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第五章9  『猫箱の開封――あの日の事実②《アリシア》』

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 鮮血に染まった妹、アリシアを見たソレイユは、
 何が起こったのか状況を理解し、彼女を咎めないとがめない
 その代わりに、優しく抱きしめる。

「アリシア。今日、起きたことは全部――悪い魔女が見せた夢。魔女が、アリシアの体に憑依ひょういして悪いことをさせただけ。だから、アリシアあなたは何も気にすることないでいいにへ……」

「お姉ちゃん、それは違うよ、あれはキッチンの魔法。私が生み出した新たな魔法体系。そして私は至ったの――真実の魔女に。だからもう怖い物なんてないの」

「アリシア……っ……。うん、そうだね、こんなつまらない街抜け出して楽しい冒険に旅立とう……さあ、行こう」

 地下室の階段をのぼると、
 そこには滅多刺しにされた豚の刺殺体。

 ソレイユは凄惨な現場を見て、
 思わず声をあげそうになるが、
 妹の前で、取り乱さないように振る舞う。

「お姉ちゃん。もう大丈夫…………。もうお姉ちゃんを苦しめるあの悪い豚共もいない。これからは、ずっと二人で自由に過ごせるんだよ」

「うん……。そうだね。でも、ここはもう危ない。所有者の心臓が停止すると、自動的に奴隷監察官に発報されるようになっているにへ。そして、ボクたちの位置情報は、この外せない奴隷のバングルで知られてしまっている。だから……早く逃げるにへ」

 妹の前で、努めて気丈に振る舞うソレイユ。

 ソレイユは奴隷監察官に捕まったら今日の出来事は、
 全て自分の責任として罪を背負って死ぬことを覚悟していた。

 それが、アリシアを生かす事が出来る唯一の道だから。
 だからこの夜の逃走劇は、妹と過ごす束の間の、
 自分に許された余命であると、ソレイユは理解していた。

「アリシア。さあん、この街を出るよ。大丈夫……二人ならきっと街の外でも生きていけるにへ」

「うん! そうだね、お姉ちゃん。二人ならなんだって出来る」

(……お姉ちゃん……いつも……私のせいで……ごめん……)

 二人は手を繋いつないで、夜の街を走って駆ける。

(……屋根裏部屋の外は、こんなに広いだね……ソレイユお姉ちゃんと一緒ならきっとどこへでも行ける)

 姉妹が石畳を叩く音が、闇夜にこだました。

(だから、何も怖い事なんてないんだ。…………だって、どんなに辛い旅だとしても隣にはお姉ちゃんがいるんだから、絶対に楽しい)

 魔女や、優しい王子様、ドラゴン……屋根裏部屋で読んだ、
 本の物語を思い浮かべながら、夜の街を駆ける。
 きっと、外の世界にはそういうモノがあるはずだと。

 暗闇の中に、二人の姉妹にスポットライトが照らされる。
 それは、奴隷監察官の当てた――サーチライト。

 アリシアの世界は本当の地獄よりもきっと、地獄。
 決して努力は報いられず、優しい想いおもいは踏みにじられ、
 ささやかな望みも叶わかなわない。

 腐った土壌に撒いた善意の種は、
 花を咲かせることなく腐り墜ちおちる。
 この腐った土壌で花を咲かせるのは、悪意の花のみ。

 そんな無慈悲なる世界が、
 決して二人のことを逃すはずが無かった。

 奴隷のバングルは――決して、
 奴隷たちを逃がさない。
 
 彼女たちの目の前に、
 3人の奴隷監察官が立ちはだかる。

「止まれ! 管理番号1281及び1282、貴様たちは奴隷契約条項第一条第一項に違反している。我々は管理番号1281及び1282をこの場で殺処分する許可が正式に下りている」

 奴隷管監察官たちは全員が、
 マシン・ピストルを所持。

 脱走した奴隷を捕獲をするための
 装備ではない――明らかな過剰武装。
 奴隷の殺処分の許可を得ているという事であろう。

 ソレイユは、アリシアだけでも罪から
 解放されるようにと、うそをつく。

「管理番号1281、ソレイユ。所有者を殺したのは、ボク。だから、この子は関係ないの。だから、管理番号1282、アリシアだけは見逃して。お願いにへ」

 奴隷監察官たちは、
 そのソレイユの言葉を鼻で笑う。

「そんな事はどうでも良い。我々は与えられた職責を全うしているだけだ。ただでさえ夜中に緊急警報で呼び出されて迷惑しているのに、に時間を割くつもりはない。二匹同時に殺処分すれば、それで終わる仕事だ、奴隷の分際でこれ以上、人様に迷惑をかけるな。我々のためにおとなしく、死んでくれ」

「御慈悲を! ボクの命は良い、この子の命だけでも見逃してあげてっ!」

「無理だ。お前の言うとおり管理番号1282が無罪だとして、仮に生かした場合は、我々はあとで何枚も書類を書かなければいけない手間が増える。誰がそんな面倒を飲む奴がいると思う?」

「……どうか、管理番号1282だけには……御慈悲を」

「――管理番号1281及び1282、最後に言い残す言葉はあるか? せめてその言葉くらいは、生きた証しあかしとして我々の書面に残しておいてやろう。最も――その言葉は、我々が議事録に残しても問題のない内容だったら、の話だがな」

 アリシアは、最後の言葉を告げる。
 奴隷監察官に許された、束の間の猶予。

「ソレイユお姉ちゃん、いままでありがとう、大好き。そして、ごめん」

 奴隷監察官はその言葉を聞き遂げると、
 引き金に指をかけようとする。

 ――その瞬間、ソレイユがアリシアに覆い被さりおおいかぶさり
 肉の盾となることで、妹を守る。
 小柄なアリシアはすっぽりと隠れる。

「アリシア。あなたには幸せな世界を知って欲しかった。それを叶えるかなえることができなかったことが、ボクの唯一の心残り。ボクの方こそ……ごめん」

 アリシアは聞いた、ソレイユの最後の声を。
 そして、聞いた。

 ――無慈悲なる無数の銃声を。

 アリシアをソレイユが肉の盾になる事で、守りきった。
 ソレイユは、最後まで自分を犠牲にして、
 妹を守り切り――そして死んだ。

 暫くしばらくして銃声が鳴り止みなりやみ
 カツカツという革靴が石畳を叩くたたく音がこだました。
 奴隷監察官の一人であろう。

 その男は、アリシアに覆い被さるおおいかぶさるソレイユを
 まるで汚いモノにでも触れるように、
 つま先で蹴り――どける。
 
 そして、ソレイユに守られていた、
 アリシアが姿を現す。

 ――最後にアリシアが見たのは……監察官の能面のような表情

「管理番号1282を、1281の死骸の下より発見。――これより殺処分を執行する」

 引き金が、引かれ無数の鉛の弾丸が、
 アリシアの体を貫き、そして――アリシアは死んだ。
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