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13話
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海辺で正体を明かしてから、僕たちの間には、言葉にしなくても伝わる心地よい空気が流れるようになっていた。
彼は相変わらず超多忙なトップアイドルで、僕はどこにでもいる平凡な大学生。その立場は変わらないけれど、二人でいる時間の密度は、あの日を境に劇的に濃くなった気がする。
ある日の夕暮れ。講義を終えた僕が大学の正門を出ようとすると、一台の見覚えのある黒いワンボックスカーが、不自然なほど静かに路肩に止まっていた。
後部座席の窓がわずかに開き、見覚えのある細い指が「おいでおいで」と僕を招いている。
「……レオ? どうしてここに。まだ仕事中なんじゃないの?」
周囲の視線を気にしながら車内に滑り込むと、そこには少し得意げな顔をしたレオが座っていた。運転席には、レオをいつも見守っている所属事務所のマネージャーさんが控え、助手席には『GALAXY』のリーダーであるシオンが、呆れたような、けれどどこか楽しげな表情でこちらを振り返っていた。
「やあ、千秋くん。レオがどうしても、次の現場に行く前に君の顔を見たいってうるさくてね。……少しだけ、無理を通させてもらったよ」
シオンはそう言って、僕に穏やかな微笑みを向けた。
リーダーとしてグループをまとめ、レオの危うい行動をいつもフォローしてくれている彼には、感謝の言葉もなかった。
「シオンさん、すみません……。僕のために、時間を割かせてしまって」
「いいんだよ。レオの機嫌が良くなるのが、グループにとって一番の効率化だからね。……レオ、時間はあと十五分だ。それ以上は、いくら僕でもスタッフに言い訳できないからな」
シオンは時計を確認しながらそう告げると、レオと僕が話しやすいように、さりげなく前を向いてくれた。
「シオン、ありがとう! ……ねえ、千秋。千秋の大学、一度見てみたかったんだ。普通の大学生って、どんなところで勉強してるのかなって」
レオは窓越しに、学生たちが行き交うキャンパスを羨ましそうに見つめた。
10代のほとんどを芸能界という特殊な世界で過ごしてきた彼にとって、僕たちが当たり前だと思っている「キャンパスライフ」は、どんなに望んでも手に入らない、宝石のように眩しいものなのだろう。
「……大したところじゃないよ。学食のご飯はそこそこ美味しいけど、講義は眠くなるし、図書館は冬になると冷えるし」
「それでもいいな。……千秋と一緒に、ノートを貸し合ったり、サークル勧誘を断ったりしてみたかったよ。……ねえ、千秋。10年前、僕が引っ越す直前に、二人でタイムカプセルを埋めたの、覚えてる?」
その言葉に、僕はハッとした。
そうだ。小学校の裏山にある、大きなクヌギの木の下。
二人で空き缶の中に、当時の宝物を詰め込んで、泥だらけになりながら埋めた記憶がある。
「覚えてるよ。……中身は何だったかな。確か、僕が大好きな漫画のカードを入れたような……」
「僕は、初めて千秋にもらった、手作りのミサンガを入れたんだ。……もうボロボロになってたけど、どうしても捨てられなくて」
レオは目を細めて、遠い昔を懐かしむように語り始めた。
「あの時、『10年後にまたここで会おうね』って約束したでしょ。……結局、僕はあの日から一度もそこに行けなかった。……怖かったんだ。もしそこに行っても、千秋がいなかったら、僕たちの絆が本当に消えちゃったような気がして」
トップアイドルとして、常に自信に満ち溢れたパフォーマンスを見せる彼が、そんな臆病な想いを抱えていたなんて。
僕は、彼の少し冷たい手を、そっと握りしめた。
「……僕も、一人で行くのは勇気がなくて、ずっと行けずじまいだった。……ねえ、レオ。次のオフの日、今度は二人で掘り起こしに行こうよ。……もう、10年は過ぎちゃったけど」
「……うん。絶対だよ。……約束だ」
レオは僕の手を握り返し、子供のような純粋な笑顔を見せた。
助手席のシオンが、バックミラー越しに僕たちを見て、ふっと優しく目を細めるのが見えた。
「……よし、レオ、時間だ。千秋くん、急な訪問で驚かせてすまなかったね。……レオを、これからもよろしく頼むよ」
シオンの合図で、車が静かに動き出した。
「千秋! 来週の歌番組、絶対見てね! 僕にしかできない『合図』を送るから、見逃しちゃダメだよ!」
レオは窓を少しだけ開け、見えなくなるまで僕に手を振っていた。
一人残された歩道で、僕は自分の指先に残る彼の体温を感じていた。
10年前、泥だらけの手で指切りをしたあの日。
そして今、少し大人になった手で再び繋いだ約束。
僕たちの物語は、過去を懐かしむだけのものではない。
これから先の未来を、一緒に歩んでいくための「今」なんだ。
窓の外では、秋の夕日が街を赤く染めていた。
レオが明日も、その次の日も、眩しい光の中で輝き続けられるように。
僕は、彼の帰ってくる場所として、この温かな時間を守り続けようと、心に誓ったのだった。
彼は相変わらず超多忙なトップアイドルで、僕はどこにでもいる平凡な大学生。その立場は変わらないけれど、二人でいる時間の密度は、あの日を境に劇的に濃くなった気がする。
ある日の夕暮れ。講義を終えた僕が大学の正門を出ようとすると、一台の見覚えのある黒いワンボックスカーが、不自然なほど静かに路肩に止まっていた。
後部座席の窓がわずかに開き、見覚えのある細い指が「おいでおいで」と僕を招いている。
「……レオ? どうしてここに。まだ仕事中なんじゃないの?」
周囲の視線を気にしながら車内に滑り込むと、そこには少し得意げな顔をしたレオが座っていた。運転席には、レオをいつも見守っている所属事務所のマネージャーさんが控え、助手席には『GALAXY』のリーダーであるシオンが、呆れたような、けれどどこか楽しげな表情でこちらを振り返っていた。
「やあ、千秋くん。レオがどうしても、次の現場に行く前に君の顔を見たいってうるさくてね。……少しだけ、無理を通させてもらったよ」
シオンはそう言って、僕に穏やかな微笑みを向けた。
リーダーとしてグループをまとめ、レオの危うい行動をいつもフォローしてくれている彼には、感謝の言葉もなかった。
「シオンさん、すみません……。僕のために、時間を割かせてしまって」
「いいんだよ。レオの機嫌が良くなるのが、グループにとって一番の効率化だからね。……レオ、時間はあと十五分だ。それ以上は、いくら僕でもスタッフに言い訳できないからな」
シオンは時計を確認しながらそう告げると、レオと僕が話しやすいように、さりげなく前を向いてくれた。
「シオン、ありがとう! ……ねえ、千秋。千秋の大学、一度見てみたかったんだ。普通の大学生って、どんなところで勉強してるのかなって」
レオは窓越しに、学生たちが行き交うキャンパスを羨ましそうに見つめた。
10代のほとんどを芸能界という特殊な世界で過ごしてきた彼にとって、僕たちが当たり前だと思っている「キャンパスライフ」は、どんなに望んでも手に入らない、宝石のように眩しいものなのだろう。
「……大したところじゃないよ。学食のご飯はそこそこ美味しいけど、講義は眠くなるし、図書館は冬になると冷えるし」
「それでもいいな。……千秋と一緒に、ノートを貸し合ったり、サークル勧誘を断ったりしてみたかったよ。……ねえ、千秋。10年前、僕が引っ越す直前に、二人でタイムカプセルを埋めたの、覚えてる?」
その言葉に、僕はハッとした。
そうだ。小学校の裏山にある、大きなクヌギの木の下。
二人で空き缶の中に、当時の宝物を詰め込んで、泥だらけになりながら埋めた記憶がある。
「覚えてるよ。……中身は何だったかな。確か、僕が大好きな漫画のカードを入れたような……」
「僕は、初めて千秋にもらった、手作りのミサンガを入れたんだ。……もうボロボロになってたけど、どうしても捨てられなくて」
レオは目を細めて、遠い昔を懐かしむように語り始めた。
「あの時、『10年後にまたここで会おうね』って約束したでしょ。……結局、僕はあの日から一度もそこに行けなかった。……怖かったんだ。もしそこに行っても、千秋がいなかったら、僕たちの絆が本当に消えちゃったような気がして」
トップアイドルとして、常に自信に満ち溢れたパフォーマンスを見せる彼が、そんな臆病な想いを抱えていたなんて。
僕は、彼の少し冷たい手を、そっと握りしめた。
「……僕も、一人で行くのは勇気がなくて、ずっと行けずじまいだった。……ねえ、レオ。次のオフの日、今度は二人で掘り起こしに行こうよ。……もう、10年は過ぎちゃったけど」
「……うん。絶対だよ。……約束だ」
レオは僕の手を握り返し、子供のような純粋な笑顔を見せた。
助手席のシオンが、バックミラー越しに僕たちを見て、ふっと優しく目を細めるのが見えた。
「……よし、レオ、時間だ。千秋くん、急な訪問で驚かせてすまなかったね。……レオを、これからもよろしく頼むよ」
シオンの合図で、車が静かに動き出した。
「千秋! 来週の歌番組、絶対見てね! 僕にしかできない『合図』を送るから、見逃しちゃダメだよ!」
レオは窓を少しだけ開け、見えなくなるまで僕に手を振っていた。
一人残された歩道で、僕は自分の指先に残る彼の体温を感じていた。
10年前、泥だらけの手で指切りをしたあの日。
そして今、少し大人になった手で再び繋いだ約束。
僕たちの物語は、過去を懐かしむだけのものではない。
これから先の未来を、一緒に歩んでいくための「今」なんだ。
窓の外では、秋の夕日が街を赤く染めていた。
レオが明日も、その次の日も、眩しい光の中で輝き続けられるように。
僕は、彼の帰ってくる場所として、この温かな時間を守り続けようと、心に誓ったのだった。
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