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わたしとアイツとアイツ
8話
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透さんの懺悔を聞いて心が傷まなかったわけじゃない。でも、ようやく西条透という過去と向き合えた気がした。
勇樹がずっと心配してたけど、大丈夫だと笑って返したら少し安心してた。目の前であんなことを言われてもキレなかっただけ大人になったと思う。って思った私はやっぱり自分勝手な女だ。
「あーん、ご当地牛サイコー! この油の旨さは絶品よ。クドさもないしさっぱりして舌に残らないわ」
「ほんと美味しいね」
「透さん、お土産ありがとう」
「これ僕が買うの!?」
「あんたが飼ってうちに卸しなさい。慰謝料とギャラ代わりよ」
「これだからお嬢様って嫌いなんだ」
透さんも過去と向き合えたらしく、自分らしく接してくるようになった。生意気過ぎる性格を知らなかった私は少し寂しかったけど、新たな一面を見られて良かったと思えた。
美味しいご飯と美味しい地酒。寝る前に露天風呂を堪能して、高級旅館ならではのふかふかのお布団に入ると、秒でウトウトしてきた。
朝が早かったのもあるし、精神的にいろいろあったのもあるんだろう。
「ガキみてえ」
そう笑う勇樹に小さく頷き、口元までお布団を被ると、それ以上意識を保つのは無理だった。
喉の渇きを感じて目が覚めた。時間を確認すると深夜の一時。端に寄せてるテーブルに近づいて、置いてあるお茶を飲み干す。
三つ並んであるお布団には勇樹の姿しかなく、もう一人のクソ男はどこに行ったんだろうと思って探すことに。
目が冴えたから単なる暇つぶしだ。
露天風呂にもトイレにも居ない。庭に続くドアを開けて外を確認すると、庭園にある桜の木の下の長椅子にクソ男が寝転んでいた。
月見でもしてんのかなと思いつつも、どうせなら邪魔してやろうと外履きを履き静かに近づく。
今日は満月。
真っ暗な外が妙に明るい。
(はあ、見事だわ)
桜の木が目の前にある。桜の花びらは風に乗って舞っている。満月の月明かりで輝く花びらは言葉を失わせるには十分だ。
(そういえば……)
透さんに視線を変えると、まだ私に気づいてないらしく、桜の蕾を手で転がしながら哀愁漂わせてボーッとしてた。
驚かしてやろうと音を立てずにゆっくり近づく。でも透さんと目が合ってしまった。
「バレバレだよ」
「おどろかそうと思ったのに」
「美しいかぐや姫、一緒にどうですか?」
「あら、素敵なお誘いね。クソ男のくせに」
「言葉の悪いかぐや姫、お団子とお酒もありますよ」
「飲む! 月見酒、大好き」
長椅子まで駆け寄ればクソ男に膝枕って言われた。「はあ?ふざけんな」と見下ろしてやったけど、引く気のない笑顔を向けられたから仕方なく、クソ男に膝枕をして目の前の桜を見上げる。
「本当に、美しいわね」
視界の全てを淡いピンクに染めるくらい大きいそれに、枝の隙間から月が射し込んでいる。
見事としか言いようのない桜を黙って見てれば、クソ男が頬に手を添えてきた。
「……キレイだ」
「桜ってなんでこうも綺麗なのかしら」
桜から視線を落として透さんを見れば、苦笑いをしながら、お皿に置いてある団子を手に取り、私の口の前に持ってきた。
もしや食えと言ってるんだろうか?
「いらない?」
「いらないわよ。今は団子より花、桜の気分だもの」
また桜の木を見上げる。風が吹いて花びらが舞う。
ずっとこうするのを夢みていた。
叶わない夢が今さら叶うなんて。
「今日のこの風景もいつかまた思い出すのかしら」
「いきなり過ぎて何の話か分かんないけど僕は毎日思い出すよ」
「毎日?」
私のことが嫌いだったと白状したくせに何を言い出すんだと、少し冷めた目で透さんに視線を落とす。透さんは真剣な眼差しで私を見上げていて、それだけで心臓が痛くなる。
その目線を外したいけど、外せない。見つめ合う中、透さんの口がゆっくりと開いた。
「僕のそばに咲希が居る。今、この光景がたまらなく愛おしい」
その言葉に全身が熱く、煮えたぎるくらい心も熱く、痛いくらい動く心臓を、それらをどう誤魔化せばいいか分かんなくて、すっと視線をズラした。
もう二度と、この先ずっと、大好きだったこの人の想いを受け入れることは、絶対にない。
この人もそれを分かってる。
それでも伝えるってことは、そういうこと。
時が来たんだ。
お互い過去と向き合った。
次は、お別れだ。
「咲希ちゃん」
太股の重さがなくなって、透さんは隣に座り直した。私に向かってゆっくり伸ばされる手。それから逃げようとすぐに立ち上がってみたけど、腕を引かれた。
「……咲希っ」
後ろから痛いくらい抱きしめられて、耳にかかる息に、とても小さな声に、体が言うことを聞いてくれない。
そんな状態なのに……
「聞いて」
抱きしめていた腕が離れる。私の頬に手を置くとゆっくり向き合わされて、悲しいような寂しいような、そんな表情をした透さんがいた。
「これで最後だ。もう二度と、こんなことを言って困らせたりしない」
「っ」
「だから……聞いてほしい」
近づく顔に嫌だと言わんばかりに首を横に振ったけど、顎を掴まれて、完璧に固定されて……ダメだと分かってるのに、やっぱり言うことを聞いてくれない。
「……最後の想いを、聞いてほしい」
だって、ずっとこれを求めてた。
つい数カ月前まで、ずっと、ずっと、この人を待っていた。
欲しくて、欲しくて、何が欲しいのかも分からなくなるほど、何かを求めていた。
探して、違って、また探して、それを繰り返してた。
ほんの数カ月前の話。
ここまで変わった。
ああ、私も言ってやりたい。
ずっとずっとつらかったと、つらくて、逃げたくて、泣きたくて、叫びたくて、喪失感を拭いたくて、体を犠牲にしてでもアンタに付けられた傷を塞ぎたかったと。
でも、言わない。
言ってあげない。
だってそれは、そう思うほど好きだったという証だもの。
過去の想いも、今に至る過程の想いも、教えてあげないの。
最後の意地悪、最後の意地。
クソ男には一生秘密の、内緒の想い。
好きだった。
本当に、心の底から。
大好きだった。
大好きだったよ。
「……咲希」
まぶたに落とされたキスの温もりが過去を溶かし、頬から流れ落ちる涙が呪いを溶かす。
キラキラと光る水滴は、きっと輝かしい明日を作ってくれるだろう。
そして、抱きしめられた最後の温もりの先には、
「……僕は、きみを……本当に、……愛してた」
月明かりの中、遅咲き過ぎる桜の花びらが綺麗に舞っていた。
勇樹がずっと心配してたけど、大丈夫だと笑って返したら少し安心してた。目の前であんなことを言われてもキレなかっただけ大人になったと思う。って思った私はやっぱり自分勝手な女だ。
「あーん、ご当地牛サイコー! この油の旨さは絶品よ。クドさもないしさっぱりして舌に残らないわ」
「ほんと美味しいね」
「透さん、お土産ありがとう」
「これ僕が買うの!?」
「あんたが飼ってうちに卸しなさい。慰謝料とギャラ代わりよ」
「これだからお嬢様って嫌いなんだ」
透さんも過去と向き合えたらしく、自分らしく接してくるようになった。生意気過ぎる性格を知らなかった私は少し寂しかったけど、新たな一面を見られて良かったと思えた。
美味しいご飯と美味しい地酒。寝る前に露天風呂を堪能して、高級旅館ならではのふかふかのお布団に入ると、秒でウトウトしてきた。
朝が早かったのもあるし、精神的にいろいろあったのもあるんだろう。
「ガキみてえ」
そう笑う勇樹に小さく頷き、口元までお布団を被ると、それ以上意識を保つのは無理だった。
喉の渇きを感じて目が覚めた。時間を確認すると深夜の一時。端に寄せてるテーブルに近づいて、置いてあるお茶を飲み干す。
三つ並んであるお布団には勇樹の姿しかなく、もう一人のクソ男はどこに行ったんだろうと思って探すことに。
目が冴えたから単なる暇つぶしだ。
露天風呂にもトイレにも居ない。庭に続くドアを開けて外を確認すると、庭園にある桜の木の下の長椅子にクソ男が寝転んでいた。
月見でもしてんのかなと思いつつも、どうせなら邪魔してやろうと外履きを履き静かに近づく。
今日は満月。
真っ暗な外が妙に明るい。
(はあ、見事だわ)
桜の木が目の前にある。桜の花びらは風に乗って舞っている。満月の月明かりで輝く花びらは言葉を失わせるには十分だ。
(そういえば……)
透さんに視線を変えると、まだ私に気づいてないらしく、桜の蕾を手で転がしながら哀愁漂わせてボーッとしてた。
驚かしてやろうと音を立てずにゆっくり近づく。でも透さんと目が合ってしまった。
「バレバレだよ」
「おどろかそうと思ったのに」
「美しいかぐや姫、一緒にどうですか?」
「あら、素敵なお誘いね。クソ男のくせに」
「言葉の悪いかぐや姫、お団子とお酒もありますよ」
「飲む! 月見酒、大好き」
長椅子まで駆け寄ればクソ男に膝枕って言われた。「はあ?ふざけんな」と見下ろしてやったけど、引く気のない笑顔を向けられたから仕方なく、クソ男に膝枕をして目の前の桜を見上げる。
「本当に、美しいわね」
視界の全てを淡いピンクに染めるくらい大きいそれに、枝の隙間から月が射し込んでいる。
見事としか言いようのない桜を黙って見てれば、クソ男が頬に手を添えてきた。
「……キレイだ」
「桜ってなんでこうも綺麗なのかしら」
桜から視線を落として透さんを見れば、苦笑いをしながら、お皿に置いてある団子を手に取り、私の口の前に持ってきた。
もしや食えと言ってるんだろうか?
「いらない?」
「いらないわよ。今は団子より花、桜の気分だもの」
また桜の木を見上げる。風が吹いて花びらが舞う。
ずっとこうするのを夢みていた。
叶わない夢が今さら叶うなんて。
「今日のこの風景もいつかまた思い出すのかしら」
「いきなり過ぎて何の話か分かんないけど僕は毎日思い出すよ」
「毎日?」
私のことが嫌いだったと白状したくせに何を言い出すんだと、少し冷めた目で透さんに視線を落とす。透さんは真剣な眼差しで私を見上げていて、それだけで心臓が痛くなる。
その目線を外したいけど、外せない。見つめ合う中、透さんの口がゆっくりと開いた。
「僕のそばに咲希が居る。今、この光景がたまらなく愛おしい」
その言葉に全身が熱く、煮えたぎるくらい心も熱く、痛いくらい動く心臓を、それらをどう誤魔化せばいいか分かんなくて、すっと視線をズラした。
もう二度と、この先ずっと、大好きだったこの人の想いを受け入れることは、絶対にない。
この人もそれを分かってる。
それでも伝えるってことは、そういうこと。
時が来たんだ。
お互い過去と向き合った。
次は、お別れだ。
「咲希ちゃん」
太股の重さがなくなって、透さんは隣に座り直した。私に向かってゆっくり伸ばされる手。それから逃げようとすぐに立ち上がってみたけど、腕を引かれた。
「……咲希っ」
後ろから痛いくらい抱きしめられて、耳にかかる息に、とても小さな声に、体が言うことを聞いてくれない。
そんな状態なのに……
「聞いて」
抱きしめていた腕が離れる。私の頬に手を置くとゆっくり向き合わされて、悲しいような寂しいような、そんな表情をした透さんがいた。
「これで最後だ。もう二度と、こんなことを言って困らせたりしない」
「っ」
「だから……聞いてほしい」
近づく顔に嫌だと言わんばかりに首を横に振ったけど、顎を掴まれて、完璧に固定されて……ダメだと分かってるのに、やっぱり言うことを聞いてくれない。
「……最後の想いを、聞いてほしい」
だって、ずっとこれを求めてた。
つい数カ月前まで、ずっと、ずっと、この人を待っていた。
欲しくて、欲しくて、何が欲しいのかも分からなくなるほど、何かを求めていた。
探して、違って、また探して、それを繰り返してた。
ほんの数カ月前の話。
ここまで変わった。
ああ、私も言ってやりたい。
ずっとずっとつらかったと、つらくて、逃げたくて、泣きたくて、叫びたくて、喪失感を拭いたくて、体を犠牲にしてでもアンタに付けられた傷を塞ぎたかったと。
でも、言わない。
言ってあげない。
だってそれは、そう思うほど好きだったという証だもの。
過去の想いも、今に至る過程の想いも、教えてあげないの。
最後の意地悪、最後の意地。
クソ男には一生秘密の、内緒の想い。
好きだった。
本当に、心の底から。
大好きだった。
大好きだったよ。
「……咲希」
まぶたに落とされたキスの温もりが過去を溶かし、頬から流れ落ちる涙が呪いを溶かす。
キラキラと光る水滴は、きっと輝かしい明日を作ってくれるだろう。
そして、抱きしめられた最後の温もりの先には、
「……僕は、きみを……本当に、……愛してた」
月明かりの中、遅咲き過ぎる桜の花びらが綺麗に舞っていた。
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