に無理だって!」
「ヒヒン!」
白馬は、まるで言葉が分かるかのように、結弦の裾を甘噛みして、くりくりの瞳で見上げてきた。
その仕草が、どこかアルヴィスに似ていて、お人好しの結弦の胸をチクリと突く。
「……分かった、分かったよ。でも、外では絶対に『馬』だってバレないようにして。……そうだ、ちょうどいい。アルヴィス、お隣の田中さんに、これは『非常に珍しい大型の、長顔種の新種犬』だって説明しよう」
「新種犬……。了解しました、その設定で行きましょう!」
結局、アルヴィスは愛馬を軽々と抱き上げ(馬は非常に満足げだった)、二人は秘密の家族を一人増やして家路についた。
その日の夜。
狭いワンルームには、ソファで眠るアルヴィスと、その足元で丸まって寝息を立てるミニ馬の姿があった。
結弦は、ますますカオスになっていく自分の生活に頭を抱えながらも、アルヴィスが本当に嬉しそうに馬のブラッシングをしているのを見て、ふっと笑ってしまった。
「……ま、いっか。賑やかなのは嫌いじゃないし」
「ユヅル、何か言いましたか?」
「何でもないよ。……明日、馬用の……じゃなくて、『大型犬用』のご飯、買いに行こうね」
「はい! 感謝します、主!」
「……だから、主はやめてってば」
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