素直になれない君が好き

うり

文字の大きさ
3 / 19

3

しおりを挟む


 姫だった記憶を持っていても、今の私はせっせと資料を会議室に運ばなくてはいけない。これが私の現実なのだ。

 前世の私が傲慢な性格じゃなくってよかったとつくづく思う。これで『姫である私にこのようなことをさせる気なの!?』なんていう高飛車だったら、現代で一般人の私は働けていたかわからない。それで前世が姫だったとか言い出していたら、中二病に思われてしまいそうだ。

 今はとにかくこの資料運んだらお茶の準備しないと。確か今日は六人だ。メンバーを頭に思い浮かべながら、お茶よりもコーヒーを好む人が多そうなので、コーヒーのセットを準備しようと考えながら会議室へと足を進めていく。

 けれど、抱えている資料によって両手がふさがっていて会議室のドアを開けられそうもない。一旦床に置くしかないかな。なんて考えていると、会議室のドアがタイミングよく開いた。


「重そうだな、持とうか?」
 ちょっと笑いながら言ってくる一ノ瀬に、目を細める。

「大丈夫です!」
「小さいからぺっしゃんこに潰れるぞ」
「そこまで小さくない!」
「小さい自覚はあるんだな」

 こんなことを言いながらも、ドアをわざわざ開けてくれたのはわかっている。

「小さいのかわいいと思うけどな」
「はいはい、どうも」
「お前なぁ、少しくらい照れろよ」
「はいはい、どうも」

 一ノ瀬は意地悪を言ったり、からかってくることも多いけれど、こうやってさりげなく助けてくれる。先日ファイルを取ってくれた時だって、届かない私が見えたからわざわざ来てくれたのだろう。

 抱えていた資料をテーブルに置いて、少し文字が残っているホワイトボードを綺麗に消していく。

 会議には一ノ瀬も出席する。今日の会議は販促開発室の一ノ瀬のいる企画チームと、私のいる宣伝チーム。各チームから三人ずつ参加し、合計六人での会議だ。今回は一ノ瀬が企画したイベントが採用されることになったらしい。悔しいけれど、一ノ瀬は発想がよく、気もきくので仕事を一緒にしやすいのだ。


「一ノ瀬」
「んー?」
「……ありがとう」

 背を向けたまま、ぎこちない一言を口にする。アルフォンスのことがあって、普段はなかなか素直に会話ができないけれど、一ノ瀬にはさりげなく助けられることも多い。なのでお礼くらいはきちんと伝えておきたい。


『アルフォンス、』
 ずきりとこめかみ辺りが痛む。アルフォンスにも、なにかお礼を言ったことあったような、なかったような……なんだかこれは曖昧だ。


「どういたしまして」

 いつになく優しい声だった。今、一ノ瀬はどんな顔をしているのだろう。確認するのが少し怖くて、振り返ることができない。

 私は間違っているのだろうか。一ノ瀬とアルフォンスを同じ人として、扱ってしまうべきではないのかもしれない。だけど、記憶は簡単に消えるものでもなくて、どうしてもダメなのだ。
 たとえ、一ノ瀬が前世の記憶が全くなかったとしても、私には前世のアルフォンスに対する記憶がある。子どもじみた独占欲で、お兄様をとられたくなくて、アルフォンスを敵視していた。愚かなソフィア。一ノ瀬が本当にいい人だとしても、彼だけはダメだ。確実に覚えている〝ある記憶〟が私の中に存在する限り。

 振り返ると一ノ瀬はもうそこにはいなかった。


***

 会議は一ノ瀬中心で行われた。説明の仕方が上手く、どういったターゲット層に向けて宣伝をしたらいいのか私たち宣伝チームもやるべきことのイメージがつきやすい。そのため大きな変更点などもなく、会議はスムーズに進んだ。
 
 予定通りの時刻できっちりと会議が終わり、残ってホワイトボードを綺麗に消していると後ろで物音がした。振り返ると、すでにいなくなったと思っていた一ノ瀬が紙コップをまとめている。


「星野、資料助かった」
「え?」
「あれなかったらちょっと困ったから、用意してくれててすげー助かった」

 お礼を言われるとは予想外だったので、思考が一時停止してしまった。

「そ、そうなの……?」
「星野って、意外と頼りになるんだなって初めて思った」
「……一言余計なんですけど」

 やっぱり一ノ瀬は一言余計な一ノ瀬だった。はあっとため息を吐いて、ホワイトボードの残りの文字を消していく。

「俺はいつだってちょっとだけ余計なんだよ」
「それを自信満々に言うことじゃない。かっこ悪い」

 なんで私、現世でも一ノ瀬と出会ってしまったのだろう。記憶がなければ、私の一ノ瀬に対する感情は確実に違っていた。けれど、こうして前世の記憶がある状態でおまれ変わって巡り合ったということは、あのことが原因なのだろうか。

 会議が終わったことによって緊張の糸が切れて、甘いものが欲しくなってきた。デスク戻ったら、おやつのどら焼き食べよう。前世にはどら焼きはなかったけれど、甘味としてあんこみたいなものはあった。それを焼きたてのパンに塗って食べるのが好きで、お兄様と一緒にそれを食べることが私の楽しみだった。


『ソフィアは本当に甘いものが大好きなんだね』

 笑顔で言うお兄様が懐かしい。
 今思うとかなりのブラコンだったけれど、あの頃の私にとってお兄様は尊敬する人で自慢だった。いつかは嫁に行き、自国を出なければならないというのはわかっていたけれど、その日を迎えるまではお兄様の傍にいたかった。

  お兄様を思い出して一瞬幸せな気持ちになった後、彼のことも思い出してしまう。
  隣国の王子のアルフォンスは弟のクレールを連れて、なにかと理由をつけて城を抜け出しては遊びに来ていた。お兄様との幸福のティータイムを邪魔してくるので、私としてはアルフォンスの来訪はいい思い出は少ない。しかも、お土産と言ってふざけて渡してくるのはカエルや毛虫。

 私の頭に手を置いて身長を止めようとしてきたり、お兄様に憧れて剣の訓練をしていたら私の剣筋を見て『もしかして、寝起きか? 目が覚めてからやらねーと、あぶねーぞ』なんて言って、笑いながら小馬鹿にしてきたこともある。思い出すだけで腹立たしい。

 悔しいけど、口は悪いし意地悪だけど、アルフォンスは人を惹きつける力を持っていて、彼を慕っている人が多かった。それは、あの頃の私もわかっていた。



「星野」

 名前を呼ばれて、一気に現実に引き戻される。気をぬくとうっかり前世にトリップしてしまうから気をつけないといけない。

「なに?」

 深呼吸をして心を落ち着かせた後、振り返らずに一言だけ返した。

「そういえば、デートどこ行く?」
「恐ろしい計画を当然のように立てないで」

 いつも通りの一ノ瀬のノリに呆れつつ、私もいつも通りの調子で返す。

「一ノ瀬なら相手いくらでもいるでしょ」
「星野は相手がいなさそうだな」
「余計なお世話なんですが」

 この男はデリカシーというものがないのだろうか。というか、本気で私のことをデートに誘っていたらこんな失礼なこと言ってこないと思う。


「俺のこと頑なに嫌がるのはなんで?」
「逆にそんなに誘ってくるのはなんで?」
「質問返しすんなよ」

 私たちは気が合わない。前世でも現世でもそこは変わらない。決して交わることなんてないんだ。


「星野、こっち向いて」

 腕を掴まれて、無理やりに振り向かされた。

「え、ちょ……」

 私よりも二十センチ以上は高い一ノ瀬を見上げると、向けられた切なげな瞳に狼狽えた。

「俺のこと、そんなに嫌?」
「それ、は……」
「俺、気づかないうちに星野になんかした?」

 どう答えればいいのかわからない。一ノ瀬に前世の記憶がなかったら私の言っていることなんてわけわからないので、打ち明けたてもただの痛い女だって思われるかもしれない。そんなことを考えている私は、まるで一ノ瀬に嫌われたくないみたいで、ますます困惑してしまう。

「あのさ、星野」
「な、に」

 息を飲み、彼の唇から紡がれる言葉に身構える。

「あの夜のこと、なかったことにすんなよ」
「え……」

 一ノ瀬が真剣な表情なので、言葉に詰まってしまう。どういった意図で言っているのだろう。

「俺のこと、ヤリ捨てる気?」
「なっ、だ、だってあれはお酒の勢いでしょ!」
「ふーん。星野はそう思ってんだ?」

 まるで一ノ瀬は勢いではなかったような言い方だ。あれはどう思い返しても、一ノ瀬だって酔っていたはずなのに。

「顔赤いけど」
「う、うるさい!」

 にやりと笑われて、そして耳元で囁かれる。

「なに思い出してんだよ」

 卑猥なことなんて考えていなかったのに、肯定するかのように頬の熱が上昇していくのを感じた。たぶんこれは揶揄われている。睨みつけると、一ノ瀬は楽しげに目を細めて「また今度誘う」と会議室から出て行った。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

恋は襟を正してから-鬼上司の不器用な愛-

プリオネ
恋愛
 せっかくホワイト企業に転職したのに、配属先は「漆黒」と噂される第一営業所だった芦尾梨子。待ち受けていたのは、大勢の前で怒鳴りつけてくるような鬼上司、獄谷衿。だが梨子には、前職で培ったパワハラ耐性と、ある"処世術"があった。2つの武器を手に、梨子は彼の厳しい指導にもたくましく食らいついていった。  ある日、梨子は獄谷に叱責された直後に彼自身のミスに気付く。助け舟を出すも、まさかのダブルミスで恥の上塗りをさせてしまう。責任を感じる梨子だったが、獄谷は意外な反応を見せた。そしてそれを境に、彼の態度が柔らかくなり始める。その不器用すぎるアプローチに、梨子も次第に惹かれていくのであった──。  恋心を隠してるけど全部滲み出ちゃってる系鬼上司と、全部気付いてるけど部下として接する新入社員が織りなす、じれじれオフィスラブ。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

溺愛のフリから2年後は。

橘しづき
恋愛
 岡部愛理は、ぱっと見クールビューティーな女性だが、中身はビールと漫画、ゲームが大好き。恋愛は昔に何度か失敗してから、もうするつもりはない。    そんな愛理には幼馴染がいる。羽柴湊斗は小学校に上がる前から仲がよく、いまだに二人で飲んだりする仲だ。実は2年前から、湊斗と愛理は付き合っていることになっている。親からの圧力などに耐えられず、酔った勢いでついた嘘だった。    でも2年も経てば、今度は結婚を促される。さて、そろそろ偽装恋人も終わりにしなければ、と愛理は思っているのだが……?

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

【完結】あなた専属になります―借金OLは副社長の「専属」にされた―

七転び八起き
恋愛
『借金を返済する為に働いていたラウンジに現れたのは、勤務先の副社長だった。 彼から出された取引、それは『専属』になる事だった。』 実家の借金返済のため、昼は会社員、夜はラウンジ嬢として働く優美。 ある夜、一人でグラスを傾ける謎めいた男性客に指名される。 口数は少ないけれど、なぜか心に残る人だった。 「また来る」 そう言い残して去った彼。 しかし翌日、会社に現れたのは、なんと店に来た彼で、勤務先の副社長の河内だった。 「俺専属の嬢になって欲しい」 ラウンジで働いている事を秘密にする代わりに出された取引。 突然の取引提案に戸惑う優美。 しかし借金に追われる現状では、断る選択肢はなかった。 恋愛経験ゼロの優美と、完璧に見えて不器用な副社長。 立場も境遇も違う二人が紡ぐラブストーリー。

エリート役員は空飛ぶ天使を溺愛したくてたまらない

如月 そら
恋愛
「二度目は偶然だが、三度目は必然だ。三度目がないことを願っているよ」 (三度目はないからっ!) ──そう心で叫んだはずなのに目の前のエリート役員から逃げられない! 「俺と君が出会ったのはつまり必然だ」 倉木莉桜(くらきりお)は大手エアラインで日々奮闘する客室乗務員だ。 ある日、自社の機体を製造している五十里重工の重役がトラブルから莉桜を救ってくれる。 それで彼との関係は終わったと思っていたのに!? エリート役員からの溺れそうな溺愛に戸惑うばかり。 客室乗務員(CA)倉木莉桜 × 五十里重工(取締役部長)五十里武尊 『空が好き』という共通点を持つ二人の恋の行方は……

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜

ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。 そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、 理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。 しかも理樹には婚約者がいたのである。 全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。 二人は結婚出来るのであろうか。

隣人はクールな同期でした。

氷萌
恋愛
それなりに有名な出版会社に入社して早6年。 30歳を前にして 未婚で恋人もいないけれど。 マンションの隣に住む同期の男と 酒を酌み交わす日々。 心許すアイツとは ”同期以上、恋人未満―――” 1度は愛した元カレと再会し心を搔き乱され 恋敵の幼馴染には刃を向けられる。 広報部所属 ●七星 セツナ●-Setuna Nanase-(29歳) 編集部所属 副編集長 ●煌月 ジン●-Jin Kouduki-(29歳) 本当に好きな人は…誰? 己の気持ちに向き合う最後の恋。 “ただの恋愛物語”ってだけじゃない 命と、人との 向き合うという事。 現実に、なさそうな だけどちょっとあり得るかもしれない 複雑に絡み合う人間模様を描いた 等身大のラブストーリー。

処理中です...