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43.アランの気持ち
しおりを挟む「殿下、フィオニア侯爵がお見えです。」
「通してくれ。」
リデルに案内され、侯爵はアランの執務室へ入室する。
「アラン殿下。失礼いたします。」
「フィオニア侯爵。忙しい時に悪かったね。こちらへどうぞ。」
アランは柔らかく微笑み、執務机から立ち上がって部屋の中央の応接セットへ侯爵を促す。
立ち上がった姿は、顔立ちの美しさは変わらないものの以前お目にかかった時より顔色は青白く、身体の線も前以上に細くなっている。
明らかに体調の悪そうなアランの様子にジョアンは不安を覚えたが、王族に対して体調不良を気にかける言葉を口にするのは憚られたため、穏やかに応じながらアランが席に着くのを見届ける。
「陛下との話はもう終わったのかい?」
「はい、殿下。」
ジョアンはやや困り顔で答える。
グロティア王国の動きについての危惧を伝えるために急ぎ謁見したのだが、アレックスはイリスを早く王都へ戻すようにとの一点張りだったため、殿下との謁見後、ヴィオラに会わなくては、と考えていた。
「イリスの具合はどうだ?」
「お陰様で元気を取り戻しております。殿下にはお心遣いをいただき、心より感謝しております。」
「そうか、それは良かった。」
アランは心底嬉しそうに笑顔を見せる。
その笑顔からアランがイリスのことを本当に大切に想ってくれていることが伝わってくる。
「殿下からのお手紙とお花を娘も大変喜んでおります。…そして早くお会いしたい、とも。」
「そうか…。」
アランはティーカップを両手で包み、遠くに想いを馳せるような柔らかな瞳で水面を見つめる。
もうどのくらい会っていないだろうか。
それでも…
彼女の笑顔も鈴を転がしたような楽しげな笑い声も、ドレスの衣擦れの音も、傍に寄ると微かに香るまろやかな花の香りも全て今そこに居るかのように鮮明に思い出すことができる。
「…殿下、娘から手紙を預かって参りました。」
物思いに耽るアランにジョアンが控えめに声を掛け、リデルに手紙と贈り物を手渡そうとしたのを片手で制し、アランは自ら受け取る。
「手紙はあとで大切に読ませてもらうよ。…これは?」
「どうぞ、開けてみてください。」
「これは…美しい。」
ラッピングされた朱赤のリボンを解くと2枚のハンカチが包まれていた。
1枚はアランにはよく見覚えのあるピンクのグラデーションの薔薇のモチーフ。
もう1枚は黄色と薄緑のレモンと白い小さな花が刺繍されていた。
どちらにも朱赤でアランのイニシャルが刺繍が施されている。
「当領地ではレモンが良く採れますので、殿下にも見ていただきたかったのではないでしょうか。」
「フィオニア領…イリスから話をよく聞いていていつかぜひ行ってみたいと思っているんだ。」
「その際は領地上げて大歓迎いたします。」
ジョアンはにっこりと微笑む。
「陛下が侯爵に何を仰ったかは分からないが、私にとってはイリスの体調が一番大事だ。慣れ親しんだフィオニア領なら伸び伸びと過ごせるだろう。だから…無理せずゆっくり静養させてくれないか。」
「殿下…。」
「王太子妃教育のことなら心配無用だ。むしろイリスはすでに完璧であると他の教師からも言われている。」
アランはカップの紅茶に口をつける。
「だから…彼女が本当に元気になるまで領地で過ごさせてあげて欲しい。そして彼女が自分の意思でここへ戻りたいと言ってくれたら…その時は僕がイリスを迎えに行こう。」
ーー
「リデル。エマという侍女にこれを渡してもらうことはできるだろうか?」
アランの執務室を辞したジョアンは部屋の外でリデルに小さな包みを見せる。
「イリスお嬢様のお世話係のエマですか?」
「ああ。娘が大変世話になったと言っていてね。彼女への手紙と贈り物も預かってきたんだ。」
イリスの優しい心遣いにリデルも笑みが溢れる。
「そういうことであれば…侯爵様のお時間が許されるなら直接お渡しいただければ彼女も大変喜ぶと思いますよ。」
そう言ってリデルは応接室へジョアンを案内した。
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