侯爵令嬢は瞳を隠す

鈴木琉世

文字の大きさ
上 下
51 / 54

50.急変

しおりを挟む
庭園を抜けた先に広がるのは王妃様のお気に入りの湖。
湖面は光を受けてキラキラと輝いている。
その湖の中央に立つ真っ白な東屋。
この東屋へはボートで無ければ入ることができない。


「リリアーナ王妃様、アリシラ妃様にご挨拶申し上げます。イリス・フィオニアが参りました。」

イリスは2人に挨拶をする。

「イリスの挨拶はもう完璧ね。」

リリアーナはレースの扇子を口元に当て、満足気に目尻を下げる。

「さぁイリス、こちらへ。」

アリシラもにっこりと微笑み、イリスに席を勧めた。



2人のお妃様とのお茶会は緊張しっぱなしでお茶の味なんてさっぱり分からないほどだったが、リリアーナ王妃様もアリシラ妃様も常に優しく接してくださった。
特に王太子妃教育について、お2人がイリスの状況に気付けなかったことに対して申し訳無いと仰った時はこちらの方が恐縮してしまった。
また、お妃様達の洗練された立ち居振る舞いは全てがとても美しく、思わず手を止めて見惚れてしまうほどだった。
特にリリアーナ王妃の凛とした美しさと頭の回転の速さ、そしてアリシラ妃の見る者全てを虜にする微笑みと会話を引き出す巧みさは勉強になることばかりだった。
これからイリスは週に1度お妃様達とお茶を共にし、そこで王太子妃について学ぶことになった。




ーーー

「お帰り、イリス。」

「ただいま戻りました。」

アランの私室へ帰り、イリスは挨拶をする。
仕事が一段落ついたようで、クッションを抱きソファでのんびりと寛いでいた。

「お茶会はどうだった?」

「王妃様もリリアーナ妃様もとても温かく接してくださいました。とても楽しい一時でした。」

「それは良かった。」

イリスは手にしたバラの鉢植えを窓際へ置く。
お茶会の帰りに庭師に頼んで一番綺麗なバラを鉢植えにしてもらったのだ。
八重咲きのそれの色はもちろんピンクだ。

「ん…?それは?」

「庭園のバラです。アラン様にも楽しんでいただきたくて。」

「綺麗だね…。鉢植えだから毎日の水遣りが楽しみになりそうだな。」

イリスの傍に立ったアランは嬉しそうに鉢植えを見つめ、花弁に指先でそっと触れた。

「今日のお仕事はもう終わりですか?」

「うん、最近はイリスも手伝ってくれるから仕事がすごく捗ってるんだよ。」

穏やかに話すアランは倒れた時よりは良くなっているとはいえまだまだ本調子とは言えない様子だ。

「それなら…今日はもうゆっくりしましょう?」

不安になったイリスはアランの背にそっと手を添え、ソファへと向かう。
その時、添えた手が熱くなっていくのを感じた。

「あの…アラン様…?少しお暑くありませんか?」

「あぁ…そうだね…少し暑い気がする。」

イリスの問い掛けで今気付いたかのようにアランは首元をゆるめた。
近くでよく見ると目も薄っすら潤んでいる。

「少し失礼しますね。」

イリスはアランをソファに座らせ、そっと額に手を当てた。

「…お熱が…高いようです。人を呼んできます。」

「…待って。」

立ち上がろうとするイリスの袖をアランは掴む。

「…大丈夫だから。イリスの手を当てていてくれる?」

アランはイリスの手を両手で包み込むように握った。
手は燃えるように熱い。

「アラン様……。」

イリスは戸惑いながらもアランの額に手を当てた。

「あぁ…冷んやりしていてとても気持ちいい…。」

アランは瞳を閉じる。


その時イリスは手の平からアランの熱が急激に身体に流れ込んでくるのを感じた。


…な…何…これ……?

あまりの熱さに一瞬目の前がチカチカとする。
熱は一瞬で身体を駆け巡り、胸のあたりがカッと燃えるように熱くなって消えていった。

アランを見ると気持ち良さそうに瞳を閉じ、穏やかな呼吸をしている。


熱が…おさまったのかしら……?

イリスは自分の手の平をじっと見つめる。
白く柔らかな手は燃えるような熱さを吸い込んだとは思えないほどいつもと変わりない。
アランの額に再び触れてみると先程の熱はすっかり引いていた。

すやすやとソファで寝息を立てるアランに安心し、ベッドへ運んでもらうように指示を出してイリスは部屋へと戻った。



ーーー

数日後、アランの容態は再び悪化し、ベッドから起き上がることすらできなくなってしまった。
熱が下がらず、食事も摂れなくなり、毎日飲み物を少し飲むだけ。

イリスはアランの側で付きっきりで看病をし、乞われれば彼のために歌い、少しでもアランが良くなるようにと毎日祈りを捧げた。
気分が良さそうな時はイリスを見て微笑んでくれるものの、熱に浮かされ苦しそうにしている姿を見る日が多くなり、イリスにとっても辛い毎日が続いていた。

アランが眠っている間、何度か額に手を当ててみたが、以前のように熱を吸い込んでくれることは二度と無かった。

そして窓際に置かれたバラの鉢植えは毎日水遣りをしているにも関わらず土はカラカラに乾き、花は日に日に色褪せていった。

しおりを挟む

処理中です...