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プロローグ
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空を覆う分厚く昏い雲の下、鉄と鉄ぶつかり合う鈍い破砕音をたて、鋼の巨人が宙を舞った。巨人といってもそれは意思を持たない、人間の手で作られた鋼鉄製の機械の人形。かつてその強大な力で地上を支配していた鋼魔の種族を滅ぼした地上最強の兵器。
レヴォグラディオ。それがかの巨人兵器の名だ。
しかし、宙を舞った巨人にはお世辞にも最強と呼ばれるような面影はなく、装甲は歪み四肢はひしゃげ、その胴体はかろうじて下半身と上半身を繋いでいる。もしこの機体に搭乗員などいようものなら既に命はないだろう。
巨人は十メートルほどの飛行を終えると、けたたましい轟音と土埃を上げ地に倒れ伏した。そして言うまでもなくその巨人が再び地を踏みその足で立ち上がることはなかった。
もちろん高さ十メートルを超える鋼鉄製の巨人が何もない場所で宙を舞い大破するなどということはありえない。倒れた巨人の飛んできた方向、そこに『原因』が立っていた。
それは、破壊されたと同じく鋼の巨人、レヴォグラディオ。しかし、その機体は破壊されたものに比べ一回り大きく、浅黄色の分厚い鎧に身を包んでいる。その手には先の巨人を粉砕したであろう大鎚が握られ、鈍い輝きを放っている。
浅黄色の機体色の巨人は再び武器を構えると次の獲物をめがけ、その巨体に見合わぬ速度で地を蹴った。
みれば浅黄色の巨人の前には数多の巨人が群がっている。しかし、それらを物ともせずに巨大な鎚が鋼の装甲を砕いていき、その影が通り過ぎた後には、破壊された巨人の四肢が、胴が、頭が、瞬く間に戦場に積みあがっていく。
数的には絶対的に不利な状況の中、浅黄色の鎧を纏った巨人は一歩も引かずに奮戦していた。しかし、やはり数という暴力は否が応でも戦力に差をつける。もし、かの巨人が単身であったならば、いくら装甲が分厚く頑丈と言えども時間がそれを削り切っていたことだろう。
だが、群がる巨人たちに刃向かう影は一つではなかった。戦場では、計七機の巨人が迫り来る無数の敵を押しとどめていた。
「生きてるかお前らァッ!」
目の前の獲物を粉砕した浅黄色の機体の拡声器から野太い男の声が戦場に響く。
「誰にもの言ってんだぁッ? こんな楽しい祭りッ、早々にくたばって、たまるかってんだいッ!」
隣で別の巨人の胴体を拳で貫いていた赤い機体から若い女性の荒っぽく、それでいて楽しそうな声が上がる。
「他人の心配してねぇで自分の心配しやがれ、この髭ダルマァッ! あとてめぇはもう少し緊張感を持てってんだッ!」
大剣を振り抜き獲物を両断した紫色の機体から、苛立ちの混じる青年の声が乱暴に生存を主張した。
「戦場の只中だというのに喧嘩とは……。いやはや呆れを通り越して笑えるね、まったく。まぁ、しかし、少しばかりしんどいね、これは……」
後方で空の薬莢を捨て新しいものを装填する深緑の機体が戦場を見渡してぼやく。彼の視界の先は一面を敵の機体で埋め尽くされ、それらは荒れ狂う濁流のようにこちらに進行してきていた。
確かに、この敵の数は本来ならたった七機でどうにかなるものではない。むしろ、現在までこの戦線を維持できているのが不思議なくらいだ。それもこれもやはり、ほかならぬこの七機、いや七人でしか実現しえない結果なのだが。
「それでも、私たちがここで頑張らないと、国のみんなが……!」
「あぁ、そうだ。ここが突破されれば祖国は愚か大陸、いや、人類そのものが滅びかねない。だからなんとしてもここでこいつらを殲滅するッ!」
小さく灯った不安の火種を吹き消すかのように柔らかく、それでいて決意に満ちた鈴の音のように澄んだ声が響き、白い機体が槍を振るう。そして、それに呼応する様に長剣と盾を構えた青い機体から若い女性の僅かに怒りを孕んだ声が勇んだ。
そうして活を入れ、気合を顕にした仲間を見渡し、黒鉄色の機体の操縦席に座った青年は思わず口角を吊り上げた。正直、青年に笑う余裕など何処にもなかった。しかし、一向に諦めの兆しを見せない仲間たちを見ていると、胸の底から根拠のない自信がふつふつと湧き上がり、自然に頬を緩ませるのだ。
「そうだ、俺たちは負けられない……」
青年は笑いながら小さく呟き、機体に長剣を構えさせる。
「守らなきゃならない人たちがいる。守ると誓った約束があるッ!」
どこからともなく溢れてくる際限のない心の昂りとともに、声にも力が籠っていく。
「___約束して……必ず、生きて戻ってくると……」
青年の脳裏に、遥か後方に残してきた少女の涙交じりの笑顔が浮かぶ。それは青年の戦意を最高潮に昂らせるに十分であった。
胸に埋め込まれた鋼の心臓が高鳴る。
青年はありったけの力を込めた声を張り上げる。
「ここからは一機たりとも後ろへは通さないッ! 俺たちの手でこいつらを残らず駆逐する! そして絶対に……絶対に全員で生きて帰るんだッ!」
飛ばされた檄に、各機が勇ましく応え、それぞれの思いを胸に絶望的な闘いに身を投じていく。
青年もまた武器を構え、荒波の様な鋼鉄の軍勢に真直ぐ斬り込んでいく。
果たされることのない約束を胸に抱いて。
レヴォグラディオ。それがかの巨人兵器の名だ。
しかし、宙を舞った巨人にはお世辞にも最強と呼ばれるような面影はなく、装甲は歪み四肢はひしゃげ、その胴体はかろうじて下半身と上半身を繋いでいる。もしこの機体に搭乗員などいようものなら既に命はないだろう。
巨人は十メートルほどの飛行を終えると、けたたましい轟音と土埃を上げ地に倒れ伏した。そして言うまでもなくその巨人が再び地を踏みその足で立ち上がることはなかった。
もちろん高さ十メートルを超える鋼鉄製の巨人が何もない場所で宙を舞い大破するなどということはありえない。倒れた巨人の飛んできた方向、そこに『原因』が立っていた。
それは、破壊されたと同じく鋼の巨人、レヴォグラディオ。しかし、その機体は破壊されたものに比べ一回り大きく、浅黄色の分厚い鎧に身を包んでいる。その手には先の巨人を粉砕したであろう大鎚が握られ、鈍い輝きを放っている。
浅黄色の機体色の巨人は再び武器を構えると次の獲物をめがけ、その巨体に見合わぬ速度で地を蹴った。
みれば浅黄色の巨人の前には数多の巨人が群がっている。しかし、それらを物ともせずに巨大な鎚が鋼の装甲を砕いていき、その影が通り過ぎた後には、破壊された巨人の四肢が、胴が、頭が、瞬く間に戦場に積みあがっていく。
数的には絶対的に不利な状況の中、浅黄色の鎧を纏った巨人は一歩も引かずに奮戦していた。しかし、やはり数という暴力は否が応でも戦力に差をつける。もし、かの巨人が単身であったならば、いくら装甲が分厚く頑丈と言えども時間がそれを削り切っていたことだろう。
だが、群がる巨人たちに刃向かう影は一つではなかった。戦場では、計七機の巨人が迫り来る無数の敵を押しとどめていた。
「生きてるかお前らァッ!」
目の前の獲物を粉砕した浅黄色の機体の拡声器から野太い男の声が戦場に響く。
「誰にもの言ってんだぁッ? こんな楽しい祭りッ、早々にくたばって、たまるかってんだいッ!」
隣で別の巨人の胴体を拳で貫いていた赤い機体から若い女性の荒っぽく、それでいて楽しそうな声が上がる。
「他人の心配してねぇで自分の心配しやがれ、この髭ダルマァッ! あとてめぇはもう少し緊張感を持てってんだッ!」
大剣を振り抜き獲物を両断した紫色の機体から、苛立ちの混じる青年の声が乱暴に生存を主張した。
「戦場の只中だというのに喧嘩とは……。いやはや呆れを通り越して笑えるね、まったく。まぁ、しかし、少しばかりしんどいね、これは……」
後方で空の薬莢を捨て新しいものを装填する深緑の機体が戦場を見渡してぼやく。彼の視界の先は一面を敵の機体で埋め尽くされ、それらは荒れ狂う濁流のようにこちらに進行してきていた。
確かに、この敵の数は本来ならたった七機でどうにかなるものではない。むしろ、現在までこの戦線を維持できているのが不思議なくらいだ。それもこれもやはり、ほかならぬこの七機、いや七人でしか実現しえない結果なのだが。
「それでも、私たちがここで頑張らないと、国のみんなが……!」
「あぁ、そうだ。ここが突破されれば祖国は愚か大陸、いや、人類そのものが滅びかねない。だからなんとしてもここでこいつらを殲滅するッ!」
小さく灯った不安の火種を吹き消すかのように柔らかく、それでいて決意に満ちた鈴の音のように澄んだ声が響き、白い機体が槍を振るう。そして、それに呼応する様に長剣と盾を構えた青い機体から若い女性の僅かに怒りを孕んだ声が勇んだ。
そうして活を入れ、気合を顕にした仲間を見渡し、黒鉄色の機体の操縦席に座った青年は思わず口角を吊り上げた。正直、青年に笑う余裕など何処にもなかった。しかし、一向に諦めの兆しを見せない仲間たちを見ていると、胸の底から根拠のない自信がふつふつと湧き上がり、自然に頬を緩ませるのだ。
「そうだ、俺たちは負けられない……」
青年は笑いながら小さく呟き、機体に長剣を構えさせる。
「守らなきゃならない人たちがいる。守ると誓った約束があるッ!」
どこからともなく溢れてくる際限のない心の昂りとともに、声にも力が籠っていく。
「___約束して……必ず、生きて戻ってくると……」
青年の脳裏に、遥か後方に残してきた少女の涙交じりの笑顔が浮かぶ。それは青年の戦意を最高潮に昂らせるに十分であった。
胸に埋め込まれた鋼の心臓が高鳴る。
青年はありったけの力を込めた声を張り上げる。
「ここからは一機たりとも後ろへは通さないッ! 俺たちの手でこいつらを残らず駆逐する! そして絶対に……絶対に全員で生きて帰るんだッ!」
飛ばされた檄に、各機が勇ましく応え、それぞれの思いを胸に絶望的な闘いに身を投じていく。
青年もまた武器を構え、荒波の様な鋼鉄の軍勢に真直ぐ斬り込んでいく。
果たされることのない約束を胸に抱いて。
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