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なかったことに
しおりを挟む会議は一ノ瀬中心で行われた。説明の仕方が上手く、どういったターゲット層に向けて宣伝をしたらいいのか私たち宣伝チームもやるべきことのイメージがつきやすい。そのため大きな変更点などもなく、会議はスムーズに進んだ。
予定通りの時刻できっちりと会議が終わり、残ってホワイトボードを綺麗に消していると後ろで物音がした。振り返ると、すでにいなくなったと思っていた一ノ瀬が紙コップをまとめている。
「星野、資料助かった」
「え?」
「あれなかったらちょっと困ったから、用意してくれててすげー助かった」
お礼を言われるとは予想外だったので、思考が一時停止してしまった。
「そ、そうなの……?」
「星野って、意外と頼りになるんだなって初めて思った」
「……一言余計なんですけど」
やっぱり一ノ瀬は一言余計な一ノ瀬だった。はあっとため息を吐いて、ホワイトボードの残りの文字を消していく。
「俺はいつだってちょっとだけ余計なんだよ」
「それを自信満々に言うことじゃない。かっこ悪い」
なんで私、現世でも一ノ瀬と出会ってしまったのだろう。記憶がなければ、私の一ノ瀬に対する感情は確実に違っていた。けれど、こうして前世の記憶がある状態でおまれ変わって巡り合ったということは、あのことが原因なのだろうか。
会議が終わったことによって緊張の糸が切れて、甘いものが欲しくなってきた。デスクに戻ったら、おやつのどら焼き食べよう。前世にはどら焼きはなかったけれど、甘味としてあんこみたいなものはあった。それを焼きたてのパンに塗って食べるのが好きで、お兄様と一緒にそれを食べることが私の楽しみだった。
『ソフィアは本当に甘いものが大好きなんだね』
笑顔で言うお兄様が懐かしい。
今思うとかなりのブラコンだったけれど、あの頃の私にとってお兄様は尊敬する人で自慢だった。いつかは嫁に行き、自国を出なければならないというのはわかっていたけれど、その日を迎えるまではお兄様の傍にいたかった。
お兄様を思い出して一瞬幸せな気持ちになった後、彼のことも思い出してしまう。
隣国の王子のアルフォンスは弟のクレールを連れて、なにかと理由をつけて城を抜け出しては遊びに来ていた。お兄様との幸福のティータイムを邪魔してくるので、私としてはアルフォンスの来訪はいい思い出は少ない。しかも、お土産と言ってふざけて渡してくるのはカエルや毛虫。
私の頭に手を置いて身長を止めようとしてきたことや、お兄様に憧れて剣の訓練をしていたら私の剣筋を見て『もしかして、寝起きか? 目が覚めてからやらねーと、あぶねーぞ』なんて言って、笑いながら小馬鹿にしてきたこともある。思い出すだけで腹立たしい。
悔しいけど、口は悪いし意地悪だけど、アルフォンスは人を惹きつける力を持っていて、彼を慕っている人が多かった。それは、あの頃の私もわかっていた。
「星野」
名前を呼ばれて、一気に現実に引き戻される。気をぬくとうっかり前世にトリップしてしまうから気をつけないといけない。
「なに?」
深呼吸をして心を落ち着かせた後、振り返らずに一言だけ返した。
「そういえば、デートどこ行く?」
「恐ろしい計画を当然のように立てないで」
いつも通りの一ノ瀬のノリに呆れつつ、私もいつも通りの調子で返す。
「一ノ瀬なら相手いくらでもいるでしょ」
「星野は相手がいなさそうだな」
「余計なお世話なんですが」
この男はデリカシーというものがないのだろうか。というか、本気で私のことをデートに誘っていたらこんな失礼なこと言ってこないと思う。
「俺のこと頑なに嫌がるのはなんで?」
「逆にそんなに誘ってくるのはなんで?」
「質問返しすんなよ」
私たちは気が合わない。前世でも現世でもそこは変わらない。決して交わることなんてないんだ。
「星野、こっち向いて」
腕を掴まれて、無理やりに振り向かされた。
「え、ちょ……」
私よりも二十センチ以上は高い一ノ瀬を見上げると、向けられた切なげな瞳に狼狽えた。
「俺のこと、そんなに嫌?」
「それ、は……」
「俺、気づかないうちに星野になんかした?」
どう答えればいいのかわからない。一ノ瀬に前世の記憶がなかったら私の言っていることなんてわけわからないので、打ち明けたとしてもただの痛い女だって思われるかもしれない。そんなことを考えている私は、まるで一ノ瀬に嫌われたくないみたいで、ますます困惑してしまう。
「あのさ、星野」
「……なに」
息を飲み、彼の唇から紡がれる言葉に身構える。
「あの夜のこと、なかったことにすんなよ」
「え……」
一ノ瀬が真剣な表情なので、言葉に詰まってしまう。どういった意図で言っているのだろう。
「俺のこと、ヤリ捨てる気?」
「なっ、だ、だってあれはお酒の勢いでしょ!」
「ふーん。星野はそう思ってんだ?」
まるで一ノ瀬は勢いではなかったような言い方だ。あれはどう思い返しても、一ノ瀬だって酔っていたはずなのに。
「顔赤いけど」
「う、うるさい!」
にやりと笑われて、そして耳元で囁かれる。
「なに思い出してんだよ」
卑猥なことなんて考えていなかったのに、肯定するかのように頬の熱が上昇していくのを感じた。たぶんこれは揶揄われている。睨みつけると、一ノ瀬は楽しげに目を細めて「また今度誘う」と会議室から出て行った。
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