侯爵令嬢は瞳を隠す

鈴木琉世

文字の大きさ
上 下
10 / 54

9.突然の知らせ

しおりを挟む
「お嬢様、今日は大切なお客様が来られますのでこちらのドレスでお仕度いたしますね。」

エレナは余所行き用のドレスを手に、なぜかいつも以上に気合十分だ。
お客様が誰かは聞いていなかったけれど、あんなドレスを着るくらいなのだからお父様のお仕事の関係の偉い人なのかもしれないな、とイリスは眠い目を擦りつつぼんやりと考える。

「このような日にお嬢様のお仕度ができるなんて…エレナは…エレナは幸せです…」

イリスの髪を解きながらエレナは涙を浮かべている。

「一体どうしちゃったの、エレナ…」

「いえ、お嬢様!!私の渾身の力を込めてお嬢様のお仕度をさせていただきます!!」

妙に気合十分なエレナに全身完璧に仕上げられ、イリスは応接室に父、母、兄と共に座っていた。

――

お客様とは王宮からの使者だった。

老齢の使者は大仰な態度で巻物を広げ、内容を朗々と読み上げ始める。

「フィオニア侯、この度は貴家ご令嬢、イリス・フィオニア様が我がリコリタ王国王太子、アラン・リコリタ殿下の婚約者となられたことをここに伝え、心よりお慶び申し上げる。」

(……へ???)

イリスは目線を下げたまま、今使者が言ったことは何だったのか頭の中で繰り返す。

(婚約者…イリス・フィオニアが婚約者… 誰の…?…王太子?? アラン・リコリタ殿下 …って誰!!??)

「つきましては今からイリス嬢には王宮にお越しいただき、アラン殿下とのお茶会をご用意しております。」

(…え?知らない人と今からお茶会するの?私?? それでこの余所行きドレス…)

妙に気合の入ったエレナと着せられた余所行きのドレスに一人納得する。

「そして明後日より王太子妃教育のため王宮へ登城していただきます。本来でしたら次期王太子妃となられるご令嬢は王宮へお住まいを移していただき、教育を受けていただくのが通例ですが、フィオニア侯の強いご希望もあり、また王宮とこちらの屋敷が離れておりませんでしたので特例として王宮へ通うことが許可されました。なお、毎日のお迎えの馬車は王宮より手配いたします。」

ジロリと厳しい目でジョアンを見つつ、一息で使者は話し切る。

(なんだか私の知らないところで私のことが決まっていってる…)

なんとも不思議な状況の中、イリスは今から始まる“知らない人とのお茶会”にうんざりしていた。


――

あれよあれよという間に王宮の馬車に乗せられたイリスはあっという間に温室へ案内されていた。

(つい1時間ほど前に婚約の話を聞かされたばかりなのに、王宮のスピード感、恐るべし…)

 温室には色の濃いものから薄いものまで様々な種類の可愛らしいピンクのバラが咲いている。ガラス張りの天井や窓からは柔らかな日差しが降り注ぎ、イリスの心境とは裏腹に穏やかな雰囲気に満ち溢れていた。

「こちらでお待ちください。」

案内役の侍女が綺麗に礼をして下がっていく。

イリスが席についてしばらくしたところで、温室の入口の方から足音が聞こえてきた。イリスは席を立ち、頭を下げる。

「ようこそ、王宮へ。」

優し気な声がイリスにかけられる。

「本日はお招きいただきましてありがとうございます。フィオニア侯爵家の娘、イリスが登城いたしました。」

イリスはスカートの裾を摘まんでカーテシーをする。

「そんなに丁寧な挨拶ができるとは驚きだな。」

冗談めかした声に目線を上げると、サラサラの金髪に透けるような白い肌の少年が笑顔でイリスを見つめていた。
しおりを挟む

処理中です...