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第7話『船に乗って新大陸へ』

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 あの一件のあと血塗れになった服や、
 マチェットを洗うために海につかり、
 脂の臭いや、返り血を落とした。

 服に付いた多少の血は、
 普段モンスターを狩るときの汚れがあったため、
 海で落とす程度でバレない程度にはなった。


「もー。夜道を歩いていたら海に落ちたってドジねぇ。ケネスらしいといえばケネスらしいけども。港町に来たからって浮かれすぎよ、ふふっ」


「ははっ。それを言われると返す言葉がないな。ちょっとはしゃぎ過ぎた。海岸通りをぼーっと、海を見ながら歩いていたら藻に足を取られて、海に落ちてしまった。おかげで、全身が磯臭くて仕方ない。髪もガビガビだ」


「ふふっ。きっと、私に秘密でこっそり娼館に行ったから罰が当たったのよっ!」


「いやいやいやいや。違いますよぉ……ソフィさん」


「冗談よっ。反応が面白いからちょっとからかっただけよ。ケネスも大人の男ですものね。港町にきてちょっとハメを外したからって怒らないわよっ。男の人ってそういうものだって聞いたわ。でも私としては……ちょっとだけさみしいかしら」


 ソフィは少しだけ複雑な表情をしながら笑っていた。
 俺はそれにうまく返す言葉を見つけられなかった。


「むぅ……」


 ソフィは寝静まっているうちに俺が港町の繁華街に繰り出して、
 浮かれて海に落ちたと思われているみたいだ。

 というよりもそう勘違いするように俺が説明したからなのだが。
 必要もないのに傷心のソフィを不安な気分にさせる必要も無い。
 これは俺の心の中だけで処理すれば良いことだ。


 まあ、それはともかくとして、
 なんというかソフィに年頃の男と思われている事が、
 嬉しいような、恥ずかしいような……といった感じだ。


 暗殺者の処分の件だが、街に置き捨てにされた
 荷台に乗せて腐った魚の処分場に捨ててきた。

 肉塊はズブズブと腐って液状化した魚の山に沈んでいった。
 それは、なんとなく魚の群体に飲み込まれているようでもあった。

 おそらく彼らの死体は見つからないだろう。
 腐敗した魚たちの強烈な臭いは人の死臭よりも遥かに強烈だ。

 処分場の腐敗した魚は定期的に火魔法で処分されるらしい。
 彼らも魚の灰と一緒に海に撒かれることだろう。

 依頼をかけた教会側も暗殺者に信頼を置いているわけではないだろう。
 暗殺者や盗賊が約束を反故にすることはそう珍しいことでもない。

 所詮は社会から外れたならず者集団である。

 だからこそ暗殺者たちから報告が入らなければ、
 すぐにこの港町に別の部隊を派遣するかもしれない。

 だから、港町を気に入っているソフィには悪いが、
 翌日には船に乗ってすぐに東の大陸に渡ることにした。


「そうそう、東の大陸に行くための船便の券がたまたま格安で取れたから、ちょっと早いけど船で移動だ。名残り惜しいとは思うが我慢して欲しい」


「いい町だったわね。少しさみしいけれど、また二人できましょ!」


「そうだな。それに東の大陸にも美味しい食べ物はたくさんあると聞いているぞ。いろんなところを旅してどこの食べ物が一番旨いか、食べ比べをするというのを旅の目的にするのもいいかもしれないな」


「それおもしろそうねっ! いいわよ。この港町はちょーっとだけ、男性にとっては魅力的過ぎる街のようですしねっ。長居していたら、ケネスがクセになっちゃうかもしれない。そうなったら少し寂しいわ。だから、次の目的地に行きましょっ」


 ソフィは珍しく俺の腕に抱きついて来た。
 胸の感触が二の腕の辺りを刺激する。
 確実に当てている。

 やわらかい……。

 娼館に行った……と、俺が勘違いさせているので、
 ソフィはそんなちょっと大人になった俺をからかうために、
 少し小悪魔的な抱きつき方をしたようだ。

 でも、ソフィの顔をよく見つめてみると少し頬を赤らめていた。
 自分でからかっておきながら、その当の本人が照れているので、
 そんなソフィを見て、俺もなんというか……少しこそばゆい気持ちになった。


 うむ。やっぱ、かわいい。


「とっても素敵な街だったわね。王都の外にもこんな素敵な世界があるなんて私知らなかったわ。食べ物も美味しいし、私、とっても幸せよ!」


 満面の笑みを浮かべながらソフィが語る。


「ソフィは冒険者のときは遠征とかはしなかったのか?」


 俺は言ったあとに自分の失言に気がついた。
 極力シンに関連することを思い出させたくなかったのに、
 これは俺の完全な失言だ。少し疲れが出ているのかもしれない。


「神託の勇者は特殊な体質なの。殺したモンスターの魂を吸収することでドンドン強くなるそうなの。これをレベル・アップと言うらしいわね。私達は、きたる日に備えて王都の周辺のモンスターを狩っていただけなの。旅とかはしたことないわ」


 ソフィが神託の勇者について語るときは事務的というか淡々と話す。
 記憶のなかで触れたくない部分が多いからだろう。
 俺も、疲れていたからとはいえ配慮が足りなかった。


「そうか。俺はソフィが遠征しなかったおかげで、ソフィと一緒に暮らせた。だから楽しかった。俺たちは、いつからか家の中で顔をあわせるだけであまり話さなくなった。だけど、それでも朝食のテーブルでソフィの顔を每日見るたびに俺はその日一日の仕事を頑張ろうと思えた。だから、ありがとう」


 俺は思っていたことをそのままの気持ちを口にした。
 前後の脈絡もないしあまりうまく表現できなかった。
 だけど、俺が日々の生活で感じていたことだ。


「ケネスもそうだったのね! ふふっ。実は、私もよ。なんだか大きくなってからはちょっとだけ恥ずかしくて、あまり話せなくなったのよね。でも……それなら、いままで話せなかった分、この旅の最中にいろいろとお話ししましょ!」


「そうだな。いろんなことを話し合おう」


「わー。潮風が気持ちいいわね! いつかまたこの港町に来ることがあったら一緒に海岸沿いを泳ぎましょ」


「今度は一緒に泳ぎに行こう。俺はソフィの泳ぐ姿が見てみたい」


「もうっ! ケネスのえっち!」


 そういって太陽のように笑っていた。
 しばらくは戻れないだろうが落ち着いたらまた来よう。


「それにしてもすごーいたくさん船が並んでいるわね。いろんな形の船がたくさんあって面白いわ。私達が乗るのはどの船かしら?」


「俺たちが乗る船はあの船首に人魚の飾りがある船だ。東の大陸では航海安全のためのシンボルになっているらしい」


「おもしろいわね。王都では人魚の歌声を聞いた船は沈没するとか、不吉な存在と信じられているけど、大陸によって随分と人魚の評価が違うのね」


「そうだな」


 しばらく海岸沿いを歩いていると船着き場にたどり着く。


「着いたぞ。これが、俺たちが東の大陸にいくための船だ」


 俺とソフィは目の前の船を見上げる。


「次の目的地も楽しみだわ!」
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