暴君みたいな女の魔手から俺がこの先生き残るには

水無月14

文字の大きさ
6 / 19

マイマザーとマイダッド

しおりを挟む
 「息子よ。上靴で踏まれたような頬の痣はなんだ? まさかイジメ……」
 「隣の家のハルカさんにやられました」
 「またまた。あんないい子がそんなことするはずないじゃない」
 「母さんはハルカのことを美化し過ぎなんだよ。何も分かっちゃいない」
 「そうかしら?」
 「そうだよ」
 ハルカ信者のマイマザーはあくまでハルカ側の人間。
 五分に戦うのならば、マイダッドを味方に抱きこむ必要がある。
 「なんかハルカちゃんは昔から小悪魔的な部分があるからなぁ……」
 「さすがは父さん! 分かってらっしゃる!」
 「これだけは言っとくが、あの子と結婚するのなら尻に敷かれるのを覚悟しておけよ。経験者の俺が言うんだから間違いない」
 遠い過去を懐かしむような顔をしてマイダットはそう言った。
 漂う走狗としての風格。やはり経験者は違う。
 父の轍を踏まない。心の中でそう誓った俺は無意識のうちに胸に手を当てた。
 「経験者……? それはどういう意味かしら?」
 「いや、特に深い意味なんてないよ……」
 マイマザーに威圧されてあからさまに怯むマイダッド。
 その姿はいたずらした犬がご主人様に怒られている風にしか見えない。
 ここで流れを変えないと父は為す術もなく再び母の走狗に成り下がるだろう。
 仕方がないのでマイダッドに助け舟を出すことにした。
 「そういえば昔の母さんってどんな感じだったの?」
 「昔の私?」
 「いや、父さんに聞いてるんだけど……」
 食事中にする話かはどうかは置いといて以前からなんとなく気になっていた。
 職場結婚だというのは知ってたが、それ以外のことはほとんど何も知らない。
 マイマザーは恥ずかしがってそういった話を誤魔化すタイプだったので、ここは父にダイレクトアタックして母を牽制する。これで流れが変わると信じたい。
 「昔は涎が出るぐらいの美人だった」
 「ふーん、昔はね……?」
 「いえ、今でも充分にお美しゅうございます」
 「ちょっと、母さん。横槍入れるのは後にしてくれよ」
 マイマザーには席を外してもらいたかったが、当の本人は聞く気満々といったご様子。おそらくはマイダッドが余計なことを言わないよう監視の意味合いがあるのだろう。
 その所為か場の空気は少しピリピリしているように感じた。
 「一言でいうならバリバリのキャリアウーマンだったな。美人で愛嬌があって頭がキレる。当時は今と違って男尊女卑の文化が強かったから実力相応の出世こそできなかったものの、周囲はみんな認めてた。もちろん俺もな」
 「へえー……すごかったんだ」
 「すごいなんてもんじゃないぞ。俺と結婚してお前を妊娠して寿退社するまでの営業成績は全国どの営業所をも抑えてダントツのトップ。それが今なお更新されてないってんだ。仮に復職するのならどのポストでもつけてもらえるだろうよ」
 初めて知った母の社会的な評価。それを聞いて驚かなかったと言えば嘘になる。
 俺が知ってるのは、普段はだらしなくソファーに寝転がって煎餅をカジりながら昼ドラを見る痩せてるトドみたいな姿だけだ。
 ゆえに解せない。どうしてそうなったのか。
 「なんでそんなすごい人と父さんが結婚したんだ?」
 「そりゃ、俺が男前だったからに決まってるだろう」
 「あー……そう」
 「うそうそ。真面目に話すからゴミを見るような目でみるのはやめてくれ」
 あながち嘘は言ってないと思うがウザいとは思った。
 マイダッドは俺の表情から瞬時にそれを察したのか慌ててそう取り繕う。
 「きっかけはとある部門の新規開拓の時だ。今思えば大仕事だった。なんせ同業他社に大きく遅れをとっていたからな。そこで最初に大口契約をとってきたのが母さん、次に俺だった。俺も母さんも当時は若くてな。お互い競り合うように契約合戦している間に気付けば敵対しながらも信頼し合う関係になっていた。それからしばらくして俺の方からプロポーズして結婚って流れだ」
 予想以上にドラマチックな二人の馴れ初め――。
 話を聞く分では恋愛映画やドラマ並のカッコよさだが、今はもう見る影もない。
 ……どうしてこうなった?
 「同僚には悪いが正直勝ったと思ったね。なんせあの頃の母さん……美咲(みさき)は滅茶苦茶モテた。俺もたまにデートに誘われることがあるが、俺の比なんてものじゃなかったぞ。会社員時代の美咲の誕生日会は盛大で――――……」
 「ちょっと待って、あなた」
 「なんだい? マイハニー」
 「たまにデートに誘われるってどうことかしら? 詳しく聞かせてもらえる?」
 「……ん? あッ!? しまっ――――――ッ!?」
 母からの指摘を受けて我に返ったのか、見る見る青ざめるマイダッドの顔色。
 凍てつく場の空気は俺に消えろと囁いていた。
 「さてと、そろそろ宿題をする時間だ。続きはまた今度聞かせてもらうよ」
 「それなら俺が教えてやろう! たまには家族のコミュニケーションも必要だろうしな!」
 「アナタは私と話し合うことがあるでしょう?」
 魔王のようなオーラを纏いし母に肩を掴まれその場に留まることを与儀なくされた父は顔面蒼白で震えていたが、俺に父を救えるだけの力はなかった。
 「ありがとう父さん。でも、勉強はまた今度教えてよ」
 「たのむ……見捨てないでくれ……」
 「灯馬は勉強頑張ってね」
 「了解!」
 母の満面の笑みは噴火直前の火山といったところか。
 俺はリビングの扉を静かに閉めると急ぎ自室へと避難を開始する。

 「それにはわけが……ぎゃあああああああああああああああああああッ」

 階段を昇ってすぐに聞こえてきた父の悲鳴――。
 俺は嵐が過ぎ去るのを待つ羊のように小刻みに震えることしかできなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

俺の可愛い幼馴染

SHIN
恋愛
俺に微笑みかける少女の後ろで、泣きそうな顔でこちらを見ているのは、可愛い可愛い幼馴染。 ある日二人だけの秘密の場所で彼女に告げられたのは……。 連載の気分転換に執筆しているので鈍いです。おおらかな気分で読んでくれると嬉しいです。 感想もご自由にどうぞ。 ただし、作者は木綿豆腐メンタルです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました

専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...