25 / 29
25話
しおりを挟む
「……ユヅル。今日という日は、この地における『決戦の日』であると推測される。俺も同行しよう」
平日の夕暮れ時。結弦がスーパーのチラシを手に「今日は卵が安いんだ……」と独り言を漏らした瞬間、押し入れからエルリックがトレンチコートを翻して現れた。その眼光は、まるで敵軍の本陣を見据えるかのような鋭さを帯びている。
「えっ、エルリックさん? ただの買い物だよ? 別に一人でも大丈夫だけど……」
「甘い。チラシに踊る『限定五十パック』という文字……これは、選び抜かれた精鋭のみが手にできる栄誉だ。アルヴィスのような、顔の良さだけで世渡りしている男には務まらん任務だ」
「なっ……! 貴様、私を愚弄するか! ユヅル、私も行きます! 卵という名の滋養の結晶、私の神速の身のこなしがあれば一瞬です!」
結局、結弦は右に黄金の勇者、左に冷徹な四天王という、あまりにも場違いな護衛を引き連れて近所のスーパーへと向かうことになった。
店内に足を踏み入れた瞬間、エルリックは鼻を鳴らし、店内の「配置」を瞬時にスキャンした。
「……なるほど。入り口に特売の野菜を配置し、客の足を止めさせ、奥にある高単価の肉へと誘導する陣形か。ユヅル、惑わされるな。俺たちの目的は、中央広場に鎮座する『卵』のみだ」
「エルリック、貴様は戦術に凝りすぎです。ユヅル、見てください、あちらに新鮮な林檎が! 昨日のスレイプニルの働きへの褒美に……」
「アルヴィス、そっちは罠だ! 林檎に気を取られている間に、卵の防衛線(レジへの列)が突破されるぞ!」
二人が店内で火花を散らす中、結弦はカゴを抱えて必死に小声で制止した。
「静かにして! ほら、卵のコーナーはあっち。二人とも、走っちゃダメだよ」
卵コーナーに到着すると、そこには既に主婦層による「見えない結界」のような人だかりができていた。残りあと十パック。
「……む。あの集団……ただの民ではないな。一分の隙もない構えだ。アルヴィス、貴様の軟弱な身のこなしでは弾き飛ばされるぞ」
「ふん、私を誰だと思っているのです。……ユヅル、見ていてください。これが、伝説の……『勇者の間通し(間合い管理)』です!」
アルヴィスは、人混みのわずかな隙間を縫うように、まるで風のようにしなやかに、かつ誰にもぶつかることなく卵のパックへと手を伸ばした。その動きはあまりに美しく、周囲の主婦たちが思わず手を止めて見惚れるほどだった。
「確保しました! ユヅル、これが私たちの勝利の証です!」
アルヴィスが黄金の輝きを背負わんばかりの笑顔で卵を掲げた、その時だった。
「……詰めが甘いぞ、アルヴィス」
エルリックが冷たく言い放ち、カゴの中から「納豆」と「豆腐」のパックを取り出した。それらにはすべて、まばゆいばかりの『半額』シールが貼られている。
「何っ!? 貴様、いつの間に……!」
「貴様が卵に色目を使っている間に、俺は賞味期限という名の『時間制限』を見極め、値引きを執行する店員の背後を完璧に取った。……ユヅル、これが真の効率だ。このシール一つで、俺たちの食費は大幅に削減された」
「……。……。……二人とも、本当にすごいね」
結弦は、誇らしげな勇者と、ドヤ顔の四天王を交互に見て、もはや感心を通り越して呆れるしかなかった。
レジに向かう途中、エルリックはカゴの中の納豆の並びを綺麗に整え、アルヴィスは結弦の隣を騎士のように並歩する。
帰り道。夕焼けに染まる道を歩きながら、エルリックは不意に短く呟いた。
「……ユヅル。この『たいむせーる』という戦い……悪くない。限られた資源を奪い合い、勝利を掴む……。魔界の泥沼の戦争よりも、よほど健全な闘争だ」
「そうだね。平和な証拠だよ」
「……ふん。ならば、この平和を維持するためにも、俺がこの地の流通システムをさらに研究してやる。貴様は余計な心配をせず、明日の朝食にその卵を食せばいい」
「私が最高にふわふわな状態に調理してみせます!」
勇者と四天王。
かつての強敵たちが、今や「特売」という名の戦場で背中を預け合う。
結弦の冷蔵庫が豊かになるたびに、この奇妙な共同生活の絆もまた、少しずつ、けれど確実に強固なものへと変わっていくのだった。
平日の夕暮れ時。結弦がスーパーのチラシを手に「今日は卵が安いんだ……」と独り言を漏らした瞬間、押し入れからエルリックがトレンチコートを翻して現れた。その眼光は、まるで敵軍の本陣を見据えるかのような鋭さを帯びている。
「えっ、エルリックさん? ただの買い物だよ? 別に一人でも大丈夫だけど……」
「甘い。チラシに踊る『限定五十パック』という文字……これは、選び抜かれた精鋭のみが手にできる栄誉だ。アルヴィスのような、顔の良さだけで世渡りしている男には務まらん任務だ」
「なっ……! 貴様、私を愚弄するか! ユヅル、私も行きます! 卵という名の滋養の結晶、私の神速の身のこなしがあれば一瞬です!」
結局、結弦は右に黄金の勇者、左に冷徹な四天王という、あまりにも場違いな護衛を引き連れて近所のスーパーへと向かうことになった。
店内に足を踏み入れた瞬間、エルリックは鼻を鳴らし、店内の「配置」を瞬時にスキャンした。
「……なるほど。入り口に特売の野菜を配置し、客の足を止めさせ、奥にある高単価の肉へと誘導する陣形か。ユヅル、惑わされるな。俺たちの目的は、中央広場に鎮座する『卵』のみだ」
「エルリック、貴様は戦術に凝りすぎです。ユヅル、見てください、あちらに新鮮な林檎が! 昨日のスレイプニルの働きへの褒美に……」
「アルヴィス、そっちは罠だ! 林檎に気を取られている間に、卵の防衛線(レジへの列)が突破されるぞ!」
二人が店内で火花を散らす中、結弦はカゴを抱えて必死に小声で制止した。
「静かにして! ほら、卵のコーナーはあっち。二人とも、走っちゃダメだよ」
卵コーナーに到着すると、そこには既に主婦層による「見えない結界」のような人だかりができていた。残りあと十パック。
「……む。あの集団……ただの民ではないな。一分の隙もない構えだ。アルヴィス、貴様の軟弱な身のこなしでは弾き飛ばされるぞ」
「ふん、私を誰だと思っているのです。……ユヅル、見ていてください。これが、伝説の……『勇者の間通し(間合い管理)』です!」
アルヴィスは、人混みのわずかな隙間を縫うように、まるで風のようにしなやかに、かつ誰にもぶつかることなく卵のパックへと手を伸ばした。その動きはあまりに美しく、周囲の主婦たちが思わず手を止めて見惚れるほどだった。
「確保しました! ユヅル、これが私たちの勝利の証です!」
アルヴィスが黄金の輝きを背負わんばかりの笑顔で卵を掲げた、その時だった。
「……詰めが甘いぞ、アルヴィス」
エルリックが冷たく言い放ち、カゴの中から「納豆」と「豆腐」のパックを取り出した。それらにはすべて、まばゆいばかりの『半額』シールが貼られている。
「何っ!? 貴様、いつの間に……!」
「貴様が卵に色目を使っている間に、俺は賞味期限という名の『時間制限』を見極め、値引きを執行する店員の背後を完璧に取った。……ユヅル、これが真の効率だ。このシール一つで、俺たちの食費は大幅に削減された」
「……。……。……二人とも、本当にすごいね」
結弦は、誇らしげな勇者と、ドヤ顔の四天王を交互に見て、もはや感心を通り越して呆れるしかなかった。
レジに向かう途中、エルリックはカゴの中の納豆の並びを綺麗に整え、アルヴィスは結弦の隣を騎士のように並歩する。
帰り道。夕焼けに染まる道を歩きながら、エルリックは不意に短く呟いた。
「……ユヅル。この『たいむせーる』という戦い……悪くない。限られた資源を奪い合い、勝利を掴む……。魔界の泥沼の戦争よりも、よほど健全な闘争だ」
「そうだね。平和な証拠だよ」
「……ふん。ならば、この平和を維持するためにも、俺がこの地の流通システムをさらに研究してやる。貴様は余計な心配をせず、明日の朝食にその卵を食せばいい」
「私が最高にふわふわな状態に調理してみせます!」
勇者と四天王。
かつての強敵たちが、今や「特売」という名の戦場で背中を預け合う。
結弦の冷蔵庫が豊かになるたびに、この奇妙な共同生活の絆もまた、少しずつ、けれど確実に強固なものへと変わっていくのだった。
0
あなたにおすすめの小説
路地裏の王子様と秘密のカフェ ―10年ぶりに再会した親友はトップアイドルでした―
たら昆布
BL
大学生の千秋がバイト帰りの路地裏で助けたのは、今をときめくアイドル『GALAXY』のセンター、レオだった。
以来、レオは変装して千秋の働くカフェへ毎日通い詰めるようになる。
「千秋に会うと疲れなんて全部消えちゃうんだ」
トップアイドルとは思えないほど素直に懐いてくるレオに、千秋は戸惑いながらも多忙な彼を支えたいと願うようになる。
しかし、千秋はまだ知らない。
レオが10年前に「また絶対会おう」と約束して別れた泣き虫な親友の玲央本人だということに。
お兄ちゃんができた!!
くものらくえん
BL
ある日お兄ちゃんができた悠は、そのかっこよさに胸を撃ち抜かれた。
お兄ちゃんは律といい、悠を過剰にかわいがる。
「悠くんはえらい子だね。」
「よしよ〜し。悠くん、いい子いい子♡」
「ふふ、かわいいね。」
律のお兄ちゃんな甘さに逃げたり、逃げられなかったりするあまあま義兄弟ラブコメ♡
「お兄ちゃん以外、見ないでね…♡」
ヤンデレ一途兄 律×人見知り純粋弟 悠の純愛ヤンデレラブ。
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
クラスのボッチくんな僕が風邪をひいたら急激なモテ期が到来した件について。
とうふ
BL
題名そのままです。
クラスでボッチ陰キャな僕が風邪をひいた。友達もいないから、誰も心配してくれない。静かな部屋で落ち込んでいたが...モテ期の到来!?いつも無視してたクラスの人が、先生が、先輩が、部屋に押しかけてきた!あの、僕風邪なんですけど。
転生したが壁になりたい。
むいあ
BL
俺、神崎瑠衣はごく普通の社会人だ。
ただ一つ違うことがあるとすれば、腐男子だということだ。
しかし、周りに腐男子と言うことがバレないように日々隠しながら暮らしている。
今日も一日会社に行こうとした時に横からきたトラックにはねられてしまった!
目が覚めるとそこは俺が好きなゲームの中で!?
俺は推し同士の絡みを眺めていたいのに、なぜか美形に迫られていて!?
「俺は壁になりたいのにーーーー!!!!」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる