星降る森の三日月 ~ただの巨大な子猫です~

三国つかさ

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人間に会ってみよう(2)

(巨大猫(ギャンピー)?)

 聞きなれない単語に私は首を傾げる。するとおじさんは低くて渋い良い声で続けた。

「その存在や名称を知っている人間は多くない」

 それは人間たちが私にそういう名前をつけて勝手に呼んでいるということか。
 でも私って生後半年くらいだし、これまで人間に姿を見られたことはないと思うんだけど。
 私の疑問は通じていないが、おじさんは話を進めた。

「巨大猫(ギャンピー)はこの〝星降る森〟を、道に迷わず自由に歩き回れる唯一の存在だと言われている。過去に遭難者が巨大猫(ギャンピー)に導かれて森を脱出できた、ということもあったらしい」

 遭難者? 私はそんな人を森の外まで導いたりしてないけど……。
 疑問が膨らむばかりの私。

「私は以前、別の巨大猫(ギャンピー)に会ったことがあるよ。森に巨大猫(ギャンピー)は一頭しか存在しないと言われているから、君の先代だろう。いや、親かな? 君よりさらに大きな、年老いた猫だった」

(先代? 親? 何の話?)

 頭の中は疑問でいっぱいなのに質問することができないから、私はちょっと混乱して「ミャー」と鳴く。
 するとおじさんは小さく笑って言う。

「まぁ、この私でも巨大猫(ギャンピー)のことはそれくらいしか知らないのだ。そもそも森に一頭しかいない巨大猫(ギャンピー)と出会う確率は少なく、君たちのことをよく知る人間などいないしね。森に住むエルフから少し情報を貰えたくらいで……」

『この私でも』って、このおじさんは自分の知識にそんなに自信があるんだろうか? 森に関する知識なら私も負けないけどね。
 フン! ともふもふの胸を張る私に気づくことなく、おじさんは続ける。

「君は黒い毛皮なのだな。だが足の先は白く、まるで靴下を履いているかのようだ。胸にも三日月の模様……。先代の巨大猫(ギャンピー)はサビ猫だったよ」
(フーン)

 私と同じような大きな猫が前にもいたなんて、なんだか不思議だ。でもなんとなく、その先代猫は私の親ではない気がする。
 先代の猫が死んだから次に私が生まれただけ。それくらいの繋がりなんじゃないかな。
 ケンタウロスたちみたいに生殖活動をする種族以外の幻獣や妖精たちは、私を含めてどうやって生まれてるのかよく分からない。
 知りたいような、別にどうでもいいような……。まぁ、どうでもいいな。
 そう結論を出して、私は後ろ足でガシガシと耳を搔いた。

「しかし本当に大きいな。先代の巨大猫(ギャンピー)を見た時は距離があったが、近くで見ると迫力がある。顔は可愛らしいがね」

 私が耳を掻いたせいで毛が飛び、おじさんの服にひらりと付いたので、おじさんはその長い抜け毛を取りながら言う。

「果たしてこちらの言うことはどれほど理解しているのか。巨大猫(ギャンピー)は賢いとも言われているが、こうして見ていると大きいだけのただの子猫に見えるな」

 侮られている気がして、私は怒って「ミャァウ」と鳴いた。ふさふさのしっぽの先もパタン! パタン! と動かして地面を打つ。

「おや、気に障ったか。どうやらある程度は言葉が通じるようだ。やはり知能は高いのか」

 するとそこでおじさんは、青緑の瞳でこちらを見上げたまま言う。

「言葉が分かるなら、自己紹介でもしておこうか。私の名前はハロルド・ウォーカー。この森の西にあるオルライトという国出身の、しがない年寄りだ」

 おじさんはハロルドっていう名前なのか。しかし『しがない年寄り』って感じではない。弱々しい感じがなくしっかりしているし、生気に満ち溢れているのだ。存在感があるって言うか……。とにかく簡単には死にそうにない。
 ハロルドはただの年寄りじゃないでしょ? 嘘をついても私は騙せないぞ。正直に正体を言え。

「ミャウ」

 不満げに眉間にしわを寄せ、しっぽをパタンパタンし続けていると、ハロルドは笑って言う。

「私もお前の言っていることがなんとなく分かるぞ。表情豊かだし、しっぽも感情を伝えてくるからな」

 そして改めて説明を始めた。

「私は賢者だ。自分で名乗ったわけではないが、随分前から人間たちにはそう呼ばれている。たいそうな肩書きをつけられて恐縮してしまうが、否定して回るのも面倒なので受け入れている」

 賢者ってなんだ? と私は首を傾げる。言葉の響きから、すごく頭のいい人なんだという印象は受けた。

「賢者とは、一般的には、世界に一人いるかいないかという賢く優れた人物のことを指す。特に知識に関しては、並び立つ者がいないほど広く多く持っている。また、魔法に関しても造詣が深いのだ。……こんなこと私に説明させないでくれ」

 ハロルドはちょっと恥ずかしそうに言った。

「私に関して言えば確かに幅広い知識を持っているが、もちろんこの世の全て知っているわけではないし、専門家には負けることもある。若い頃に世界を歩き回って冒険していたから、人より多少、広く浅く知識があるというだけのことだ。魔法も使えるが、世界で一番強いというわけではない」

 じゃあそんなに大したことないのか、と失礼なことを思う私。
 ハロルドも笑って言った。

「ただの物知りなじいさんというだけさ」

 でも物知りなだけじゃなく、物好きでもあると思うけど。だって星降る森に家を建てる人間なんて見たことないよ。魔物とかが怖くないのかな?
 
「ミャーウ」

 私は大きな前足でハロルドの後ろにある家を指した。 
 するとハロルドも後ろを一度振り返ってから、またこちらを見て言う。

「なんだ? あれは家だよ。私の家だ。私ももう歳だし、国のいざこざや面倒ごとを避けて静かに暮らしたいと思ってね。普通の人間は住もうと考えないこの危険な森に居を構えることにした。魔物が襲ってきても妖精が惑わせてきても、私なら対処できるしな。自分の身は自分で守れる」

 そこで手に持っていた斧を置いて、ハロルドは続ける。

「だがしかし、一つ不安もある。それは、この森の全貌がよく分からないということだ。私はこれまで何度も星降る森に入って探索してきたが、広い上に迷いやすいこともあってなかなか中心部まで辿り着けず、いまだにこの森のことを把握できていない。すでに調べ終えた場所でさえ、翌年に行くと地形が変わって様変わりしていたり、そもそもつけたはずの目印が妖精に悪戯されてなくなっていて辿り着けなかったりする」

 そう言うと、ハロルドは自分のあご髭を片手で触りながら提案した。

「そこでだ。ここでお前と出会えたのも何かの縁。私と契約を結んでくれないか?」
(契約?)

 私はパチリと瞬きする。

「召喚獣としての契約を結ぶことによって、私はいつでもお前を呼び出せるようになる。星降る森を探索する時は、お前に手伝ってほしいのだ。この森のことを把握している巨大猫(ギャンピー)がいてくれれば、私も心強い」
(召喚獣……)

 私はもう一度瞬きをして考える。その契約、私に何も得がないよね? ハロルドに呼び出されてお手伝いをさせられるだけだよね? そんなの絶対嫌だよ。何より面倒くさいじゃん。

(やだ)

 私は無言で首を横に振る。
 そしてここから立ち去ろうとしたところで、ハロルドは慌ててこう言った。

「待て待て。お前が召喚に応じてくれるなら、こちらも対価を渡そう。何が欲しい? 金はいらんだろうし……食べ物がいいか? ちょっと待っていろ」

 ハロルドはこちらに背を向けて小走りで家の中に入っていく。
 対価ねぇ……。特に欲しいものはないし、食べ物にもあまり興味がないんだけどな。やっぱり契約はやめておこう。
 クアァと大きく口を開けてあくびをしつつ、そんなことを考えていると、ハロルドが両手に何やら持って戻ってきた。

「森の中では口にする機会がないであろうものを持ってきたぞ。干した肉と魚、それにチーズだ」

 なんだこれ? 初めて見るものばかりだったので、私は興味が湧いてハロルドが持っているそれらに鼻を近づけた。そしてフンフンフンと鼻を鳴らして匂いを嗅ぐ。

「子猫らしく好奇心は旺盛なようだな」

 ハロルドは笑って言う。フンフンフン。
 干した肉も魚もチーズも、ちょっと獣臭かったり生臭かったりするけど、それがクセになる感じで悪くない。良い匂いだと感じる。食欲をそそられて唾液が出てきた。
 でも未知のものを口に入れるのはまだ怖いので、しっかり匂いを嗅いで調べ続ける。フンフン。
 私が大きな顔を鼻を近づけていつまでもフンフンしていると、ハロルドは私の鼻息を浴びながら言う。
 
「少し食べてみたらどうだ? 美味いぞ」
 
 勧められてまずは干した肉を口に入れてみると、思ったより硬かったことにびっくりした。今まで果物ばかり食べてたからさ。
 しばらく口の中でもごもごしつつ、唾液で柔らかくしてから奥歯で噛む。すると凝縮されたうまみが口いっぱいに広がって、その美味しさに勝手に口角が上がっていった。何これ、うまー。
 干し肉は私にとってはかなり小さな一切れだったけど、それでも十分美味しさを感じた。
 
「魚はどうだ?」

 肉を食べ終わったところで、今度は魚を差し出される。大きな魚の切り身を干したもののようで、色は干し肉より薄い赤っぽい茶色だった。
 口に入れてもらったそれを咀嚼すると、肉より油分が少なくてちょっとパサついてる感じがするものの、味は悪くない。美味しいよ。

「チーズもいるか?」

 続いて黄色いチーズを一切れ貰った。これもハロルドにとっては大きめだろうけど、私にとっては小さい。
 口に入れて奥歯で噛むと、私はその美味しさに驚いて目を見開く。
 なんだこれ! 歯にちょっとくっつくし塩辛いけど美味しい! これも果物にはないうまみがあって、濃厚なのにまろやかだ。
 ほんと歯にくっつくけどすごく美味しいんだけど!
 目を輝かせてもぐもぐしていると、ハロルドは少し得意そうに言う。

「人間の食べ物も美味しいだろう。表情を見るに、チーズが一番気に入ったかな? それなら……」

 ハロルドはそこでまた家に向かい、陶器の容器に入った何かを持ってきた。

「これはヤギミルクだ。口に合うか試してみるといい」

 容器の中を覗くと、白い液体が入っていた。鼻を寄せてフンフンと匂いを嗅ぐと、ほんのり甘くて優しい香りがする。
 ハロルドが飼っているヤギの内、一匹は幼い子ヤギを育てているお母さんみたいだから、あのヤギからミルクを絞ったのだろう。
 ハロルドが差し出してくる食べ物は美味しいものばかりなので、きっとこれもそうだろうと、私は迷いなく口を開ける。

「一リットルほどあるが、お前にとっては一口だな」

 ハロルドは容器を傾けると、私の口にミルクを流し込んでくれた。
 口に入ってきたミルクをごくりと飲み込むとともに、私は興奮して耳をピンと立てる。
 
(ミルク! これもうまい!)

 あっさりしていて飲みやすいけど、甘みを感じられてコクもある。チーズみたいに塩気がないから、いくらでも口にできそう。
 
「ミャウ~」

 もっと欲しいと催促してみたけど、どうやらミルクはもうないらしかった。

「今日の分はこれだけなのだ。すぐに悪くなるから備蓄もできないしなぁ」
「ミー」

 私は残念に思って小さく鳴いた。まぁ本来は子ヤギのためのものだし、あまり欲張ったら駄目か。

「どうやらミルクが一番お気に入りのようだな」
「ミャア」

 私が頷いて答えると、ハロルドは片方の口角を上げて笑う。

「どうだ? 私と契約してくれれば、召喚に応じてくれるたびにミルクをやるぞ」
「ミャウ!」

 契約する! と、さっきとは打って変わって私は二つ返事で了承した。
 するとハロルドは逆に驚いて言う。

「いいのか、そんなミルクくらいで簡単に……」
「ミゥ!」

 人間にとって森に降る星が貴重なものであるように、私にとってよだれが出るほど欲しいものがミルクなのだ。
 決意の固い、力のこもった私の瞳を見て、ハロルドは苦笑する。

「そうか、巨大猫(ギャンピー)はミルクで懐柔できるのか。この年になってまた新しいことを知ることができた」

 そして続けて言う。

「契約を交わすに当たって、お前に名前を付けねばならん。すでに名前があるならそれでいいが、ないなら勝手に付けさせてもらうぞ」

 ケンタウロスたちは私のこと『三日月』って呼ぶから、一応それが私の名前なのかな。でも私はそれをハロルドに伝えられないし、別に名前は何だっていいから、ハロルドはハロルドで好きに呼んでもらって構わない。
 私が何も言わないので、ハロルドは少し考えて言う。

「名前がないなら……そうだな、三日月と呼ぶことにしよう」

 ハロルドの視線は、私の胸元に浮かぶ白い三日月に向いていた。偶然にもケンタウロスたちが私につけた名前と一緒になったけど、この胸の三日月の模様、そんなに目立つだろうか。

 と、そこでハロルドは、折れた長い木の枝を使って地面に奇妙な文字や模様を描き始めた。この辺りの地面だけ草が取り除かれて綺麗に平らになっているので、ハロルドが日頃から整えているのかもしれない。

「これは魔法陣だ。召喚獣の契約をするために、三日月に魔法をかけるのだ」

 ハロルドが説明してくれたが、私は彼が動かしている木の枝が気になったので、前足でちょいちょいと叩く。
 するとハロルドが描いていた文字が変なふうに歪んでしまった。

「こら。やめなさい」
 
 ハロルドは少し離れて違う部分から魔法陣を描き始めようとするが、私は追っていって邪魔をする。
 木の枝をそうやって動かされると何だか気になるんだよ。あと、駄目だって言われると余計にやりたくなるし、普段は木の枝なんてどうでもいいけど、今は猛烈にハロルドの持っているその枝が欲しくなってきた。

「こら、三日月」

 叱られたって言うことを聞いたりはしない。だって子猫だから。
 私が五回ほど邪魔すると、ハロルドは懐から紫色の魔力星を取り出して食べた。そして魔法で自分の周りに半球のシールドを張る。どうやらシールドを張るのには魔法陣は必要ないらしく、呪文を唱えるだけでできるらしい。

「これで邪魔できないだろう」

 シールドは薄っすら白く形が見えるけど、ほとんど透明なので中にいるハロルドの様子もよく見えた。
 ハロルドは私に邪魔されることなく魔法陣を描き始める。私が前足でバンバン叩いても、このシールドはビクともしなかった。

「よし、できたぞ」

 魔法陣が完成するとハロルドはシールドを解き、木の枝を私にくれた。
 うーん、でもなんか……。やっぱり木の枝なんていらないな。人が使ってるから欲しくなったのであって。
 差し出された木の枝から私がプイッと顔を背けると、ハロルドはちょっと困惑したように言う。

「なんだ、いらないのか? 猫は気まぐれでよく分からんな」

 その後、私はハロルドが描いた魔法陣の上に乗るよう言われたので、ミルクのためにも素直に従う。
 そして私が魔法陣の中心でお座りすると、ハロルドは長い呪文を唱え、それが終わると同時に魔法陣も一瞬強く光った。

(まぶしっ)

 私は目を細めて険しい顔をする。瞳孔も縦長に細くなっているだろう。

「さぁ、これで完了だ。契約できたぞ。頻繁に呼び出すことはないと思うが、何かあったら手を貸してくれ。よろしく頼む」

 ハロルドはそう言うと私に手を伸ばし、顎の下をガシガシと撫でてくる。
 
(何これ。気持ちいい)

 未知の快感に私はうっとりしてさらに目を細め、ハロルドもそんな私を見て小さく笑ったのだった。

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