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いつかこの前世の記憶が消えてしまったとしても
しおりを挟む「————いただきます」
目の前に出されたお茶を一口飲んで、隣に座る一ノ瀬の顔色をうかがう。あのあと澄川くんと香野先生と別れてから、二度目の一ノ瀬の家にお邪魔することになった。
黒いパーカーと黒のだぼっとしたズボンに着替えた一ノ瀬はいつもと違ったゆるい雰囲気が出ていて、ドキドキしてしまう。普段はスーツを着ている男の人が部屋着になると、なんかこうグッとくるのはどうしてだろう。着飾っていないのが逆にカッコ良く映る。
「ねえ……前世の話、信じられる?」
ただの痛い人達って思われてしまっても仕方ないことだけど、そう思われてしまうのはちょっと悲しい。
「わっかんねぇよ。お前らが俺をからかうために嘘ついてるようには見えなかった。でも、俺にはそれを信じるための証拠となる前世の記憶がない」
隣から深いため息が聞こえ、逃げるように顔を逸らした。前世の記憶がないほうが、私も澄川くんも香野先生もよかったのかもしれない。こうして囚われてしまっているし、いつまでも苦しみを抱えたままだ。
それでも、記憶があってよかったって思うことだってあるんだ。
「俺には真実なんてわかんないけど、俺は今の星野が好きだよ。それだけは変わらない」
今の私を好きだと言ってもらえることが、このままでいいんだよと認めてもらえて受け止めてもらえたみたいに感じて、胸の奥底から熱い感情がせり上がってくる。
前世の記憶を持っている私はおかしいんだってずっと思っていた。
普通ならありえないし、他の人に話したら頭がおかしいとか妄想だって笑われてしまうんじゃないかって、引かれてしまうんじゃないかって不安で仕方なかった。
一ノ瀬に打ち明けるときも、手に入れた幸せが崩れ落ちてしまうんじゃないかって思うと、怖くてたまらなかった。 けれど一ノ瀬は完全に信じられる証拠がなくても、嘘だと決めつけて笑ったり呆れたり引いた様子が一切なかった。困惑していたみたいだったけど、真剣に聞いてくれていた。
「私、きっと一ノ瀬に出会うために生まれてきたんだと思う」
アルフォンスを守れなかったソフィアの後悔。そこから前世の記憶が引き継がれたままの星野結花が生まれたのだとしたら、私は再びアルフォンスに出会うために存在していたのかもしれない。淡い恋心からなのか、自分を守って死んでしまったことへの贖罪からなのかはわからないけれど。
「それは、俺に言ってる?」
「え?」
「……俺がアルフォンスってやつの生まれ変わりだから、星野は俺のことを好きなの?」
一ノ瀬の目が不安げに揺れる。
前世の記憶がない一ノ瀬にとっては、知らない男との過去を引きずっているやつに見えるのかもしれない。
「私たちを引き逢わせたのは前世かもしれない。それでも好きになったのは、私自身の意思だよ」
都合のいい解釈だって笑われてもいい。答えなんて誰も用意していないんだから、私が好きに決める。
「私に恋をさせたのは、一ノ瀬でしょ?」
たとえ引き逢わされたとしても、恋に落ちたのは私と一ノ瀬が惹かれあったからだって信じたい。
「……俺が生まれ変わりだから付き合ったわけじゃないってこと?」
「だったら、とっくに付き合ってるでしょ」
「確かに。俺、最初すっげー嫌がられてたもんな」
一ノ瀬がアルフォンスの生まれ変わりだって知っていたから、私は嫌がって避けていた。でも、一ノ瀬のことを知っていくにつれて惹かれていったんだ。
「結花」
慣れていない下の名前で呼ばれると、どくどくと血が巡る感覚がして心臓の鼓動が速くなっていく。頬が熱い。もしかしたら今、真っ赤かもしれない。
「今の俺は王子でもなんでもないけど」
膝の上に置いていた手を一ノ瀬の大きな手に掬いとられる。
「これからも俺と一緒にいてほしい」
煌びやかな告白じゃないのかもしれない。けれど、それは私にとってはとびきり甘い告白に聞こえた。
「……うん。一緒にいたい」
手の甲に軽く口付けをされて、まるで誓いのようだった。滑るように一ノ瀬の指が絡んで、手の平がぴったりと重なる。ぐっと手を引っ張られて、前かがみになるとごく自然と唇が触れ合った。
すぐに顔が離れて視線が交わると、熱っぽい眼差しに変わった一ノ瀬に再び唇を奪われる。
頬や首筋、鎖骨に溢れんばかりの熱いキスが降ってくる。一ノ瀬の手を握りながら、耳元で囁くように想いを告げた。
「好きだよ」
この手を離したくない。私は彼を、一ノ瀬を誰よりも恋しく想ってる。
***
恋人になっても私と一ノ瀬は相変わらず口喧嘩もよくする。今も一ノ瀬の家で明日のデートはどこにするかでもめているところだ。
二人がけのソファに座って、向かい合いながら自分の行きたい場所を主張する。
「水族館!」
「それ、前も行っただろ! 動物園でいいじゃん」
「カエルいるから嫌だ!」
「別にカエルは素通りすればいいだろ。俺はホワイトタイガーが見たいんだ!」
今度は別の水族館に行きたいと主張する私と、子どもの頃以来行っていないという動物園に行きたいという一ノ瀬。行きたいと言っている動物園を調べてみると、カエルを発見してしまったので私としては苦手なカエルを見ることすら嫌なので断固拒否だ。
「動物園は嫌!」
「てか、水族館もカエルいるとこあるだろ」
「そ、そうかも?」
前に行った水族館では見落としていただけかもしれない。そうだ、カエルって動物園よりも水族館の方がいる可能性高いのかもしれない。
「じゃ、プラネタリウム。星座の話、俺結構好き」
「一ノ瀬って意外とロマンチストだよね」
「うっせ」
会社だと落ち着いている一ノ瀬だけど、プライベートだとロマンチックな部分や、子どもみたいにはしゃぐ瞬間が時々ある。あとはテレビとかで猫特集やってると食いつくところが可愛い。
「お前、さっきから文句ばっかりだな」
「だって」
「どうせ口では俺に勝てねぇんだから」
「は? なん……っ!」
言い返そうとした瞬間、不意打ちのキス。
「な? 勝てないだろ」
ニッと歯を見せていたずらっ子のような無邪気な笑みを浮かべる一ノ瀬にすっかり毒気を抜かれてしまった。こういうの本当ずるい。
「で、行き先は」
「……プラネタリウムにしてあげる」
いつか私の前世の記憶は消えていくのだろうか。それともこのままずっと残っていくのかもしれない。たとえ、いつかこの前世の記憶が消えてしまったとしても、一ノ瀬を好きというこの気持ちが消えることはないと信じている。
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