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迎えた二週間後の日曜日。
スターチャート養成所前の桜並木は、つい先日まで満開の淡いピンク色で埋め尽くされていたが、まるで幻だったかのように今では葉桜となっていった。
地面には散ってしまった花びらがまだ残っていたが、朝日に照らされた葉桜は青々と輝いていた。
(Tシャツだけだと、まだ寒いかな……)
璃玖はレッスン着のTシャツに、白に近い薄い藍色をしたお気に入りのパーカーを羽織って、養成所のロッカールームを後にする。
日中は気温も上がり暖かい日が続くようになったが、まだまだ朝晩は冷え込み、普段は空調で温度が一定に保たれている養成所も、休日の朝のせいか、ロッカールームを出た地下の廊下はとても肌寒かった。
しかし、そんな肌寒い気温とは反対に、璃玖は胸が高鳴って、いつもより自分の体温が高い気がした。
高まる気持ちを抑えつつ、待ち合わせをしていたスタジオの扉を開けると、一樹が座りながらストレッチをしているところだった。
「おはよー。璃玖」
璃玖の到着に気が付くと、一樹は座ったまま、璃玖に向かって全身で大きく手を振った。
「おはよー。あれ? 僕、遅かった?」
慌てて璃玖は壁に掛かった時計を見ると、待ち合わせの八時より十分ほど前だった。
「違う、違う。俺が楽しみで早く来ちゃっただけ」
「そっ、そっか。遅刻したのかと思って焦ったよ」
(楽しみにしてくれてたんだ)
璃玖は嬉しくなり、手に持っていた水筒とタオルを入口近くの隅っこに置くと、急ぎ足で一樹に駆け寄った。
「でっ、でっ! 曲は完成した?」
黙っていれば大人びた印象の一樹が、まるで子供のように目を輝かせながら質問をしてくる。
璃玖はついついそんな一樹の姿が可愛いと思ってしまいながらも、一樹の向かい側にちょこんと座った。
「とりあえず、ピアノの音を録音してきたんだけど……。それでもいいかな?」
手に持っていたICレコーダーを、璃玖は一樹に差し出した。
「すげー! 聴かせて、聴かせて!」
璃玖は少々照れながら、父に借りたICレコーダーの再生ボタンを押した。
ICレコーダーから流れた曲は、アップテンポながらも優しい曲調だった。
一樹はそのまま一言も喋らず、そっと目を瞑り、璃玖の作った曲に耳を研ぎ澄ました。
そんな一樹の真剣な様子を、璃玖は緊張しながら見つめた。
「どう、かな……?」
曲が終わると、璃玖は恐る恐る一樹に感想を聞いてみる。
「うーん……」
一樹は何かに悩んでいるようかのように、目を瞑ったまま腕を組み、首を傾げた。
璃玖には一樹のその仕草が、曲が期待以下だったため感想に困っているように見えて、思わず俯いてしまう。
「ごめん……。せっかく、期待してくれたのに……。やっぱり、僕じゃダメだったよね……」
一樹が目を開けると、目の前に座っている璃玖が明らかに落ち込んでいる様子に慌ててしまう。
「あっ! ごめん、ごめんっ。違うんだ。ちょっと、考えてて」
「考える……?」
「そう。なんていうか……。この曲って俺にぴったり……というより、合わせてる?」
「えっ、すごい……! なんでわかったの?」
一樹の的を射た感想に璃玖は驚き、目を丸くする。
「なんとなく、テンポとか曲調が、俺が得意なステップやターンが入れやすくなっている気がして……」
「ほんと? ちゃんと、そんな感じにできてる?」
「あっ、やっぱりそうなんだ。うん、この曲すげぇ好き。曲を聴いているだけで振り付けが浮かんでくる……」
「やった! 負けないで、一樹のレッスンを見学した甲斐があったよ」
「負けないで?」
「あっ、ううん。こっちの話……」
(実は、伊織君がすごい顔で睨んでいたんだよね……)
曲作りのため、璃玖は一樹のレッスンの見学をしに行った。
その時、手を振ってくれた一樹の横に立っていた伊織が鬼のような形相で睨んでいたことを、璃玖は今でも忘れられない。
一樹と伊織は研修生になる前から有名なダンススクールに一緒に通っていて、半年ほど前、二人一緒に合格したと一樹から聞いていた。
そんな二人は入所して半年にも関わらず、ダンスが誰よりも上手く、上級クラスにも引けを取らない実力だった。
「一樹のダンスって、すっごくカッコイイよねっ。僕、この曲作っている間、一樹のことをずっと考えていたんだ。どうやったら、もっと一樹のカッコイイ姿が見られるかなって」
「俺のこと……ずっと考えてたのか?」
「うんっ!」
屈託のない笑顔で言う璃玖の素直な返事に、一樹は恥ずかしくなり、璃玖から顔を逸らしてしまう。
「えっ、どうしたの?」
一樹の様子に、璃玖は首を傾げてしまう。
同年代にしては少しあどけない璃玖の仕草に、一樹はつい可愛いと思ってしまい、その感情を隠すように自分の顔を片手で覆い隠した。
「それって、わざと……じゃないんだよなー。璃玖の場合」
「えっ? 何が?」
「いや……。気にしないで」
「そう? あ、あとね。僕、一樹のこと考えているの、すっごく幸せだったんだよ」
璃玖は少し長めの前髪の隙間から、黒くクリっとした瞳で真っすぐ一樹を見つめ、本当に幸せそうな顔で笑った。
「無自覚……か」
一樹は呆れるように溜め息をついて、首を横に振った。
「まあ、いいや。それよりこの曲、すげぇイイ曲だよ。特にサビの部分がまさに俺が踊りたいって感じの曲だよ」
一樹は気を取り直して何度もICレコーダーのリピートボタンを押し、曲を聴き返した。
「ここにあのターンを入れて。いや、せっかくなら……」
頭の中で振り付けの構想を練っているようで、璃玖には一樹がとても楽しそうにしているように見え、自分も嬉しくなった。
「ありがとう。気に入ってくれて嬉しいよ」
「いや、本当にすごいよ。そういえば、この曲って歌詞はまだないのか?」
「実は……。できてはいるんだけど……。その……。自分の歌を録音するのが恥ずかしくて……」
自分で演奏したピアノの音だけならまだしも、自分の歌声を録音するのは、璃玖には恥ずかしくてできなかった。
「なんだ。じゃあ、ここで聴かせてよ」
「えっ? ここで?」
「うん。いいじゃん、ここには俺しかいないんだし」
「そうだけど……。でも……。下手でも笑わない?」
「笑わない。それに璃玖は下手じゃないこともちゃんと知ってる。俺は曲だけじゃなくて、璃玖の歌声もすごく好きなんだ。だから、俺にだけ聴かせてよ」
「う、うん……。わかったよ」
璃玖は戸惑いつつ、緊張した面持ちで立ち上がった。
そして、目を瞑って深く深呼吸をした。
「じゃあ、再生するぞ」
座ったままの一樹がICレコーダーの再生ボタンを押すと、曲が流れ始めた。
璃玖は一樹を見つめて歌うのは恥ずかしかったため、遠くの壁に向かって歌い出した。
出だしに声の震えがあったが、そのままできるだけ、歌詞の内容に集中しながら璃玖は歌い続けた。
歌詞の内容は、一人で殻に篭っていた少年が、次第に自分の世界が広がっていくという内容だった。
璃玖はなんとか歌い切り、一樹の反応を伺うと、まるで余韻に浸るように少し上を向きながら目を瞑っていた。
「どう、かな……」
「……。すごい、よかった……」
一樹はゆっくりと目を開けた。
「ほ、本当に?」
「ああ、本当。曲もすごいけど、歌詞もいいな……。璃玖って、本当にすごい奴なんだな」
心から関心している様子の一樹に、璃玖は自然と笑みが零れる。
そんな璃玖の素直な笑顔に、不思議と一樹の心臓の鼓動が速まっていった。
「全部、一樹のおかげだよ」
「えっ? 俺?」
一樹は自分のことを指差して、首を傾げた。
「この曲……。実はあの時の、僕の気持ちがイメージなんだ」
「あの時って……。即興の時の?」
「そう。一樹が困っていた僕を、助けてくれた時の」
「俺、そんな凄いことしてないぞ」
璃玖は静かに、首を横に振った。
「そんなことない。たしかに、一樹にとっては自然なことだったかもしれないけど、僕は本当に助けられたんだ。だから、この曲を聴いた人が、僕と同じような気持ちになってくれたら嬉しいなって思って作ったんだ」
「璃玖……」
「なんだかすごく、考えるだけで楽しいんだ。歌いたい、作りたいって、こんなに思ったの初めてで……。一樹が僕に、曲作りの楽しさを教えてくれたんだ」
「なんだか俺たちって、ユニット組んでいるみたいだな」
「うん。一樹とユニットを組めたら……。デビューして大変な毎日も、きっと楽しいだろうなー」
まだ出会って間もないが、一樹は璃玖の真っ白なキャンバスに色を付けてくれる存在になっていた。
そんな一樹とこれから一緒に過ごしていけたらどんなに楽しいか、璃玖は考えただけで曲作り以上に胸が高鳴った。
すると、一樹は急に立ち上がり、真剣な眼差しで璃玖を見つめた。
「俺さ……。正直、どうデビューしたいとか、具体的に考えたこともなかったんだ。でも今、璃玖と組みたいって思った。璃玖と目指したいって。なぁ、璃玖。俺とユニットデビュー目指そうぜ!」
「僕で……いいの……?」
「違う、璃玖がいいんだ! 璃玖じゃなきゃダメなんだ」
一樹にはっきりと言い切られ、璃玖は初めて人から必要だと認められた気がして、湧き上がるような感情を感じた。
「……。僕、今ね……。僕も一樹の隣に立ちたいって思っているんだ。誰にも譲りたくないって……。僕がこんなこと、考えてもいいのかな……」
「当たり前だろ。俺も一緒。璃玖の歌を、俺以外に歌わせたくない」
「一樹……。僕、頑張るよ。一樹の隣に相応しくなれるように、頑張る!」
「なんだかその言い方だと、璃玖にプロポーズされた気分だな」
「えっ、そう?」
「いや、璃玖らしいよ。じゃあ決まりだな。それじゃあ、ユニットデビュー目指して頑張っていこうぜ」
「うんっ!」
「あっ、でも、当分の間はダンスの練習だな。璃玖、ダンスは壊滅的みたいだし。このままだとずっと基礎クラスのままだぞ」
「うっ……。それは困る……。一樹コーチ、ご指導よろしくお願いします」
璃玖は一樹に深々と頭を下げた。
「うむ、任せたまえ璃玖君」
わざと偉そうな口ぶりで言いながら、一樹は下げられた璃玖の頭のつむじを人差し指でギュッと押した。
「一樹っ!」
「さぁ、練習練習」
璃玖の声で一樹はパッと指を離すと、そそくさとストレッチの続きに取り掛かってしまった。
璃玖は怒った顔から綻ぶような笑顔に変わると、追いかけるように一樹の隣でストレッチを始める。
二人を照らすように、スタジオには暖かい日差しが差し込み始めた。
こうして毎週日曜日の早朝は、二人だけの練習時間となった。
スターチャート養成所前の桜並木は、つい先日まで満開の淡いピンク色で埋め尽くされていたが、まるで幻だったかのように今では葉桜となっていった。
地面には散ってしまった花びらがまだ残っていたが、朝日に照らされた葉桜は青々と輝いていた。
(Tシャツだけだと、まだ寒いかな……)
璃玖はレッスン着のTシャツに、白に近い薄い藍色をしたお気に入りのパーカーを羽織って、養成所のロッカールームを後にする。
日中は気温も上がり暖かい日が続くようになったが、まだまだ朝晩は冷え込み、普段は空調で温度が一定に保たれている養成所も、休日の朝のせいか、ロッカールームを出た地下の廊下はとても肌寒かった。
しかし、そんな肌寒い気温とは反対に、璃玖は胸が高鳴って、いつもより自分の体温が高い気がした。
高まる気持ちを抑えつつ、待ち合わせをしていたスタジオの扉を開けると、一樹が座りながらストレッチをしているところだった。
「おはよー。璃玖」
璃玖の到着に気が付くと、一樹は座ったまま、璃玖に向かって全身で大きく手を振った。
「おはよー。あれ? 僕、遅かった?」
慌てて璃玖は壁に掛かった時計を見ると、待ち合わせの八時より十分ほど前だった。
「違う、違う。俺が楽しみで早く来ちゃっただけ」
「そっ、そっか。遅刻したのかと思って焦ったよ」
(楽しみにしてくれてたんだ)
璃玖は嬉しくなり、手に持っていた水筒とタオルを入口近くの隅っこに置くと、急ぎ足で一樹に駆け寄った。
「でっ、でっ! 曲は完成した?」
黙っていれば大人びた印象の一樹が、まるで子供のように目を輝かせながら質問をしてくる。
璃玖はついついそんな一樹の姿が可愛いと思ってしまいながらも、一樹の向かい側にちょこんと座った。
「とりあえず、ピアノの音を録音してきたんだけど……。それでもいいかな?」
手に持っていたICレコーダーを、璃玖は一樹に差し出した。
「すげー! 聴かせて、聴かせて!」
璃玖は少々照れながら、父に借りたICレコーダーの再生ボタンを押した。
ICレコーダーから流れた曲は、アップテンポながらも優しい曲調だった。
一樹はそのまま一言も喋らず、そっと目を瞑り、璃玖の作った曲に耳を研ぎ澄ました。
そんな一樹の真剣な様子を、璃玖は緊張しながら見つめた。
「どう、かな……?」
曲が終わると、璃玖は恐る恐る一樹に感想を聞いてみる。
「うーん……」
一樹は何かに悩んでいるようかのように、目を瞑ったまま腕を組み、首を傾げた。
璃玖には一樹のその仕草が、曲が期待以下だったため感想に困っているように見えて、思わず俯いてしまう。
「ごめん……。せっかく、期待してくれたのに……。やっぱり、僕じゃダメだったよね……」
一樹が目を開けると、目の前に座っている璃玖が明らかに落ち込んでいる様子に慌ててしまう。
「あっ! ごめん、ごめんっ。違うんだ。ちょっと、考えてて」
「考える……?」
「そう。なんていうか……。この曲って俺にぴったり……というより、合わせてる?」
「えっ、すごい……! なんでわかったの?」
一樹の的を射た感想に璃玖は驚き、目を丸くする。
「なんとなく、テンポとか曲調が、俺が得意なステップやターンが入れやすくなっている気がして……」
「ほんと? ちゃんと、そんな感じにできてる?」
「あっ、やっぱりそうなんだ。うん、この曲すげぇ好き。曲を聴いているだけで振り付けが浮かんでくる……」
「やった! 負けないで、一樹のレッスンを見学した甲斐があったよ」
「負けないで?」
「あっ、ううん。こっちの話……」
(実は、伊織君がすごい顔で睨んでいたんだよね……)
曲作りのため、璃玖は一樹のレッスンの見学をしに行った。
その時、手を振ってくれた一樹の横に立っていた伊織が鬼のような形相で睨んでいたことを、璃玖は今でも忘れられない。
一樹と伊織は研修生になる前から有名なダンススクールに一緒に通っていて、半年ほど前、二人一緒に合格したと一樹から聞いていた。
そんな二人は入所して半年にも関わらず、ダンスが誰よりも上手く、上級クラスにも引けを取らない実力だった。
「一樹のダンスって、すっごくカッコイイよねっ。僕、この曲作っている間、一樹のことをずっと考えていたんだ。どうやったら、もっと一樹のカッコイイ姿が見られるかなって」
「俺のこと……ずっと考えてたのか?」
「うんっ!」
屈託のない笑顔で言う璃玖の素直な返事に、一樹は恥ずかしくなり、璃玖から顔を逸らしてしまう。
「えっ、どうしたの?」
一樹の様子に、璃玖は首を傾げてしまう。
同年代にしては少しあどけない璃玖の仕草に、一樹はつい可愛いと思ってしまい、その感情を隠すように自分の顔を片手で覆い隠した。
「それって、わざと……じゃないんだよなー。璃玖の場合」
「えっ? 何が?」
「いや……。気にしないで」
「そう? あ、あとね。僕、一樹のこと考えているの、すっごく幸せだったんだよ」
璃玖は少し長めの前髪の隙間から、黒くクリっとした瞳で真っすぐ一樹を見つめ、本当に幸せそうな顔で笑った。
「無自覚……か」
一樹は呆れるように溜め息をついて、首を横に振った。
「まあ、いいや。それよりこの曲、すげぇイイ曲だよ。特にサビの部分がまさに俺が踊りたいって感じの曲だよ」
一樹は気を取り直して何度もICレコーダーのリピートボタンを押し、曲を聴き返した。
「ここにあのターンを入れて。いや、せっかくなら……」
頭の中で振り付けの構想を練っているようで、璃玖には一樹がとても楽しそうにしているように見え、自分も嬉しくなった。
「ありがとう。気に入ってくれて嬉しいよ」
「いや、本当にすごいよ。そういえば、この曲って歌詞はまだないのか?」
「実は……。できてはいるんだけど……。その……。自分の歌を録音するのが恥ずかしくて……」
自分で演奏したピアノの音だけならまだしも、自分の歌声を録音するのは、璃玖には恥ずかしくてできなかった。
「なんだ。じゃあ、ここで聴かせてよ」
「えっ? ここで?」
「うん。いいじゃん、ここには俺しかいないんだし」
「そうだけど……。でも……。下手でも笑わない?」
「笑わない。それに璃玖は下手じゃないこともちゃんと知ってる。俺は曲だけじゃなくて、璃玖の歌声もすごく好きなんだ。だから、俺にだけ聴かせてよ」
「う、うん……。わかったよ」
璃玖は戸惑いつつ、緊張した面持ちで立ち上がった。
そして、目を瞑って深く深呼吸をした。
「じゃあ、再生するぞ」
座ったままの一樹がICレコーダーの再生ボタンを押すと、曲が流れ始めた。
璃玖は一樹を見つめて歌うのは恥ずかしかったため、遠くの壁に向かって歌い出した。
出だしに声の震えがあったが、そのままできるだけ、歌詞の内容に集中しながら璃玖は歌い続けた。
歌詞の内容は、一人で殻に篭っていた少年が、次第に自分の世界が広がっていくという内容だった。
璃玖はなんとか歌い切り、一樹の反応を伺うと、まるで余韻に浸るように少し上を向きながら目を瞑っていた。
「どう、かな……」
「……。すごい、よかった……」
一樹はゆっくりと目を開けた。
「ほ、本当に?」
「ああ、本当。曲もすごいけど、歌詞もいいな……。璃玖って、本当にすごい奴なんだな」
心から関心している様子の一樹に、璃玖は自然と笑みが零れる。
そんな璃玖の素直な笑顔に、不思議と一樹の心臓の鼓動が速まっていった。
「全部、一樹のおかげだよ」
「えっ? 俺?」
一樹は自分のことを指差して、首を傾げた。
「この曲……。実はあの時の、僕の気持ちがイメージなんだ」
「あの時って……。即興の時の?」
「そう。一樹が困っていた僕を、助けてくれた時の」
「俺、そんな凄いことしてないぞ」
璃玖は静かに、首を横に振った。
「そんなことない。たしかに、一樹にとっては自然なことだったかもしれないけど、僕は本当に助けられたんだ。だから、この曲を聴いた人が、僕と同じような気持ちになってくれたら嬉しいなって思って作ったんだ」
「璃玖……」
「なんだかすごく、考えるだけで楽しいんだ。歌いたい、作りたいって、こんなに思ったの初めてで……。一樹が僕に、曲作りの楽しさを教えてくれたんだ」
「なんだか俺たちって、ユニット組んでいるみたいだな」
「うん。一樹とユニットを組めたら……。デビューして大変な毎日も、きっと楽しいだろうなー」
まだ出会って間もないが、一樹は璃玖の真っ白なキャンバスに色を付けてくれる存在になっていた。
そんな一樹とこれから一緒に過ごしていけたらどんなに楽しいか、璃玖は考えただけで曲作り以上に胸が高鳴った。
すると、一樹は急に立ち上がり、真剣な眼差しで璃玖を見つめた。
「俺さ……。正直、どうデビューしたいとか、具体的に考えたこともなかったんだ。でも今、璃玖と組みたいって思った。璃玖と目指したいって。なぁ、璃玖。俺とユニットデビュー目指そうぜ!」
「僕で……いいの……?」
「違う、璃玖がいいんだ! 璃玖じゃなきゃダメなんだ」
一樹にはっきりと言い切られ、璃玖は初めて人から必要だと認められた気がして、湧き上がるような感情を感じた。
「……。僕、今ね……。僕も一樹の隣に立ちたいって思っているんだ。誰にも譲りたくないって……。僕がこんなこと、考えてもいいのかな……」
「当たり前だろ。俺も一緒。璃玖の歌を、俺以外に歌わせたくない」
「一樹……。僕、頑張るよ。一樹の隣に相応しくなれるように、頑張る!」
「なんだかその言い方だと、璃玖にプロポーズされた気分だな」
「えっ、そう?」
「いや、璃玖らしいよ。じゃあ決まりだな。それじゃあ、ユニットデビュー目指して頑張っていこうぜ」
「うんっ!」
「あっ、でも、当分の間はダンスの練習だな。璃玖、ダンスは壊滅的みたいだし。このままだとずっと基礎クラスのままだぞ」
「うっ……。それは困る……。一樹コーチ、ご指導よろしくお願いします」
璃玖は一樹に深々と頭を下げた。
「うむ、任せたまえ璃玖君」
わざと偉そうな口ぶりで言いながら、一樹は下げられた璃玖の頭のつむじを人差し指でギュッと押した。
「一樹っ!」
「さぁ、練習練習」
璃玖の声で一樹はパッと指を離すと、そそくさとストレッチの続きに取り掛かってしまった。
璃玖は怒った顔から綻ぶような笑顔に変わると、追いかけるように一樹の隣でストレッチを始める。
二人を照らすように、スタジオには暖かい日差しが差し込み始めた。
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