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7話
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あの日、レオの部屋で雨宿りをしてから、僕たちの距離はそれまで以上に縮まった気がしていた。
レオは相変わらず、多忙な合間を縫って変装し、僕のバイト先に顔を出してくれる。
けれど、時折見せるその瞳には、単なる「友人」に対するもの以上の、熱い何かが宿っているように見えて、僕はそのたびにどう振る舞えばいいのか分からず、ただコーヒーを淹れる手に力を込めることしかできなかった。
「千秋、これ。……来週末、もし空いてたら来てほしいんだ」
レオがカウンター越しに差し出してきたのは、光沢のある厚紙で作られた特別な封筒だった。
中を確認すると、そこには『GALAXY 1st Dome Tour -OVER THE MOON-』と記された、関係者用の招待チケットが入っていた。
「ドームツアー……。これ、すごく大きなライブだよね? ニュースで見たよ、チケットは即完売だったって」
「うん。僕たちがずっと目標にしてきたステージなんだ。……だから、一番大切な千秋に、僕が一番輝いているところを見てほしい」
レオは真剣な眼差しで僕を見つめた。
「一番大切な」という言葉が、すとんと胸の奥に落ちてくる。
彼はいつだってストレートだ。アイドルという、嘘や虚像が混じる世界に身を置いているはずなのに、僕の前にいるレオは、いつだって驚くほど剥き出しの心でぶつかってくる。
「……分かった。絶対に行くよ。レオの晴れ舞台だもんね」
「本当!? 嬉しいな。……千秋が客席にいるって思うだけで、僕、今までで最高のパフォーマンスができる気がする」
レオは子供のように破顔して、嬉しそうに何度も頷いた。
そして迎えた、ライブ当日。
ドーム会場の周辺は、色とりどりのペンライトやグッズを身につけたファンで埋め尽くされていた。
熱狂的な熱気が渦巻く中、僕は関係者受付を通り、スタンドの前方にある特別な席へと案内された。
会場が暗転した瞬間、地鳴りのような歓声がドームを揺らした。
ステージ中央から、光の粒子を浴びて現れたのは、五人の王子様。
その中心に立つレオは、僕がカフェで見てきた「少し危なっかしくて素直な彼」とは、完全に別人だった。
一糸乱れぬダンス。
空を突き抜けるような、力強くも繊細な歌声。
何万人もの視線を一身に集め、そのすべてを虜にする圧倒的なカリスマ。
スポットライトを浴びて踊る彼は、触れれば指先が焼けてしまいそうなほど、眩しく、美しかった。
(ああ……、やっぱりレオは、遠い世界の人なんだな)
誇らしい気持ちと同時に、胸の奥をチリリと焼くような寂しさが込み上げてくる。
僕が普段接しているのは、彼のほんの一部でしかない。
彼はこの熱狂の渦の中心で生きるべき人で、僕のような普通の大学生とは、住む世界が違う。
そんなことを考えていた、その時だった。
激しいダンスナンバーの合間、レオがふっと、僕の座っている関係者席の方へと視線を向けた。
数万人もの人間がいる中で、そんなことあるはずがない。
分かってはいても、目が合った、と錯覚してしまった。
レオは歌いながら、一瞬だけ、誰にも気づかれないような速さで、左手で自分の胸元をトントンと叩いた。
それは、以前僕が渡した手作り弁当を、彼が「心がいっぱいになった」と言って喜んでくれた時に見せた、あのジェスチャーと同じだった。
ドクン、と心臓が跳ねる。
レオは笑っていた。
何万人ものファンに向けて見せるアイドルの笑みではなく、僕にだけ見せる、あの幼くて純粋な、親友としての面影を残した笑顔で。
歌声が、言葉になって脳内に直接届くような感覚に陥る。
『僕はここにいるよ』
『ずっと君を探していたんだ』
『今度は僕が、君を照らす番だから』
ライブが終わり、会場が明るくなっても、僕はしばらく席から立ち上がることができなかった。
耳の奥にはまだ彼の歌声が残っていて、視界には光り輝く彼の残像が焼き付いている。
通路を歩きながら、周囲のファンが「今日のレオ様、いつも以上に気合入ってたね!」「誰かにアピールしてるみたいだった!」と興奮気味に話しているのが聞こえてきた。
スマホを取り出すと、レオから短いメッセージが届いていた。
『千秋、見つけてくれた? 僕、君だけを見て歌ったよ。……今から楽屋に来れるかな? どうしても、今すぐ千秋の顔が見たいんだ』
僕は震える指先で「今行くよ」と返信した。
アイドルとしての彼に圧倒され、遠い存在だと思い知らされた直後に、こんな風に甘えるような言葉を向けられる。
レオがトップアイドルであっても。
どれだけ多くの人に愛される存在であっても。
彼が今、一番求めているのは、僕なんだ。
その事実が、僕の心を甘く、そして激しく揺さぶる。
僕はスタッフに案内されるまま、迷路のようなドームの裏側、レオの待つ場所へと走り出した。
今の僕には、彼が10年前のあの泣き虫な親友なのかどうか、確信を持って答えることはできない。
けれど、扉の向こうで僕を待っているレオに、早く「最高に格好良かったよ」と伝えたい。
その一心で、僕は重い扉を力いっぱい押し開けた。
レオは相変わらず、多忙な合間を縫って変装し、僕のバイト先に顔を出してくれる。
けれど、時折見せるその瞳には、単なる「友人」に対するもの以上の、熱い何かが宿っているように見えて、僕はそのたびにどう振る舞えばいいのか分からず、ただコーヒーを淹れる手に力を込めることしかできなかった。
「千秋、これ。……来週末、もし空いてたら来てほしいんだ」
レオがカウンター越しに差し出してきたのは、光沢のある厚紙で作られた特別な封筒だった。
中を確認すると、そこには『GALAXY 1st Dome Tour -OVER THE MOON-』と記された、関係者用の招待チケットが入っていた。
「ドームツアー……。これ、すごく大きなライブだよね? ニュースで見たよ、チケットは即完売だったって」
「うん。僕たちがずっと目標にしてきたステージなんだ。……だから、一番大切な千秋に、僕が一番輝いているところを見てほしい」
レオは真剣な眼差しで僕を見つめた。
「一番大切な」という言葉が、すとんと胸の奥に落ちてくる。
彼はいつだってストレートだ。アイドルという、嘘や虚像が混じる世界に身を置いているはずなのに、僕の前にいるレオは、いつだって驚くほど剥き出しの心でぶつかってくる。
「……分かった。絶対に行くよ。レオの晴れ舞台だもんね」
「本当!? 嬉しいな。……千秋が客席にいるって思うだけで、僕、今までで最高のパフォーマンスができる気がする」
レオは子供のように破顔して、嬉しそうに何度も頷いた。
そして迎えた、ライブ当日。
ドーム会場の周辺は、色とりどりのペンライトやグッズを身につけたファンで埋め尽くされていた。
熱狂的な熱気が渦巻く中、僕は関係者受付を通り、スタンドの前方にある特別な席へと案内された。
会場が暗転した瞬間、地鳴りのような歓声がドームを揺らした。
ステージ中央から、光の粒子を浴びて現れたのは、五人の王子様。
その中心に立つレオは、僕がカフェで見てきた「少し危なっかしくて素直な彼」とは、完全に別人だった。
一糸乱れぬダンス。
空を突き抜けるような、力強くも繊細な歌声。
何万人もの視線を一身に集め、そのすべてを虜にする圧倒的なカリスマ。
スポットライトを浴びて踊る彼は、触れれば指先が焼けてしまいそうなほど、眩しく、美しかった。
(ああ……、やっぱりレオは、遠い世界の人なんだな)
誇らしい気持ちと同時に、胸の奥をチリリと焼くような寂しさが込み上げてくる。
僕が普段接しているのは、彼のほんの一部でしかない。
彼はこの熱狂の渦の中心で生きるべき人で、僕のような普通の大学生とは、住む世界が違う。
そんなことを考えていた、その時だった。
激しいダンスナンバーの合間、レオがふっと、僕の座っている関係者席の方へと視線を向けた。
数万人もの人間がいる中で、そんなことあるはずがない。
分かってはいても、目が合った、と錯覚してしまった。
レオは歌いながら、一瞬だけ、誰にも気づかれないような速さで、左手で自分の胸元をトントンと叩いた。
それは、以前僕が渡した手作り弁当を、彼が「心がいっぱいになった」と言って喜んでくれた時に見せた、あのジェスチャーと同じだった。
ドクン、と心臓が跳ねる。
レオは笑っていた。
何万人ものファンに向けて見せるアイドルの笑みではなく、僕にだけ見せる、あの幼くて純粋な、親友としての面影を残した笑顔で。
歌声が、言葉になって脳内に直接届くような感覚に陥る。
『僕はここにいるよ』
『ずっと君を探していたんだ』
『今度は僕が、君を照らす番だから』
ライブが終わり、会場が明るくなっても、僕はしばらく席から立ち上がることができなかった。
耳の奥にはまだ彼の歌声が残っていて、視界には光り輝く彼の残像が焼き付いている。
通路を歩きながら、周囲のファンが「今日のレオ様、いつも以上に気合入ってたね!」「誰かにアピールしてるみたいだった!」と興奮気味に話しているのが聞こえてきた。
スマホを取り出すと、レオから短いメッセージが届いていた。
『千秋、見つけてくれた? 僕、君だけを見て歌ったよ。……今から楽屋に来れるかな? どうしても、今すぐ千秋の顔が見たいんだ』
僕は震える指先で「今行くよ」と返信した。
アイドルとしての彼に圧倒され、遠い存在だと思い知らされた直後に、こんな風に甘えるような言葉を向けられる。
レオがトップアイドルであっても。
どれだけ多くの人に愛される存在であっても。
彼が今、一番求めているのは、僕なんだ。
その事実が、僕の心を甘く、そして激しく揺さぶる。
僕はスタッフに案内されるまま、迷路のようなドームの裏側、レオの待つ場所へと走り出した。
今の僕には、彼が10年前のあの泣き虫な親友なのかどうか、確信を持って答えることはできない。
けれど、扉の向こうで僕を待っているレオに、早く「最高に格好良かったよ」と伝えたい。
その一心で、僕は重い扉を力いっぱい押し開けた。
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