輪の魔術師~僕の転生した異世界では、人間は伝説の魔術師になれるそうです~

海老石泥布

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異世界"イルト" ~白の領域~

24.追われる二人

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◆◆
 ウルゼキアの宮殿を見つめながら、ソウは驚愕きょうがくしていた。
 
「……どういう事だ、ありゃあ? 何が起きたってんだ?」

宮殿の一部が倒壊とうかいし、壊れた部分から土煙が立ち上っている。明らかに、不穏当ふおんとうな様子が感じ取れた。

「まさかクウのヤツ──あそこにいやがるのか?」

 ソウが心配そうな口調で、そういった時だった。

「──見ろ、そいつだ!」

 白銀の鎧をまとった騎士が数人、ソウを指差しながら近づいてくる。

「貴様──"人間"か? それとも、毛をめただけのノームか?」

 騎士の一人が、クウに問いかける。

「あん……? 良く分からねえが、答えによっちゃロクでもねえ事になる気がするぜ……」

「──ふん、まあいい。どの道、聖水で髪をらせばすぐに分かる事だったな。──ジョンラス王の王命おうめいもと、共に宮殿まで来てもらうぞ」

 騎士達は、数人で複数の方向からソウを取り囲む。

「──"浸洞レオナ"」

 ソウは溜息ためいきの後──黒の"輪"を展開てんかいした。

◇◇
 クウは人気ひとけの無い裏道に、身を隠す様にして座り込んでいた。

「──フェナ、大丈夫?」

「……ええ、心配しなくていいわ」

 フェナはクウの胸元に顔をうずめる様な姿勢で、苦しそうに息をしている。その発言が強がりである事は明白だった。

 フェナの大腿部だいたいぶには、彼女自身が着ている服の一部をやぶり取ったらしい布が包帯代わりに巻かれている。間に合わせもい所で、応急処置おうきゅうしょちにもなっていない。

「──さっき、騎士達が走り回ってるのがちらっと見えたんだ。僕らを探してるみたいだよ。表通りを歩くのは、難しいかも知れない」

「そうね。もう少しの間、このままでじっとしてるのも──悪くないわよ」

「この状況じゃ、そうはいかないよ。早く、君の傷を処置しなきゃ」

 そう言ったクウの前に、何者かの人影が一つ現れる。

 とても豊満ほうまんな胸を持った、ノームの女性だった。小鼻こばな薄桃色うすももいろ雀斑そばかすがある、気が強そうな顔をした女性である。頭に白いバンダナを巻き、白いエプロンを着けた、給仕係きゅうじがかりの様な格好だった。

 無言でじっとクウを見つめる女性。クウは、どうも彼女の顔には覚えがある様な気がした。

「──おや、アンタ。今度はこんな所で、何やってんだい?」

 女性は親指で自分の後方を示す。指の先には、木製の看板かんばんが掛かった、二階建ての建物があった。

 看板には──"銀鶏館ぎんけいかん"という文字が、酒樽さかだるの記号と共にられている。

 クウには、何処どこ既視感きしかんのある光景だった。

「ほら、ウチに来なよ。事情は分かんないけど、お連れさん──顔色がものすごく悪いね。場所をしてやるから休んでいきな」

「え……。ちょっと待って、あなたは──」

「遠慮すんじゃないよ。──ああ、別にあの時のアレは、気にしなくていいさ。あの飲んだくれがアンタにからんだのが悪いし、アンタもお金を太っ腹な金額で置いて行ってくれたしね」

「あっ──」

 クウはそこで、女性の正体に気付いた。

 宮殿に行く前──フェナと食事した酒場の、女性従業員である。



 ノームの女性の案内で、クウとフェナは建物の二階部分の一室に移動した。

「──お連れさん、ベッドの寝心地ねごこちはどうだい?」

「ええ、とても快適よ。──ありがとう」

 清潔せいけつなベッドの上に横たわるフェナが、ノームの女性に礼を述べる。

ももの肉がえぐれてたよ。一体どうしてそんな事になっちまったんだい? ──傷はしっかり洗って奇麗な布を巻いたからね。しばらくそのまま、安静にしてるんだよ」

 ノームの女性が、ベッドわきに座るクウを見る。

「アンタのその顔、何か事情があるって事は分かったよ。──詮索せんさくはしないさ」

「ありがとうございます。……あの、今更ですけど、お名前は──」

「アタシの名前かい? ナフィーだよ」

 ノームの女性──ナフィーはクウの言葉をさえぎりながら名乗る。

「店の裏に誰かいると思って行ってみれば、見覚えのある二人組だったからね。ちょっとばかり、驚いちまったよ」

「人通りの少ない道を選んでたつもりだったのに、いつの間にか大通りの裏道に入ってたんですね。──ナフィーさん、この部屋はナフィーさんの私室なんですか?」

「そうさ。一階部分が酒場で、二階部分は全て従業員用の部屋だよ。──従業員と言っても、アタシ一人だけどね」

「じゃあナフィーさん以外は、誰もここには来ないんですね?」

「それが気になるかい? まるでアンタ達、誰かに追われてるみたいだね」

「それは──」

「いいよ、別に。──女を懸命けんめいに守ろうとする男ってのは、アタシは嫌いじゃないよ。まあこの際だ、かくまってやるよ」

 ナフィーはそう言うと、立ち上がって部屋を出て行く。クウはナフィーの背中に、座ったままお辞儀じぎをして見送った。

「ねえ、フェナ。君、結構な量の血を流したよね。大丈夫なの?」

「全く問題無い──とは言えないわね。頼んだら──補給ほきゅうさせてくれる?」

 フェナは上体じょうたいを起こし、クウにじりじりと身を寄せる。その表情は妖艶ようえんな吸血鬼のものでは無く──ひどく衰弱すいじゃくした少女のそれだった。

 すがる様な目のフェナに、クウは──無言で自分の首を露出ろしゅつさせる。

「なるべく痛くしないように、心掛けてもらえるかな」

「──努力してみるわ」

 一瞬だけ躊躇ちゅうちょする素振そぶりを見せた後、フェナは口を開ける。

 フェナの牙が、クウの柔肌やわはだに食い込んだ。痛痒感つうようかんと同時に、フェナの口内こうないからクウの皮膚ひふに温度が伝わる。

「うっ──」

 声を出すのにえようとしたクウだったが、思わず声をらしてしまう。

 フェナは何度かクウの肌をみ直し、やがて──この時間をしむ様に、ゆっくりとクウの皮膚からくちびるを離した。

「──ご馳走様ちそうさま

 フェナは指で自分の舌をでた。クウは自分の首を触り、吸血の痕跡を触覚で確認しようとする。わずかに針で刺した様な傷が二つあるだけだった。

「どのぐらい──血を吸ったの?」

「ほんの、数滴すうてきよ」

「それだけ?」

「大量に吸えば良いって訳じゃないわ。吸血には、その対象にてきした量があるのよ。クウの場合は、数滴で十分じゅうぶんね」

 フェナの顔色は、心なしか先程より血色けっしょくが良くなっている様子である。言葉通り、クウから摂取せっしゅしたわずかな血が、クウの予想以上にフェナを回復させたのかも知れない。

ふと、扉の向こうから大きな声が聞こえた。ナフィーの声だった。

「ちょっ、待ちなよアンタ。勝手に中に──」

 あせった声のナフィーと共に中に入って来たのは──全身に白銀の鎧をまとった、一人の騎士だった。騎士のかぶとからのぞく視線が、クウとフェナの姿をとらえる。

「まさか、こんなに早く──!」

 クウの左手が、緑色の光を放った。

「お待ち下さいませ、クウさん!」

「えっ?」

 騎士が両手を前方に突き出す。クウに敵意が無い事を示している様子だった。

 クウはベッドの上のフェナと顔を見合わせた後、騎士に向き直った。

あらそう気はありませんわ。御覧ごらんの通り、ここにはわたくし一人で参りましたのよ」

「その声……もしかして、あなたは──」

 冷静になったクウを見て、騎士はかぶといだ。クウとフェナ、ナフィーがそろって驚きの表情を浮かべる。

 騎士の正体は──セラシア王女だった。
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