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20話
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帝都の夜は、数えきれないほどの「星灯り」で埋め尽くされていた。
今日は一年に一度、星が最も地上に近づくとされる『星降祭(せいこうさい)』。街中の街灯には色とりどりの薄絹が被せられ、家々の軒先からは、淡い光を放つ魔石を閉じ込めた「光籠(ひかりかご)」が吊り下げられている。
「……うわぁ、きれい……っ。ヴァル、見て! 街全体が魔法にかかったみたい!」
ロロは、変装用の少し深めのキャスケット帽を抑えながら、子供のように瞳を輝かせた。
離宮の庭園も豪華だったが、何万人もの民衆の活気が混ざり合った本物の祭りの熱量は、ロロの「あざとい演技」を忘れさせるほどに圧倒的だった。
「ロロ、あまり身を乗り出すな。……チッ、この人混みはどうにかならんのか。警備の騎士どもを総動員して、お前の半径五メートル以内を封鎖させるべきだったな」
背後で低い声を出しながら、ヴァルがロロの細い腰をガッシリと引き寄せた。
今日も今日とて、皇帝陛下は「地味な平民の装い」をしているはずなのだが、その立ち居振る舞いから漏れ出る『絶対強者』のオーラは隠しきれていない。周囲の民衆が、なぜか彼らの周りだけ無意識に道を開けていくほどだ。
(……出たよ、独裁スイッチ。お祭りで封鎖とか、それもうただの行軍だからね!?)
ロロは内心でツッコミを入れつつ、ヴァルの大きな手をぎゅっと握りしめた。
「だめだよ、ヴァル。みんながワイワイしてるのがお祭りなんだもん。……ほら、はぐれないように、ちゃんと僕の手を繋いでて?」
「…………っ!」
ヴァルは一瞬で喉を詰まらせ、ロロの手を握り潰さんばかりの熱量で握り返した。
帽子で顔を半分隠しているものの、耳の先が真っ赤になっているのが街灯の光で丸見えだ。この男、冷酷皇帝という二つ名の割に、ロロの一言に対する防御力が低すぎる。
「……ああ。……例え神がこの手を離せと命じても、俺が従うことはない。……ロロ。お前が俺を必要としてくれるなら、俺は……」
「はいはい、わかったから! あ、あそこの『光紡ぎ(ひかりつむぎ)』の演舞、見たい!」
ロロはヴァルの重すぎるポエムを軽快にかわし、広場の中央へと彼を引っ張っていった。
そこでは、特殊な魔力糸を操るパフォーマーたちが、夜空に巨大な光の刺繍を描き出していた。糸が空中で交差し、幻想的な獅子や大鳥の姿を形作っては、キラキラとした光の粉となって降り注ぐ。
「……すごい。火とかを使った派手なのもいいけど、こういう静かで綺麗なのも素敵だね」
「……お前の方が、よほど綺麗だ」
(……隙あらば口説いてくるなぁ、この皇帝!)
ロロは照れ隠しに、近くの屋台で売られていた『星屑飴(ほしくずあめ)』を二つ注文した。果実に光る砂糖をまぶした、この祭り限定の菓子だ。
「はい、ヴァル。あーん」
「……。……。……ロロ。……お前は、俺を暗殺する気か? この甘さで、俺の心臓が止まったらどうする」
「大げさだなぁ。ほら、食べて?」
ヴァルは、ロロが差し出した飴を、慈しむように……というよりは、聖遺物でも受け取るかのような敬虔な面持ちで口にした。
「……。……美味い。……お前と同じものを食べ、お前と同じ光を見ている。……ただそれだけのことが、なぜこれほどまでに……胸を締め付けるのか」
ヴァルの碧眼が、ロロをじっと見つめる。その瞳には、嘘の婚約者として甘やかしている以上の、もっと深く、暗く、そして純粋な「渇望」が宿っていた。
ロロは、ふと自分の懐に隠された「暗殺命令」の感触を思い出した。
新月の夜までに、この男を殺せ。
けれど、今の自分にそんなことができるだろうか。
自分を喜ばせるために街中を屋台祭りにし、夜中に泥だらけになって花を植え、お茶一杯で祝日を作ろうとする、このバカみたいに真っ直ぐな男を。
(……できないよ。……僕、もう『スパイ』としては失格だ)
人混みを離れ、二人は帝都を見渡せる小高い丘へと登った。
足元には、ヴァルが昨日捏造した思い出話に出てきた「銀雪草」が、本物の月光を浴びて白く輝いている。
「……ヴァル」
「なんだ、ロロ。足が疲れたか? 遠慮なく言え。離宮まで俺がお前を抱えて運ぶことに何の躊躇いもない」
「ううん。……ちょっと、甘えたくなっちゃっただけ」
ロロは、ヴァルの逞しい腕に自分からしがみついた。
あざとい演技のつもりだった。けれど、ヴァルの体温に触れた瞬間、胸の奥がキュンと痛み、本物の涙が少しだけ滲んだ。
「……ヴァル。……もし、僕の記憶が全部戻って……。僕が、ヴァルの大嫌いな人間だったとしても。……それでも、僕のこと、嫌いにならない?」
ヴァルは、ロロを包み込むように強く、折れそうなほど抱きしめた。
「……馬鹿なことを。……ロロ、お前が何者であろうと、俺が愛しているのは、今この手の中にいるお前だけだ。……例えお前が俺の命を狙う刺客であったとしても、俺は喜んでその刃を受け入れ、最期の瞬間にまでお前を愛していると告げるだろう」
「…………っ」
その言葉は、あまりに核心を突きすぎていて、ロロは声もなく震えた。
ヴァルは、ロロの顎を優しく持ち上げると、その涙を唇でそっと拭った。
「泣くな。……お前の嘘も、お前の過去も、すべて俺が飲み込んでやる。……俺の側で、ただ笑っていればいいんだ」
夜空に、祭りのフィナーレを告げる魔法の「光の花」が咲き乱れた。
音もなく広がる青や紫の光の下で、二人はゆっくりと唇を重ねた。
星屑飴の甘い残香と、夜風の冷たさ。
そして、嘘つき同士の、どうしようもなく切実な体温。
ロロは、ヴァルのキスを受け入れながら、心の中で自分に言い聞かせた。
(……もう、逃げない。……この『嘘』がいつか壊れるその日まで、僕はヴァルの隣で、目一杯あざとい『ロロ』を演じ続けてやるんだから)
寄り道だらけの星降祭。
二人の心は、偽りという名の檻の中で、かつてないほど「真実」の愛に手を伸ばしていた。
……けれど、その幸福な光景を。
丘の下の暗闇から、冷徹な双眼鏡のレンズが見つめていることを、今の彼らはまだ知らない。
今日は一年に一度、星が最も地上に近づくとされる『星降祭(せいこうさい)』。街中の街灯には色とりどりの薄絹が被せられ、家々の軒先からは、淡い光を放つ魔石を閉じ込めた「光籠(ひかりかご)」が吊り下げられている。
「……うわぁ、きれい……っ。ヴァル、見て! 街全体が魔法にかかったみたい!」
ロロは、変装用の少し深めのキャスケット帽を抑えながら、子供のように瞳を輝かせた。
離宮の庭園も豪華だったが、何万人もの民衆の活気が混ざり合った本物の祭りの熱量は、ロロの「あざとい演技」を忘れさせるほどに圧倒的だった。
「ロロ、あまり身を乗り出すな。……チッ、この人混みはどうにかならんのか。警備の騎士どもを総動員して、お前の半径五メートル以内を封鎖させるべきだったな」
背後で低い声を出しながら、ヴァルがロロの細い腰をガッシリと引き寄せた。
今日も今日とて、皇帝陛下は「地味な平民の装い」をしているはずなのだが、その立ち居振る舞いから漏れ出る『絶対強者』のオーラは隠しきれていない。周囲の民衆が、なぜか彼らの周りだけ無意識に道を開けていくほどだ。
(……出たよ、独裁スイッチ。お祭りで封鎖とか、それもうただの行軍だからね!?)
ロロは内心でツッコミを入れつつ、ヴァルの大きな手をぎゅっと握りしめた。
「だめだよ、ヴァル。みんながワイワイしてるのがお祭りなんだもん。……ほら、はぐれないように、ちゃんと僕の手を繋いでて?」
「…………っ!」
ヴァルは一瞬で喉を詰まらせ、ロロの手を握り潰さんばかりの熱量で握り返した。
帽子で顔を半分隠しているものの、耳の先が真っ赤になっているのが街灯の光で丸見えだ。この男、冷酷皇帝という二つ名の割に、ロロの一言に対する防御力が低すぎる。
「……ああ。……例え神がこの手を離せと命じても、俺が従うことはない。……ロロ。お前が俺を必要としてくれるなら、俺は……」
「はいはい、わかったから! あ、あそこの『光紡ぎ(ひかりつむぎ)』の演舞、見たい!」
ロロはヴァルの重すぎるポエムを軽快にかわし、広場の中央へと彼を引っ張っていった。
そこでは、特殊な魔力糸を操るパフォーマーたちが、夜空に巨大な光の刺繍を描き出していた。糸が空中で交差し、幻想的な獅子や大鳥の姿を形作っては、キラキラとした光の粉となって降り注ぐ。
「……すごい。火とかを使った派手なのもいいけど、こういう静かで綺麗なのも素敵だね」
「……お前の方が、よほど綺麗だ」
(……隙あらば口説いてくるなぁ、この皇帝!)
ロロは照れ隠しに、近くの屋台で売られていた『星屑飴(ほしくずあめ)』を二つ注文した。果実に光る砂糖をまぶした、この祭り限定の菓子だ。
「はい、ヴァル。あーん」
「……。……。……ロロ。……お前は、俺を暗殺する気か? この甘さで、俺の心臓が止まったらどうする」
「大げさだなぁ。ほら、食べて?」
ヴァルは、ロロが差し出した飴を、慈しむように……というよりは、聖遺物でも受け取るかのような敬虔な面持ちで口にした。
「……。……美味い。……お前と同じものを食べ、お前と同じ光を見ている。……ただそれだけのことが、なぜこれほどまでに……胸を締め付けるのか」
ヴァルの碧眼が、ロロをじっと見つめる。その瞳には、嘘の婚約者として甘やかしている以上の、もっと深く、暗く、そして純粋な「渇望」が宿っていた。
ロロは、ふと自分の懐に隠された「暗殺命令」の感触を思い出した。
新月の夜までに、この男を殺せ。
けれど、今の自分にそんなことができるだろうか。
自分を喜ばせるために街中を屋台祭りにし、夜中に泥だらけになって花を植え、お茶一杯で祝日を作ろうとする、このバカみたいに真っ直ぐな男を。
(……できないよ。……僕、もう『スパイ』としては失格だ)
人混みを離れ、二人は帝都を見渡せる小高い丘へと登った。
足元には、ヴァルが昨日捏造した思い出話に出てきた「銀雪草」が、本物の月光を浴びて白く輝いている。
「……ヴァル」
「なんだ、ロロ。足が疲れたか? 遠慮なく言え。離宮まで俺がお前を抱えて運ぶことに何の躊躇いもない」
「ううん。……ちょっと、甘えたくなっちゃっただけ」
ロロは、ヴァルの逞しい腕に自分からしがみついた。
あざとい演技のつもりだった。けれど、ヴァルの体温に触れた瞬間、胸の奥がキュンと痛み、本物の涙が少しだけ滲んだ。
「……ヴァル。……もし、僕の記憶が全部戻って……。僕が、ヴァルの大嫌いな人間だったとしても。……それでも、僕のこと、嫌いにならない?」
ヴァルは、ロロを包み込むように強く、折れそうなほど抱きしめた。
「……馬鹿なことを。……ロロ、お前が何者であろうと、俺が愛しているのは、今この手の中にいるお前だけだ。……例えお前が俺の命を狙う刺客であったとしても、俺は喜んでその刃を受け入れ、最期の瞬間にまでお前を愛していると告げるだろう」
「…………っ」
その言葉は、あまりに核心を突きすぎていて、ロロは声もなく震えた。
ヴァルは、ロロの顎を優しく持ち上げると、その涙を唇でそっと拭った。
「泣くな。……お前の嘘も、お前の過去も、すべて俺が飲み込んでやる。……俺の側で、ただ笑っていればいいんだ」
夜空に、祭りのフィナーレを告げる魔法の「光の花」が咲き乱れた。
音もなく広がる青や紫の光の下で、二人はゆっくりと唇を重ねた。
星屑飴の甘い残香と、夜風の冷たさ。
そして、嘘つき同士の、どうしようもなく切実な体温。
ロロは、ヴァルのキスを受け入れながら、心の中で自分に言い聞かせた。
(……もう、逃げない。……この『嘘』がいつか壊れるその日まで、僕はヴァルの隣で、目一杯あざとい『ロロ』を演じ続けてやるんだから)
寄り道だらけの星降祭。
二人の心は、偽りという名の檻の中で、かつてないほど「真実」の愛に手を伸ばしていた。
……けれど、その幸福な光景を。
丘の下の暗闇から、冷徹な双眼鏡のレンズが見つめていることを、今の彼らはまだ知らない。
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