26 / 45
26話
しおりを挟む
リィエルの肩に飛び乗ったその物体は、ひんやりとした熱伝導率の低いゼリーのような質感だった。
純白の体は内側から淡い光を放っており、リィエルの首筋に体を擦りつけるたびに、チリチリとした心地よい魔力の火花が弾ける。
「……リィエル、大丈夫か? そいつ、お前を食べているわけではないよな?」
ガイアスが心配そうに、だがどこか腰が引けた様子で問いかけてきた。
無理もない。騎士団長として数々の魔物と対峙してきた彼にとっても、ポストから飛び出してきた発光する不定形生物というのは、戦闘教本には載っていない未知の事象だろう。
「いえ。むしろ逆ですね。俺の魔力を媒介に、自身のバイタルを同期させようとしているみたいだ。……おい、くすぐったいぞ。あまり深く潜り込もうとするな」
リィエルは指先でスライムをつまみ上げ、目の高さまで持ち上げた。
スライムは不満そうに体を揺らしたが、すぐにリィエルの手のひらの上で丸くなり、満足げに小さな気泡を吐き出した。
「きゅうっ! きゅううう!」
そこでようやく、事態の深刻さに気づいたのがシロだった。
シロは馬車から飛び降りると、リィエルの足元で必死に背伸びをし、主人の手の上の「新入り」に向かって猛烈な抗議の声を上げた。
主人の特等席である肩や膝は、自分だけの専用領域のはずだ。
そこに現れた、自分よりも発光強度の高い未知のライバル。シロの尻尾は、かつてないほどの勢いで左右に振られ、芝生を叩いている。
「シロ、落ち着け。お前の優先順位を下げたわけじゃない。……やれやれ、静寂を求めて帰宅したはずが、かえってマルチタスクを要求される状況になるとはな」
リィエルは苦笑し、スライムをとりあえず空いた方の手で抱え直した。
その時、様子を窺っていた精霊の長老が、ひらひらとリィエルの耳元まで飛んできた。
「リィエル、そいつを邪険にしちゃいけないよ。それは星降る森の雫といってね、星祭の夜に最も清浄な魔力が集まる場所にだけ生まれる、極めて稀な精霊の幼体なんだ。まさかポストを揺り籠にするなんて、よほど君の家の魔力回線が快適だったんだろうね」
「……清浄な魔力、ですか。俺が不在の間もシステムが正常に稼働していた証拠としては、これ以上ないログですが。それにしても、これはどうやって処理すればいいんだ?」
「処理だなんて。そいつは幸運の象徴だよ。……まあ、君のその真っ白な友達とは、しばらくリソースの奪い合いになるだろうけどね!」
精霊は愉快そうに笑いながら、再び森の奥へと消えていった。
「星の雫、か。……リィエル、お前が王都で星を眺めていた間に、お前の家にも星が降っていたということだな」
ガイアスがようやく警戒を解き、微笑みながらリィエルの肩に手を置いた。
「ロマンチックな解釈は不要です。俺にとっては、管理コストが二倍になっただけですから。……とりあえず、家の中に入りましょう。ガイアスさん、荷物の運び込みを手伝ってください。この新入りの解析もしなければなりませんし」
「ああ、分かっている。今日はお前の助手として、存分にこき使ってくれて構わないぞ」
ガイアスはリィエルの重い魔導書の箱を軽々と持ち上げ、ログハウスの扉を開けた。
懐かしい木の香りと、煮詰まったジャムの残り香が、一行を優しく迎える。
主人の肩を占拠する光るスライムと、その背後で隙を狙うシロ。
リィエルの望んでいた静かなスローライフは、また一段と賑やかな方向へアップデートされようとしていた。
純白の体は内側から淡い光を放っており、リィエルの首筋に体を擦りつけるたびに、チリチリとした心地よい魔力の火花が弾ける。
「……リィエル、大丈夫か? そいつ、お前を食べているわけではないよな?」
ガイアスが心配そうに、だがどこか腰が引けた様子で問いかけてきた。
無理もない。騎士団長として数々の魔物と対峙してきた彼にとっても、ポストから飛び出してきた発光する不定形生物というのは、戦闘教本には載っていない未知の事象だろう。
「いえ。むしろ逆ですね。俺の魔力を媒介に、自身のバイタルを同期させようとしているみたいだ。……おい、くすぐったいぞ。あまり深く潜り込もうとするな」
リィエルは指先でスライムをつまみ上げ、目の高さまで持ち上げた。
スライムは不満そうに体を揺らしたが、すぐにリィエルの手のひらの上で丸くなり、満足げに小さな気泡を吐き出した。
「きゅうっ! きゅううう!」
そこでようやく、事態の深刻さに気づいたのがシロだった。
シロは馬車から飛び降りると、リィエルの足元で必死に背伸びをし、主人の手の上の「新入り」に向かって猛烈な抗議の声を上げた。
主人の特等席である肩や膝は、自分だけの専用領域のはずだ。
そこに現れた、自分よりも発光強度の高い未知のライバル。シロの尻尾は、かつてないほどの勢いで左右に振られ、芝生を叩いている。
「シロ、落ち着け。お前の優先順位を下げたわけじゃない。……やれやれ、静寂を求めて帰宅したはずが、かえってマルチタスクを要求される状況になるとはな」
リィエルは苦笑し、スライムをとりあえず空いた方の手で抱え直した。
その時、様子を窺っていた精霊の長老が、ひらひらとリィエルの耳元まで飛んできた。
「リィエル、そいつを邪険にしちゃいけないよ。それは星降る森の雫といってね、星祭の夜に最も清浄な魔力が集まる場所にだけ生まれる、極めて稀な精霊の幼体なんだ。まさかポストを揺り籠にするなんて、よほど君の家の魔力回線が快適だったんだろうね」
「……清浄な魔力、ですか。俺が不在の間もシステムが正常に稼働していた証拠としては、これ以上ないログですが。それにしても、これはどうやって処理すればいいんだ?」
「処理だなんて。そいつは幸運の象徴だよ。……まあ、君のその真っ白な友達とは、しばらくリソースの奪い合いになるだろうけどね!」
精霊は愉快そうに笑いながら、再び森の奥へと消えていった。
「星の雫、か。……リィエル、お前が王都で星を眺めていた間に、お前の家にも星が降っていたということだな」
ガイアスがようやく警戒を解き、微笑みながらリィエルの肩に手を置いた。
「ロマンチックな解釈は不要です。俺にとっては、管理コストが二倍になっただけですから。……とりあえず、家の中に入りましょう。ガイアスさん、荷物の運び込みを手伝ってください。この新入りの解析もしなければなりませんし」
「ああ、分かっている。今日はお前の助手として、存分にこき使ってくれて構わないぞ」
ガイアスはリィエルの重い魔導書の箱を軽々と持ち上げ、ログハウスの扉を開けた。
懐かしい木の香りと、煮詰まったジャムの残り香が、一行を優しく迎える。
主人の肩を占拠する光るスライムと、その背後で隙を狙うシロ。
リィエルの望んでいた静かなスローライフは、また一段と賑やかな方向へアップデートされようとしていた。
10
あなたにおすすめの小説
黄色い水仙を君に贈る
えんがわ
BL
──────────
「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」
「ああ、そうだな」
「っ……ばいばい……」
俺は……ただっ……
「うわああああああああ!」
君に愛して欲しかっただけなのに……
僕は今日、謳う
ゆい
BL
紅葉と海を観に行きたいと、僕は彼に我儘を言った。
彼はこのクリスマスに彼女と結婚する。
彼との最後の思い出が欲しかったから。
彼は少し困り顔をしながらも、付き合ってくれた。
本当にありがとう。親友として、男として、一人の人間として、本当に愛しているよ。
終始セリフばかりです。
話中の曲は、globe 『Wanderin' Destiny』です。
名前が出てこない短編part4です。
誤字脱字がないか確認はしておりますが、ありましたら報告をいただけたら嬉しいです。
途中手直しついでに加筆もするかもです。
感想もお待ちしています。
片付けしていたら、昔懐かしの3.5㌅FDが出てきまして。内容を確認したら、若かりし頃の黒歴史が!
あらすじ自体は悪くはないと思ったので、大幅に修正して投稿しました。
私の黒歴史供養のために、お付き合いくださいませ。
夜が明けなければいいのに(洋風)
万里
BL
大国の第三皇子・ルシアンは、幼い頃から「王位には縁のない皇子」として育てられてきた。輝く金髪と碧眼を持つその美貌は、まるで人形のように完璧だが、どこか冷ややかで近寄りがたい。
しかしその裏には、誰よりも繊細で、愛されたいと願う幼い心が隠されている。
そんなルシアンに、ある日突然、国の命運を背負う役目が降りかかる。
長年対立してきた隣国との和平の証として、敵国の大公令嬢への婿入り――実質的な“人質”としての政略結婚が正式に決まったのだ。
「名誉ある生贄」。
それが自分に与えられた役割だと、ルシアンは理解していた。
部屋に戻ると、いつものように従者のカイルが静かに迎える。
黒髪の護衛騎士――幼い頃からずっと傍にいてくれた唯一の存在。
本当は、別れが怖くてたまらない。
けれど、その弱さを見せることができない。
「やっとこの退屈な城から出られる。せいせいする」
心にもない言葉を吐き捨てる。
カイルが引き止めてくれることを、どこかで期待しながら。
だがカイルは、いつもと変わらぬ落ち着いた声で告げる。
「……おめでとうございます、殿下」
恭しく頭を下げるその姿は、あまりにも遠い。
その淡々とした態度が、ルシアンの胸に鋭く突き刺さる。
――おめでとうなんて、言わないでほしかった。
――本当は、行きたくなんてないのに。
和風と洋風はどちらも大筋は同じようにしようかと。ところどころ違うかもしれませんが。
お楽しみいただければ幸いです。
来世はこの人と関りたくないと思ったのに。
ありま氷炎
BL
前世の記憶を持つ、いずる。
彼は前世で主人だった三日月と、来世で関わらない事を願った。
しかし願いは叶わず、幼馴染として生まれ変わってしまった。
本当に悪役なんですか?
メカラウロ子
BL
気づいたら乙女ゲームのモブに転生していた主人公は悪役の取り巻きとしてモブらしからぬ行動を取ってしまう。
状況が掴めないまま戸惑う主人公に、悪役令息のアルフレッドが意外な行動を取ってきて…
ムーンライトノベルズ にも掲載中です。
繋がれた絆はどこまでも
mahiro
BL
生存率の低いベイリー家。
そんな家に生まれたライトは、次期当主はお前であるのだと父親である国王は言った。
ただし、それは公表せず表では双子の弟であるメイソンが次期当主であるのだと公表するのだという。
当主交代となるそのとき、正式にライトが当主であるのだと公表するのだとか。
それまでは国を離れ、当主となるべく教育を受けてくるようにと指示をされ、国を出ることになったライト。
次期当主が発表される数週間前、ライトはお忍びで国を訪れ、屋敷を訪れた。
そこは昔と大きく異なり、明るく温かな空気が流れていた。
その事に疑問を抱きつつも中へ中へと突き進めば、メイソンと従者であるイザヤが突然抱き合ったのだ。
それを見たライトは、ある決意をし……?
雫
ゆい
BL
涙が落ちる。
涙は彼に届くことはない。
彼を想うことは、これでやめよう。
何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。
僕は、その場から音を立てずに立ち去った。
僕はアシェル=オルスト。
侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。
彼には、他に愛する人がいた。
世界観は、【夜空と暁と】と同じです。
アルサス達がでます。
【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。
2025.4.28 ムーンライトノベルに投稿しました。
オメガはオメガらしく生きろなんて耐えられない
子犬一 はぁて
BL
「オメガはオメガらしく生きろ」
家を追われオメガ寮で育ったΩは、見合いの席で名家の年上αに身請けされる。
無骨だが優しく、Ωとしてではなく一人の人間として扱ってくれる彼に初めて恋をした。
しかし幸せな日々は突然終わり、二人は別れることになる。
5年後、雪の夜。彼と再会する。
「もう離さない」
再び抱きしめられたら、僕はもうこの人の傍にいることが自分の幸せなんだと気づいた。
彼は温かい手のひらを持つ人だった。
身分差×年上アルファ×溺愛再会BL短編。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる