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15話
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約束のオフの日、空はどこまでも高く、澄み渡っていた。
僕たちは、レオが手配したレンタカーで、かつて僕たちが幼少期を過ごしたあの田舎町へと向かっていた。都会の喧騒を離れ、窓の外がビル群から黄金色の田園風景へと変わるにつれ、レオの横顔からは「トップアイドル」としての鋭さが消え、代わりに懐かしさに目を細める一人の少年の面影が戻っていく。
「……変わらないね、この空気。なんだか、10年なんて本当は経ってないんじゃないかって思えてくるよ」
レオは運転しながら、ふっと優しく微笑んだ。
今日は、あのテレビで見せた派手なパフォーマンスとは無縁の、落ち着いたベージュのコートに黒のタートルネックという装いだ。変装の眼鏡も、今日はどこか知的で穏やかな印象を彼に与えている。
「そうだね。……でも、町並みは少しだけ変わったよ。駅前にあった古い駄菓子屋さんはもうないし、僕たちがよく遊んだ空き地には新しい家が建ってる」
「……そうか。形あるものは変わっちゃうんだね。……でも、あのクヌギの木だけは、残っていてほしいな」
レオの声には、祈るような響きが混じっていた。
車を停め、そこからは徒歩で裏山へと続く細い道を進む。足元で乾いた落ち葉がカサカサと鳴る音さえも、僕たちの記憶の扉を叩く合図のように聞こえた。
山道を登ること十分。視界が開けた先に、僕たちの目的であるあの巨木は、10年前と変わらぬ威風堂々とした姿で立っていた。
「……あった。……生きてたんだ、あの日と同じように」
レオは吸い寄せられるように木に駆け寄り、そのゴツゴツとした幹にそっと手を触れた。
「さあ、掘ろう。レオ、場所は覚えてる?」
「もちろん。木の根元の、ちょうどこの……東側に張り出した大きな根っこ。この間にある、少し窪んだ場所だよ。……僕、あの日のこと、一晩たりとも忘れたことはないから」
僕たちは持ってきた小さなシャベルを手に、慎重に土を掘り始めた。
ひんやりとした土の感触。土の匂い。
掘り進めるうちに、カチッ、という硬い感触が手に伝わってきた。
「……あった!」
泥だらけになりながら取り出したのは、錆びついて表面が茶色くなったクッキーの空き缶だった。レオの手が、微かに震えている。
「開けるよ……?」
レオがゆっくりと蓋を持ち上げると、そこには10年分の時間が真空パックされたような、僕たちの「宝物」が詰まっていた。
僕が入れたレアな漫画のカード。ボロボロになったスーパーボール。
そして、レオが言っていた、僕が彼に贈った手作りのミサンガ。
「……これだ。僕が一番、入れたくなかったけど、入れなきゃいけないって思ったもの」
レオが震える手で取り出したのは、一枚の古びた便箋だった。
「……これ、レオが書いた手紙?」
「うん。……引っ越しの前夜、泣きながら書いたんだ。千秋に直接言えなかったことを、全部ここに閉じ込めておこうって。……読んで、いいかな」
レオは、かつての泣き虫だった少年の自分と対話するように、一文字一文字を確かめるように音読し始めた。
『ちあきくんへ。
あした、ぼくはとおくのまちへいきます。すごく、すごくさみしいです。
ちあきくんはいつも強くて、泣き虫なぼくを助けてくれました。
ぼくは、ちあきくんみたいなかっこいい男の子になりたいです。
次に会うときは、ぼくがちあきくんを守れるくらい、強くなっています。
だから、ぼくのことを忘れないでください。
大好きだよ。 玲央より』
幼い、たどたどしい文字。
読み終えたレオの瞳には、大粒の涙が溜まっていた。
「……ちっとも、変わってないね、僕。……10年経って、何万人もの前で歌えるようになっても、千秋の前では、僕はやっぱりあの頃の、弱くて泣き虫な玲央のままだ」
レオは顔を覆って、子供のように泣きじゃくった。
けれど、その涙は10年前の「悲しい涙」ではない。約束を果たし、僕の元に戻ってこられたことへの、魂の叫びのような「喜びの涙」だった。
僕はレオの肩を引き寄せ、その背中を優しく叩いた。
「……レオ。君はもう、十分すぎるくらい強くなったよ。……あんなに大きなステージで、僕にだけ分かる合図を送ってくれるくらい。……僕を、こんなに幸せな気持ちにさせてくれるくらい」
「……千秋……」
「手紙の返事、今言うね。……僕も、君のことが大好きだよ。忘れたことなんて、一度もなかった」
レオは僕の胸に顔を埋め、しばらくの間、声を殺して泣き続けた。
クヌギの木が、僕たちを包み込むように影を落としている。
掘り起こされたのは、ただの古い缶ではない。
僕たちがずっと心の奥底に大切にしまっていた、嘘偽りのない「愛」の形だった。
レオが顔を上げると、その瞳は涙で洗われたように澄み渡り、そこにはもう、迷いなど微塵もなかった。
「……よし。……もう、大丈夫。千秋、僕ね、決めたんだ」
「何を?」
「……この缶の中に、今の僕たちの宝物を入れて、もう一度埋めるんだ。……今度は、10年後じゃなくて、もっと先の未来のために」
レオはそう言って、自分が身につけていた『GALAXY』のファンクラブ限定のピンバッジと、僕が今日持ってきたキーホルダーを缶の中に納めた。
「……今度は、泣き虫なレオじゃなくて、君を一生守り抜くレオとして、約束するよ」
僕たちは再び土を被せ、木の根元を元の姿に戻した。
帰り道。レオの手は、僕の手をしっかりと、力強く握りしめていた。
その熱さは、もう二度と離さないという、静かな、けれど揺るぎない決意に満ちていた。
都会へ戻る車の中で、レオはラジオから流れる自分の曲を、鼻歌で歌い始めた。
アイドルと幼馴染。
その境界線は、もうどこにも存在しない。
僕の前で笑う彼は、世界で一番かっこよくて、そして世界で一番愛おしい、僕だけの「玲央」だった。
僕たちは、レオが手配したレンタカーで、かつて僕たちが幼少期を過ごしたあの田舎町へと向かっていた。都会の喧騒を離れ、窓の外がビル群から黄金色の田園風景へと変わるにつれ、レオの横顔からは「トップアイドル」としての鋭さが消え、代わりに懐かしさに目を細める一人の少年の面影が戻っていく。
「……変わらないね、この空気。なんだか、10年なんて本当は経ってないんじゃないかって思えてくるよ」
レオは運転しながら、ふっと優しく微笑んだ。
今日は、あのテレビで見せた派手なパフォーマンスとは無縁の、落ち着いたベージュのコートに黒のタートルネックという装いだ。変装の眼鏡も、今日はどこか知的で穏やかな印象を彼に与えている。
「そうだね。……でも、町並みは少しだけ変わったよ。駅前にあった古い駄菓子屋さんはもうないし、僕たちがよく遊んだ空き地には新しい家が建ってる」
「……そうか。形あるものは変わっちゃうんだね。……でも、あのクヌギの木だけは、残っていてほしいな」
レオの声には、祈るような響きが混じっていた。
車を停め、そこからは徒歩で裏山へと続く細い道を進む。足元で乾いた落ち葉がカサカサと鳴る音さえも、僕たちの記憶の扉を叩く合図のように聞こえた。
山道を登ること十分。視界が開けた先に、僕たちの目的であるあの巨木は、10年前と変わらぬ威風堂々とした姿で立っていた。
「……あった。……生きてたんだ、あの日と同じように」
レオは吸い寄せられるように木に駆け寄り、そのゴツゴツとした幹にそっと手を触れた。
「さあ、掘ろう。レオ、場所は覚えてる?」
「もちろん。木の根元の、ちょうどこの……東側に張り出した大きな根っこ。この間にある、少し窪んだ場所だよ。……僕、あの日のこと、一晩たりとも忘れたことはないから」
僕たちは持ってきた小さなシャベルを手に、慎重に土を掘り始めた。
ひんやりとした土の感触。土の匂い。
掘り進めるうちに、カチッ、という硬い感触が手に伝わってきた。
「……あった!」
泥だらけになりながら取り出したのは、錆びついて表面が茶色くなったクッキーの空き缶だった。レオの手が、微かに震えている。
「開けるよ……?」
レオがゆっくりと蓋を持ち上げると、そこには10年分の時間が真空パックされたような、僕たちの「宝物」が詰まっていた。
僕が入れたレアな漫画のカード。ボロボロになったスーパーボール。
そして、レオが言っていた、僕が彼に贈った手作りのミサンガ。
「……これだ。僕が一番、入れたくなかったけど、入れなきゃいけないって思ったもの」
レオが震える手で取り出したのは、一枚の古びた便箋だった。
「……これ、レオが書いた手紙?」
「うん。……引っ越しの前夜、泣きながら書いたんだ。千秋に直接言えなかったことを、全部ここに閉じ込めておこうって。……読んで、いいかな」
レオは、かつての泣き虫だった少年の自分と対話するように、一文字一文字を確かめるように音読し始めた。
『ちあきくんへ。
あした、ぼくはとおくのまちへいきます。すごく、すごくさみしいです。
ちあきくんはいつも強くて、泣き虫なぼくを助けてくれました。
ぼくは、ちあきくんみたいなかっこいい男の子になりたいです。
次に会うときは、ぼくがちあきくんを守れるくらい、強くなっています。
だから、ぼくのことを忘れないでください。
大好きだよ。 玲央より』
幼い、たどたどしい文字。
読み終えたレオの瞳には、大粒の涙が溜まっていた。
「……ちっとも、変わってないね、僕。……10年経って、何万人もの前で歌えるようになっても、千秋の前では、僕はやっぱりあの頃の、弱くて泣き虫な玲央のままだ」
レオは顔を覆って、子供のように泣きじゃくった。
けれど、その涙は10年前の「悲しい涙」ではない。約束を果たし、僕の元に戻ってこられたことへの、魂の叫びのような「喜びの涙」だった。
僕はレオの肩を引き寄せ、その背中を優しく叩いた。
「……レオ。君はもう、十分すぎるくらい強くなったよ。……あんなに大きなステージで、僕にだけ分かる合図を送ってくれるくらい。……僕を、こんなに幸せな気持ちにさせてくれるくらい」
「……千秋……」
「手紙の返事、今言うね。……僕も、君のことが大好きだよ。忘れたことなんて、一度もなかった」
レオは僕の胸に顔を埋め、しばらくの間、声を殺して泣き続けた。
クヌギの木が、僕たちを包み込むように影を落としている。
掘り起こされたのは、ただの古い缶ではない。
僕たちがずっと心の奥底に大切にしまっていた、嘘偽りのない「愛」の形だった。
レオが顔を上げると、その瞳は涙で洗われたように澄み渡り、そこにはもう、迷いなど微塵もなかった。
「……よし。……もう、大丈夫。千秋、僕ね、決めたんだ」
「何を?」
「……この缶の中に、今の僕たちの宝物を入れて、もう一度埋めるんだ。……今度は、10年後じゃなくて、もっと先の未来のために」
レオはそう言って、自分が身につけていた『GALAXY』のファンクラブ限定のピンバッジと、僕が今日持ってきたキーホルダーを缶の中に納めた。
「……今度は、泣き虫なレオじゃなくて、君を一生守り抜くレオとして、約束するよ」
僕たちは再び土を被せ、木の根元を元の姿に戻した。
帰り道。レオの手は、僕の手をしっかりと、力強く握りしめていた。
その熱さは、もう二度と離さないという、静かな、けれど揺るぎない決意に満ちていた。
都会へ戻る車の中で、レオはラジオから流れる自分の曲を、鼻歌で歌い始めた。
アイドルと幼馴染。
その境界線は、もうどこにも存在しない。
僕の前で笑う彼は、世界で一番かっこよくて、そして世界で一番愛おしい、僕だけの「玲央」だった。
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