輪の魔術師~僕の転生した異世界では、人間は伝説の魔術師になれるそうです~

海老石泥布

文字の大きさ
15 / 65
異世界"イルト" ~緑の領域~

15.別れの時

しおりを挟む
  真夜中。ナリアはベッドの上で目を覚ました。

 大人二人が眠れる巨大なベッド。ナリアは毎晩、その中央で好きな姿勢を取って眠っていたが、今はベッドの右半分から、身体をはみ出さない様に心掛けている。

「──クウ、大丈夫? 傷は痛みませんか?」

 ナリアは小声で、ベッドの左側に向かって声をかけた。ある日突然同居人となった"人間"──クウ。ナリアにとっては、伝説に語られる存在であり、つかみ所のない弟分の様なものでもあり──命の恩人でもある。

 クウは時折、背中に負った傷の痛みから、眠っている間も声を上げてうなされる事があった。ナリアはそんな時、常備しておいた膏薬こうやくり、包帯を巻き直し、クウの耳に届かずとも優しい言葉を掛けて、背中をでた。

 クウの様子次第しだいでは、今もそうするつもりだった。

「クウ──?」

 ナリアは寝返りを打ち、ベッドの左側を見る。──クウはいなかった。

◇◇
「──クウ。つまりお前は、ナリアに別れの挨拶あいさつも告げずに来たってのか?」

「一応、手紙を置いてきたよ。短い間だけど、面倒を見てくれてありがとうって。日本語が普通に通じるから、多分手紙も理解してもらえると思うんだけど」

「ああ、そりゃ正解だな。手紙の文字は読んでもらえるだろうさ。だが──ひかえめに言っても、馬鹿野郎だろお前。そういうのは、じかに顔見て言うもんだろうが」

「分かってるよ。ただ、別れぎわにナリアの顔見たら──多分、泣いちゃいそうでさ」

 月明かりの差す真夜中のナトレの森を、クウとソウは、横並びになって歩いている。進路はソウが先導しているが、ソウにも土地勘とちかんが無い場所らしく、歩きづらそうな様子で進んでいる。

「あんだけ献身的けんしんてきくしてくれたいい女の家を、よくもまあこんな去り方で出て行けるな。──最後にもう一度聞くけど、本当にここを出て後悔こうかいしねえんだよな? お前が女に不自由しねえ男には見えねえぜ、クウ」

「ここは、僕にとって居心地いごこちが良すぎるんだ。それも、僕がここ出る理由の一つなんだよね」

「居心地良いなら、ずっと居りゃあいいんじゃねえのか?」

「前世を思い出すんだ。──病室のベッドで、僕はずっと寝たきりだった。両親や看護婦さん、担当のお医者さん、全員が僕に良くしてくれた。だって僕は、一人では何も出来なかったから。死ぬ前の一週間は、スマホの操作さえ指が重くて一苦労だったよ」

 ソウの表情が少し強張こわばる。

「でも、今の僕は健全な身体を持ってる。賢者様の言った通りにね。僕はこの身体を、安全な場所で末永すえながく幸せに暮らすために使うべきじゃない。僕は前世の分まで、誰かの役に立つことをするんだ」

「まだ、背中は相当痛むんだろ? ──へっ。茶化ちゃかす気がせたぜ」

 ソウはフード越しに後頭部をく。

「まあ俺も、丁度別の領域に行こうとしてた所だしな。いいぜ。一緒に行こうじゃねえか、クウ。──ん?」

 ソウは急に足を止めた。クウが、ソウの肩越しに前方を見る。

 エルフの賢者、ウィルノデルが──一人で立っていた。

「ふむ──来たかね。お二方」

「賢者のじいさん……。何で俺達が分かったんだ? それに、一人か?」

「今は一人なのだね。君達の事を知れたのは、儂の"りん"である"叡智錐ピタゴラス"の力なのだね。一度理解した対象の思考や行動は、輪を閉じて以降もある程度までなら予測出来るのだね。──つまりクウ君。君の考えを少しばかり、意図いとせずして知ってしまったのだね」

「なるほど。そういう事ですか」

 クウは小さく溜息ためいきをつく。

「我が同胞達どうほうたちを助けてくれた恩にむくいる事無く、君達の背中を見送る事は出来んのだね。──クウ君。まずは、これを受け取ってほしいのだね」

 ウィルノデルは何処どこからともなく──緑色の巾着袋きんちゃくぶくろた物をクウに差し出す。クウはいぶかしそうにそれを受け取った。

「これは、何ですか?」

「我々エルフの魔術でこしらえた魔道具アイテムなのだね。それは"床無とこなし口"と言い、物品を大量に収納しゅうのうできる袋なのだね。その中にはすでに、役立ちそうな物をいくつか入れておいた。時間がある時、一つ一つ確かめてみるといいのだね」

「それは便利ですね。──ありがとうございます」

 クウは丁寧ていねいに礼をするが、目はまだ怪しそうに袋を見ていた。

「ソウ殿には──これを」

「え、俺にもか?」

 ウィルノデルがソウに差し出したのは、象嵌細工ぞうがんざいくの様な装飾そうしょくほどこされた──黒い短刀だった。

「それは"呪剥まじないはがし"。のろいの様に、継続的けいぞくてきに作用する魔術そのものを断ち切る事が出来る短刀なのだね。きっと、役に立つ時が来るのだね。──たとえば、君の大切な人のかたきつ時に」

「──俺の事も、少しは知ってんのか」

「申し訳ない。──きっと誰しも、内に秘めておきたい事柄ことがらはある。しかしわしの力は、そういった立ち入るべきでない部分と、そうでない部分を区別してはくれないのだね」

「別にいいぜ。──実は、手頃てごろな武器がもう一本欲しいと思ってたんだよな。ありがとよ」

 ソウは受け取った短刀を、腰にしっかりと結びつける。

「──時にクウ君。痛みを無理をしてはおらんかね? 動けはするのだろうが、背中の傷はまだ、ほとんふさがっておらんと思うのだがね」

「痛みはあります。でも、だいぶ楽になって、今はもう我慢できない程じゃありません。──ナリアのってくれた薬の効果ですかね。火傷の跡は残るだろうけど、この調子なら意外と早く治りそうです」

「安心すると良いのだね。──火傷の跡は残らない」

「えっ──?」

「クウ君の傷は、いずれ完全に快癒かいゆするのだね。君の持つ──黒の"輪"の力によって」

 ウィルノデルはクウの顔を指差ゆびさす。

「イルトにおける"輪"の魔術師は原則として、一つの色と固有能力を持った"輪"を、身体にそなえている。しかし、生物として高い次元にある存在は、二つの"輪"を宿す事があるのだね。──その代表例こそが、"人間"なのだね」

 クウはソウを見る。ソウも、二つの"輪"を使いこなしていた。青色と黒色の、二つの"輪"を。

「君は──まだ自分の本当の力を、発揮はっき出来ていないのだね。──君の黒の"輪"は、あるべき生命いのちの形をととのえ、ゆがませる。与えつつも奪い、はぐくみつつもむしばむ。──この意味は、まだ分からんだろうがね」

「分かりづらいですね。──でも、警句けいくとして心にとどめておきます」

「そうして欲しいのだね」

「──賢者様。見送りに来てくれたのはうれしいんです。でも、それは魔道具のプレゼントと分かりづらい忠告だけが目的だったんですか?」

「いいや。一番の目的は違うのだね。君達を長話で足止めして──その子が追い付けるように、時間かせぎをしたかったからなのだね」

 ウィルノデルの視線がクウから外れた。クウとソウが、後方を向く。

 ──ナリアがいた。

 樹木の一つに片手をついて、荒い呼吸をしている。足は裸足はだしで土にまみれ、寝間着ねまきらしい衣服は所々が破れ、木の葉がからみ付いていた。

「──クウ」

 ナリアがずかずかとクウに歩み寄り、クウの手を掴む。

「そんな状態で何処に行く気なんですか? ──賢者様、どうしてお一人でこんな所にいるんです? それに、ソウさんまで」

 ナリアがクウの手を引くが、クウは全く動かない。

「クウ。戻って下さい。あなた、自分の身体の深刻さを分かってないんでしょう。戻りますよ。包帯を取り替えます。ほら──」

 ナリアが、今度は両手でクウの手を引く。クウは──微動びどうだにしない。

「ナリア──ごめん」

「いいですよ、許してあげます。さあ、ほら私の家に──」

「違うよ。僕は──もう、行くんだ」

 ナリアのクウを握る手に、強い力が込められた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

『異世界ガチャでユニークスキル全部乗せ!? ポンコツ神と俺の無自覚最強スローライフ』

チャチャ
ファンタジー
> 仕事帰りにファンタジー小説を買った帰り道、不運にも事故死した38歳の男。 気がつくと、目の前には“ポンコツ”と噂される神様がいた——。 「君、うっかり死んじゃったから、異世界に転生させてあげるよ♪」 「スキル? ステータス? もちろんガチャで決めるから!」 最初はブチギレ寸前だったが、引いたスキルはなんと全部ユニーク! 本人は気づいていないが、【超幸運】の持ち主だった! 「冒険? 魔王? いや、俺は村でのんびり暮らしたいんだけど……」 そんな願いとは裏腹に、次々とトラブルに巻き込まれ、無自覚に“最強伝説”を打ち立てていく! 神様のミスで始まった異世界生活。目指すはスローライフ、されど周囲は大騒ぎ! ◆ガチャ転生×最強×スローライフ! 無自覚チートな元おっさんが、今日も異世界でのんびり無双中!

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

あっとさん
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

八百万の神から祝福をもらいました!この力で異世界を生きていきます!

トリガー
ファンタジー
神様のミスで死んでしまったリオ。 女神から代償に八百万の神の祝福をもらった。 転生した異世界で無双する。

【完結】487222760年間女神様に仕えてきた俺は、そろそろ普通の異世界転生をしてもいいと思う

こすもすさんど(元:ムメイザクラ)
ファンタジー
 異世界転生の女神様に四億年近くも仕えてきた、名も無きオリ主。  億千の異世界転生を繰り返してきた彼は、女神様に"休暇"と称して『普通の異世界転生がしたい』とお願いする。  彼の願いを聞き入れた女神様は、彼を無難な異世界へと送り出す。  四億年の経験知識と共に異世界へ降り立ったオリ主――『アヤト』は、自由気ままな転生者生活を満喫しようとするのだが、そんなぶっ壊れチートを持ったなろう系オリ主が平穏無事な"普通の異世界転生"など出来るはずもなく……?  道行く美少女ヒロイン達をスパルタ特訓で徹底的に鍛え上げ、邪魔する奴はただのパンチで滅殺抹殺一撃必殺、それも全ては"普通の異世界転生"をするために!  気が付けばヒロインが増え、気が付けば厄介事に巻き込まれる、テメーの頭はハッピーセットな、なろう系最強チーレム無双オリ主の明日はどっちだ!?    ※小説家になろう、エブリスタ、ノベルアップ+にも掲載しております。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

処理中です...