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異世界"イルト" ~緑の領域~
04.魔術師としての始まり
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「そう言えば、まだ聞いてなかったね。その──黒の騎士団とやらについて」
「長い話になりますよ。──座って下さい」
ナリアが椅子を手で示した。クウはその誘導に従い椅子に腰掛ける。
クウの着席を確認してから、ナリアは背後の棚から木のコップを二つ手に取り、同じく棚にあった何かを注いでから、片方のコップをクウに渡した。
「"黒の騎士団"とは──今から約100年前、イルトに突如として出現した謎の軍団を示す呼称です。彼らは額に角を持つ種族、"悪魔"によって構成された、騎士団とは名ばかりの忌々しい略奪者達です」
ナリアの表情が急に曇る。
「黒の騎士団達の出現は、それまでイルトで保たれていた種族同士のバランスを一気に崩壊させました。──白金の王国"ウルゼキア"の"ノーム"、"ガガランダ鉱山"の"ドワーフ"、海辺の中立都市"フィエラル"の"マーフォーク"。そして"ナトレの森"の各地に部族ごとの集落を築く私達、"エルフ"。黒の騎士団達はその全ての領域に戦争を仕掛け、侵攻した土地の先々で悪逆非道の限りを尽くしました」
「具体的にはどんな事? 想像はつくけど」
「その想像通りでしょう。──黒の騎士団に立ち向かった、ある村の話があります。その村の住民は全員で一致団結して騎士団を追い返そうとしましたが、一人残らず返り討ちにされてしまいました。男達は惨たらしく殺され、女達は服を剥ぎ取られて縛り上げられ、何処かへ連れ去られたそうです」
「想像以上だよ。一人残らず返り討ちって……黒の騎士団ってそんなに強いの?」
「恐ろしく強いらしいです。黒の騎士団は"十三魔将"と呼ばれる幹部を、文字通り13人も擁しており、その全員が黒の"輪"を持つ強力な悪魔の上位種──"大悪魔"であると言われています。農民が武装した程度では、歯が立たないのでしょう」
「”十三魔将”……。何かのアニメか漫画で、似たような言葉を聞いた気がする」
クウはコップの中身を少し啜る。柑橘系の果物の様な味だった。
「じゃあ、もし僕が気紛れに森を出て歩いてたら、そんな奴らに見つかってたかも知れなかったんだね」
「そういう事です。例えクウがノームでもドワーフでも、あの状況なら村に保護しようと考えるのは当然です。私以外のエルフでも、そうしたでしょう」
「なるほどね。今更だけど──助けてくれてありがとう、ナリア」
「い、いえ。別に」
ナリアは照れた様子で、自分のコップの中身を飲む。
「まあ──黒の騎士団の手から逃れて来た他種族の者が、ナトレの森に迷い込む事はよくあるんです。エルフの掟ではそういった者を保護した場合、その後の処遇は種族の最年長者に委ねられます」
「この村の場合、あの賢者様?」
「そうです。掟の遵守はエルフにとって絶対で、この村に賢者様の決定に逆う者はいません。その内容が、今日会ったばかりの未知の人間を家に入れろというものでもね」
「……僕の事、やっぱり怪しいと思ってる?」
「いいえ、全く」
「本当に?」
「本当ですよ。クウは賢者様──"ウィルノデル"様に気に入られた人間ですし。それに個人的にも、最初からクウが悪い人には見えませんでした。おかしな人だとは思いましたけど」
ナリアが微笑む。クウは彼女の笑った表情を、この時初めて見た。
「──そう言えば、一つ気になってる事があるんだ。賢者様は言ってたよね。僕の"輪"がどうのって」
「私も聞いてましたよ。"輪"とは真に力のある存在にのみ現れる、魔術の紋章です。魔術師にとっては羨望の的であり、エルフにとっては賢者の証なんですよ。クウは人間──イルトにおいて伝説の存在です。"輪"を持っている可能性は十分にありますね」
「いや、そう思って確認してみたけどさ。あの賢者様みたいな模様なんて、僕には無いんだよ」
クウは白いローブの袖を捲り上げて、白い肌をナリアに見せる。確かにクウの腕には、何の模様も見当たらなかった。
「確かに模様はありませんね。でも、賢者様の言葉が嘘である筈はずが無いですし……」
「さっきから右手に力入れてるんだけど、疲れるだけなんだよね。左手も試してみた方がいい? あ、もしかして呪文とかあるのかな? ──出でよ魔法の輪!」
クウがそう言って、左手の掌を前方に突き出した時だった。
一瞬の出来事である。突如、クウの左手に緑色の光が螺旋状に絡み付いたかと思うと、突き出された左手を中心に光が全て収斂した。
そして掌に集まった緑の光は、クウの意思に呼応する様に、前方に勢い良く放出された。まるで大砲の如き威力だった。
「えっ?」
土埃が舞い、クウとナリアの視界は遮られた。
この危険行為の当事者であるクウ本人は、起こった出来事にまだ理解が追いつかない様子である。隣にいたナリアも茫然としていて、突然の砲撃で乱れた自分の髪を直す素振りさえ見せない。
やがて、視界が明瞭さを徐々に取り戻していく。
先程クウが閉めた扉の中央に、大きな風穴が空いていた。
「……ごめんなさい」
クウは喜怒哀楽のどれともつかない表情で、ナリアに向かってそう呟いた。
「長い話になりますよ。──座って下さい」
ナリアが椅子を手で示した。クウはその誘導に従い椅子に腰掛ける。
クウの着席を確認してから、ナリアは背後の棚から木のコップを二つ手に取り、同じく棚にあった何かを注いでから、片方のコップをクウに渡した。
「"黒の騎士団"とは──今から約100年前、イルトに突如として出現した謎の軍団を示す呼称です。彼らは額に角を持つ種族、"悪魔"によって構成された、騎士団とは名ばかりの忌々しい略奪者達です」
ナリアの表情が急に曇る。
「黒の騎士団達の出現は、それまでイルトで保たれていた種族同士のバランスを一気に崩壊させました。──白金の王国"ウルゼキア"の"ノーム"、"ガガランダ鉱山"の"ドワーフ"、海辺の中立都市"フィエラル"の"マーフォーク"。そして"ナトレの森"の各地に部族ごとの集落を築く私達、"エルフ"。黒の騎士団達はその全ての領域に戦争を仕掛け、侵攻した土地の先々で悪逆非道の限りを尽くしました」
「具体的にはどんな事? 想像はつくけど」
「その想像通りでしょう。──黒の騎士団に立ち向かった、ある村の話があります。その村の住民は全員で一致団結して騎士団を追い返そうとしましたが、一人残らず返り討ちにされてしまいました。男達は惨たらしく殺され、女達は服を剥ぎ取られて縛り上げられ、何処かへ連れ去られたそうです」
「想像以上だよ。一人残らず返り討ちって……黒の騎士団ってそんなに強いの?」
「恐ろしく強いらしいです。黒の騎士団は"十三魔将"と呼ばれる幹部を、文字通り13人も擁しており、その全員が黒の"輪"を持つ強力な悪魔の上位種──"大悪魔"であると言われています。農民が武装した程度では、歯が立たないのでしょう」
「”十三魔将”……。何かのアニメか漫画で、似たような言葉を聞いた気がする」
クウはコップの中身を少し啜る。柑橘系の果物の様な味だった。
「じゃあ、もし僕が気紛れに森を出て歩いてたら、そんな奴らに見つかってたかも知れなかったんだね」
「そういう事です。例えクウがノームでもドワーフでも、あの状況なら村に保護しようと考えるのは当然です。私以外のエルフでも、そうしたでしょう」
「なるほどね。今更だけど──助けてくれてありがとう、ナリア」
「い、いえ。別に」
ナリアは照れた様子で、自分のコップの中身を飲む。
「まあ──黒の騎士団の手から逃れて来た他種族の者が、ナトレの森に迷い込む事はよくあるんです。エルフの掟ではそういった者を保護した場合、その後の処遇は種族の最年長者に委ねられます」
「この村の場合、あの賢者様?」
「そうです。掟の遵守はエルフにとって絶対で、この村に賢者様の決定に逆う者はいません。その内容が、今日会ったばかりの未知の人間を家に入れろというものでもね」
「……僕の事、やっぱり怪しいと思ってる?」
「いいえ、全く」
「本当に?」
「本当ですよ。クウは賢者様──"ウィルノデル"様に気に入られた人間ですし。それに個人的にも、最初からクウが悪い人には見えませんでした。おかしな人だとは思いましたけど」
ナリアが微笑む。クウは彼女の笑った表情を、この時初めて見た。
「──そう言えば、一つ気になってる事があるんだ。賢者様は言ってたよね。僕の"輪"がどうのって」
「私も聞いてましたよ。"輪"とは真に力のある存在にのみ現れる、魔術の紋章です。魔術師にとっては羨望の的であり、エルフにとっては賢者の証なんですよ。クウは人間──イルトにおいて伝説の存在です。"輪"を持っている可能性は十分にありますね」
「いや、そう思って確認してみたけどさ。あの賢者様みたいな模様なんて、僕には無いんだよ」
クウは白いローブの袖を捲り上げて、白い肌をナリアに見せる。確かにクウの腕には、何の模様も見当たらなかった。
「確かに模様はありませんね。でも、賢者様の言葉が嘘である筈はずが無いですし……」
「さっきから右手に力入れてるんだけど、疲れるだけなんだよね。左手も試してみた方がいい? あ、もしかして呪文とかあるのかな? ──出でよ魔法の輪!」
クウがそう言って、左手の掌を前方に突き出した時だった。
一瞬の出来事である。突如、クウの左手に緑色の光が螺旋状に絡み付いたかと思うと、突き出された左手を中心に光が全て収斂した。
そして掌に集まった緑の光は、クウの意思に呼応する様に、前方に勢い良く放出された。まるで大砲の如き威力だった。
「えっ?」
土埃が舞い、クウとナリアの視界は遮られた。
この危険行為の当事者であるクウ本人は、起こった出来事にまだ理解が追いつかない様子である。隣にいたナリアも茫然としていて、突然の砲撃で乱れた自分の髪を直す素振りさえ見せない。
やがて、視界が明瞭さを徐々に取り戻していく。
先程クウが閉めた扉の中央に、大きな風穴が空いていた。
「……ごめんなさい」
クウは喜怒哀楽のどれともつかない表情で、ナリアに向かってそう呟いた。
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