23 / 27
思わぬ再会
しおりを挟むあれ以来、一ノ瀬との付き合いも順調で仕事の方も少しずつ落ち着いてきた。
「なんかさー、星野さん最近前より綺麗になったよね」
「えっ、そうですか?」
同じ宣伝チームの江口さんが私の顔を覗き込んでくる。そんなこと言いつつ、江口さんの方がかなり綺麗なんだけど。
痛みのない焦げ茶色のミディアムヘア。そして、前髪をポンパドールにしていて、綺麗な顔立ちだからこそ顔を全て晒せるのだと思う。私の場合は、おでこが狭いことが気になってしまうため、前髪下ろしていないと落ち着かない。江口さんは形のいい丸みのあるおでこで羨ましい。
「あ、なるほど。コレだね」
にやにやと目を細めて口角を上げている江口さんがからかうように親指を立てた。
「江口さんそれって……」
「あれ? もしかして、若い子には伝わらないの? コレ」
若い子って言っても、私と江口さんって二つくらいしか変わらない。けれど、江口さんには私にはない大人な女の色気がにじみ出ている気がする。
「私の友達の間だと伝わるんだけどなぁ。使わない?」
「一応意味はわかるんですけど、あんまり使ったことないです」
「え、マジで」
エレベーターが到着して、出迎えるように入り口が開かれる。資料を抱えながら江口さんとともに中へ乗り込んだ。
先ほどまでは和やかな空気だったけれど、私たちの会話が少なくなっていく。今日はヘアケアの企画でコラボする漫画家の香野先生が初めて打ち合わせに参加するのだ。
サイン会も絶対にせず、ファンの前には顔を出したことがないと言われている方なので、もしかしたら気難しいのではないかと社内で噂されていた。
今回は特別に打ち合わせに参加してくれるみたいだけど、絶対に先生と会ったことを職場以外では言ってはいけないと念を押されている。なにか事情でもあるのだろうか。
八階に到着すると、ガラス張りの会議室がブラインドで遮断されている。おそらく先生の姿を見られないためだ。
「失礼します」
打ち合わせ予定の会議室のドアを開けると、すでに企画チームの一ノ瀬たちが中にいた。あまり広くはない会議室に長机が一つ。それを囲うように椅子が八脚並べられていて、すでに四脚埋まっている。
一ノ瀬を入れて企画チーム二人と、以前お会いしたことのある王美社の方が一人。ってことは、その隣にいる人が先生だ。
————その人を見た瞬間、私は思わず大きな声が漏れそうになった。
身体に微弱な電気が流れたような感覚は、以前も味わったことがある。息をすることさえ忘れてしまいそうなほど、それは衝撃的で劇的な再会。
私はこの人を知っている。一番奥の席に座り、チラチラと一ノ瀬を見ているのは、焦げ茶色の髪の男性。
私の視線に気づいたのか、こちらに視線だけ動かしたその男性は一瞬にしてころりと表情を変えた。目を見開き、口を細長く開けて青白い顔で私のことを見つめてくる。
「もしかして、香野先生ですか?」
江口さんの問いにハッと我に返る。
「いやー、皆さん驚くんですよね。実はあの人気少女漫画家の香野先生が男性だなんて思いませんもんね」
王美社の男性が明るい声で話しながら、カラカラと笑った。私の場合はもはや性別の問題で驚いているのではない。顔立ちがまるっきり同じわけではない。けれど、どことなく面影を感じ、本能的にこの人が〝あの男〟なのだと根拠のない確信をしてしまう。香野先生は————プルイーラ王国のコロンブ王子だ。
相手も私のこと見て、驚愕が隠せないようなので、彼も前世の記憶を持っているのかもしれない。まさかこんなところで再会するなんて思いもしなかった。
「ほら、星野さんも名刺」
呆然と立ち尽くしているうちに江口さんは彼と名刺交換を終えたようで、おそるおそる近づいていく。かなり警戒しているのか、怯えた眼差しで私のことを見ている。やっぱりこれは前世の記憶を持っている可能性が濃厚だ。
「販売促進部、宣伝チームの星野と申します」
香野先生に名刺を渡すと、僅かに震えている手で彼は名刺を受け取った。そして、周囲に聞こえないように呟くように言葉を発する。
「お久しぶりです、コロンブ王子」
「ひっ!」
「先生? どうされましたか?」
にっこりと笑顔を作ると、香野先生の顔色が更に悪くなっていく気がする。やはりこの人には前世の記憶があるのは間違いない。
「あの体調悪いんですか?」
きっと一ノ瀬を見て驚いて、私まで登場したから心臓に悪いくらいの驚きを連続で味わったことが彼をこんなにも追い詰めているのかもしれない。
前世で殺そうとした姫と、致命傷を与えた王子との再会。おまけにアルフォンスにコロンブ王子は切られた。香野先生にとっては色々複雑すぎて怯えるのもおかしくないのかもしれない。
「あ、いえ……お気になさらず」
か細い声を出して、先生は再び自分の席に着いた。
打ち合わせを始めてからも、時々私に視線を向けることもあったけれど、一ノ瀬のことを見ていることが多い気がした。もしかして、前世の最期の件を気にしているのだろうか。それと、一ノ瀬はなんの反応も示さないので、前の私みたいに記憶があるのか疑ってる可能性もある。
「えー、このように先生には五種類の髪にまつわる物語を描いていただく予定です」
王美社の男性が現在進行中であるヘアケアについてくる物語のラフと概要を説明してくれた。 渡された資料を捲り、先生の描いたラフの縮小版に目を通していく。
ボトルには、全五種類のQRコードを貼り付けてスマホから読み取ってもらい、転送先のサイトで物語が読めるという風にする予定だ。すべてヒロインは同じで、ヘアケアを通じて好きな彼と距離が縮まっていく。
「そして、これがコンプリートの方限定の最終話です」
五種類全てを読んだ方だけ読める彼と想いが通じる甘くて幸せな最終話。先生ラフはラフと言っていいのかわからないくらい丁寧に描かれていて、女性社員たちから感嘆の声が漏れる。
忘れていた学生の頃の甘酸っぱい感覚に、恥ずかしさと照れくささがあるけれど、そこもまたいい。さすが胸キュン漫画家と言われている香野先生。
大学生の頃に友達に借りて読んだ香野先生デビュー作の漫画も最高に面白くて、三角関係に胸が痛くて何度も泣いて、ヒーローのかっこよさにときめいたことを今でも覚えている。だけど、あんなに夢中になって読んだ漫画の作者がコロンブ王子の生まれ変わりだとわかり、なんとも複雑な気分になる。
打ち合わせが終わると、香野先生はなにか言いたげにこちらを見ていたけれど、王美社の方と一緒にエレベーターへ乗り込んでいった。できればもう会わないほうがいい気もする。だけど、仕事をしている以上はまだ何度か会う機会があるかもしれない。なるべく深くは関わらないように気をつけよう。
「なんか優しそうだけど、変わった方だったね。香野先生って」
「男性だったなんてかなり驚きですよね。だから、顔出ししないのか~」
周りがそんな会話をしているけれど、きっと変わっているように見えたのは私と一ノ瀬を見て、かなり動揺したからじゃないのかな。澄川くんに話してみようかと悩む。彼もコロンブ王子のことは覚えているだろうし、きっと驚くだろう。
「星野、大丈夫か?」
「え?」
一ノ瀬が心配そうにこっそりと声をかけてきた。
「なんか元気ない」
「大丈夫だよ。少し疲れているだけ」
何事もないように笑顔で返して、会議室の電気を消す。
きっと大丈夫。前世で因縁があっても、かなり動揺していたし近寄ってこないはずだ。けど、コロンブ王子にも前世の記憶があるってことは、なにか後悔していることがあるのかもしれない。
0
あなたにおすすめの小説
嫌われたと思って離れたのに
ラム猫
恋愛
私は、婚約者のカイルに嫌われたと思った。冷たくそっけなく、近づくたびに避けられる日々。
距離を置くことを選び、留学の準備も進めて心を落ち着かせようとするけれど——。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
王宮勤めにも色々ありまして
あとさん♪
恋愛
スカーレット・フォン・ファルケは王太子の婚約者の専属護衛の近衛騎士だ。
そんな彼女の元婚約者が、園遊会で見知らぬ女性に絡んでる·····?
おいおい、と思っていたら彼女の護衛対象である公爵令嬢が自らあの馬鹿野郎に近づいて·····
危険です!私の後ろに!
·····あ、あれぇ?
※シャティエル王国シリーズ2作目!
※拙作『相互理解は難しい(略)』の2人が出ます。
※小説家になろうにも投稿しております。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
【完結】シロツメ草の花冠
彩華(あやはな)
恋愛
夏休みを開けにあったミリアは別人となって「聖女」の隣に立っていた・・・。
彼女の身に何があったのか・・・。
*ミリア視点は最初のみ、主に聖女サシャ、婚約者アルト視点侍女マヤ視点で書かれています。
後半・・・切ない・・・。タオルまたはティッシュをご用意ください。
とっていただく責任などありません
まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、
団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。
この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!?
ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。
責任を取らなければとセルフイスから、
追いかけられる羽目に。
図書館の堕天司書 ―私達も図書館から禁帯出です―
ふわふわ
恋愛
有能司書レリアンは、蔵書管理ログ不整合の責任を押し付けられ、王太子の判断で解任されてしまう。
だがその不祥事の原因は、無能な同僚テラシーの入力ミスだった。
解任されたレリアンが向かったのは、誰も使っていない最下層。
そこに山積みになっていた禁帯出蔵書を、一冊ずつ、ただ静かに確認し始める。
――それだけだった。
だが、図書館の安定率は上昇する。
揺れは消え、事故はなくなり、百年ぶりの大拡張すら収束する。
やがて図書館は彼女を“常駐司書”として自動登録。
王太子が気づいたときには、
図書館はすでに「彼女を基準に」最適化されていた。
これは、追放でも復讐でもない。
有能な現場が、静かに世界の基準になる物語。
《常駐司書:最適》
---
もしアルファポリス向けにもう少し分かりやすくするなら、やや説明を足したバージョンも作れます。
煽り強めにしますか?
それとも今の静かな完成形で行きますか?
~春の国~片足の不自由な王妃様
クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。
春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。
街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。
それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。
しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。
花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる