戦国レストラン[もののふ亭]

篠崎優

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伊達政宗と『とんかつ』

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群雄割拠の戦国時代、一部の有力者だけで共有されていたがあるという話を聞いたことがないだろうか。ある大名はそれを「頂の証」と言い、ある猛将はそれを「人として最大の誉れ」と、ある軍師はそれを「この世で味わえる内、最も上質な娯楽」と例えた。

そんな天国のような場所に行く方法なのだが……自身で意識して行くことは出来なく、
寝ている時ふと鳥になったような感覚を味わうらしい。最もそれが『鳥になったような感覚』と意識できるのは後々なのだが。
その感覚に浸っていると次に光が見える。余りにも明るい光。目も開けられない。目を開けようとしても閃光が目の中に入ってしまい反射で閉じてしまう。そんな事をしていると、何かがおかしいことに気づく。光が自分を吸収して来ているのだ。初めは当然抗おうとする。しかし力が入らない。どんな槍の名手でも、どんなに力が強くてもだ。なすすべもなく光の中に飲み込まれてしまう。そうすると飲み込まれた衝撃から眠りから覚める。気がつくと自分の布団の中にいる。てっきり夢かと思って朝の支度をしに行こうとすると、自身が寝ていた部屋がいつもの部屋ではないことが分かる。朝のまだ、頭が回らないまま必死に考え、敵の謀略かと思い周りを見渡すとそこに一人の女が立っている。その女に頼めばどんな甘みも、辛みも、苦みも、酸いも思うがままの料理が出てくるとか。

これが江戸や堺だけならまだしも、北は蝦夷、南は薩摩まで幅広い地域の武士の語り草となっているのだ。
しかも、全員ほぼ内容の齟齬はあるものの粗方一致している。だが、公家や寺社勢力の坊さんらはそのような話をするものは全くおらず、精々見栄を張って嘘をついた者も武士に内容を細かく詰め寄られて話が破綻してしまうのが関の山。「何故武士だけがそんなこの世の栄華のようなところに行けるのだ」と頭を悩ませていた。

……と、そんな事を言っている内にまた新たな客人がやってきたようです。今夜の客は誰なのか……

☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

「ん……今のは……」
目が覚める。自分はいよいよおかしな夢を見るようになってきたのだろうか。
「確か明の商人が見た夢で未来を占うなんて事が出来ると言っていたような。小十郎に相談をしてみるのも良いかもな」
自身の相談に親身に乗ってくれる好々爺の姿を思い出し、口に出しながら気配のする所を睨み大声を効かせる。
「おい!そこに隠れている女!これはどういう事だ?ここは何処だ?まさかとは思っているが、豊臣の手先とでも言い出すんじゃなかろうな!」
壁に隠れ……きれてなく肩の一部分だけ見えてしまってしまっている着物姿の女はビクッと言いたげに反応し、存外あっさりと目の前に顔を出した。

「あはは……すいません。つい、貴方様のオー...雰囲気というか覇気に押されてしまいまして。隠れてしまいました」
「────」
悪びれも無く武士の前に姿を表したのは赤を基調とした着物と短い髪の毛をした十四、五ほどの女だ。
「もう一度言う。汝、何処の間者だ?刀は生憎奪われているようだが近くに居る気配は汝しか居らん。女一匹くらいは刀無しでも叩き斬る事くらい容易だが」
「ひえー!おっかないですね、ところで先程『小十郎』と言っていましたが察するに、貴方様は伊達政宗様で間違いないでしょうか?」
武士……もとい政宗の半分恐喝罪に引っかかりそうな言い方を完全無視し、名前の確認をしてくる始末。
政宗にとって誘拐した者の名前くらい伝えられて当然では無いのか。そう頭を張り巡らせていた。

「名前確認……女……光……」
一つ一つ、これまであった事を口に出して遡りながら推理をする。万が一女が殴りかかってきても応答は容易い。
「まさか……」
いやそんなまさか。最近の出来事と小十郎との会話。そして例の噂。その全てが合致する。
もしかして、小十郎が言っていた絶品の料理を出す女のことか?
「私の正体の推理は済みましたか?」
そう話しかけてくる女を見て取り敢えず冷静さを取り戻すように自分を促す。ここが例の料理を出す女だとしても、間者だとしてもここで騒ぐのは良くない。
「申し訳ございませぬ、この政宗。貴方様のことを何も知らず……叩き斬るなどと……」
「いいですよ。他の方も差異はあれど最初はそんな反応ばかりです」
傍から見ればバトル漫画の『ボスと知らず失礼をして消されかけているボスの配下とボスの会話』みたいに聞こえそう……。そんな事を女が思っているとも知らず政宗は誘導されて座敷に座り、呼応するように女も座敷に座る。
女が一歩後ろに下がり政宗に頭を下げ、やけに気迫のある言葉を発する。

「ようこそ『戦国レストラン[もののふ亭]』へ。店主を務めさせていただいております、山城彩やまぎあやと申します。以後お見知り置きを」

政宗は天国への第一歩を踏み出した。


「この紙に書いてある料理は何なのですか?時々見知っている名前はあるのですが」
御品書き……メニューを見ながらまだ困惑している政宗。眼帯もしておらず両目とも健在な姿に少し満足してなさそうな彩だが、それを口に出す訳にも行かない。
「ああ。まあ全て私の自作料理といった所でしょうか。確かに政宗様が見知った料理も多々あるかと思いますが、その美味しさも格段に上という自信があります」
「────ほう」
そんな大口を叩く彩を見ながら政宗が抱く感情は『嘘だろう:本当かもしれない』の50/50と言ったところだった。それを見抜いたのか、
「政宗様は非常に思慮深いご様子で」
彩はこれ以上自身の料理アピは政宗には届かないだろうと確信し、座敷からも見える小さな厨房に行き料理の準備を始める。
政宗のオーダーする料理の予想は何となく着いていた。


それから10分ほどした時だろうか。政宗が「すみませぬが……」と彩に向かって話しかける。
「ここに書いてあるとやらを頂きたい。どのメニューもよく想像が出来なくてな。この料理は味噌汁と飯、漬物も入っているからか食べやすそうだ」
「とんかつですね。とんかつがどう言う料理か想像は?」
「出来ておらぬ」
とんかつという料理名も他に比べるといくらか親しみやすそうだったと言うだけで具体的な想像などは出来てない様子だった。
「では、お断りを。とんかつは豚の肉を使用します。大丈夫でしょうか?」
という単語に少し不快そうな顔を見せる政宗。確か当時の日本人は狩りをしてゲットした馬肉を食べたりはしていたが、家畜のような概念は無かったようで積極的な食肉文化も九州の一部地域を除けばほとんど発達していなかったらしい。
その為政宗の不快そうななんとも言えない感情はしょうがないのだ。

「豚の肉……ですか」
「馬の肉もあるにはありますけど……それじゃ馬カツになってしまうので……どうします?」
豚の肉よりかは圧倒的に食べ慣れているであろう馬肉を使った馬カツの選択も促しつつ、最終的な判断は委ねる。『お客様が嫌がった場合譲歩案を提示し、その上で選択させる』、それが彩のやり方だ。
「豚の肉は不味いと決めつけるのもダメですからな……とんかつとやらお願い致しまする」
正に苦渋の選択と言った具合の顔をしていたが、見て見ぬふりをして厨房へと急ぐ。

厨房にあるのは朝イチに毎日炊きあげるご飯と作る味噌汁で、冷蔵庫に入っている漬物を出す。これでメニューの75%は完成したのでとんかつの作成に移る。
と言っても、下準備は出来ているため実際は揚げるだけなのだが。
塊になっている一枚の豚肉にパン粉を着け、余分な分を叩き卵にくぐらせる。油のバチバチ?パチパチ?とした音が鳴る。そろそろかと思い、菜箸を油の中に入れると箸から細かい泡がでてきた。その約180℃を示すサインを確認すると手慣れた手つきで豚肉を油の中に放り込む。聞いているこちらのお腹が鳴るような音を立てながら衣を形成していくとんかつ。
政宗が帰った後に夜食タイムを作ることを決意すると、何故か『食べすぎると太る』とやかましい小言を言う弟を思い出した。まあ料理に関しては発言力も何も無い弟が何を言っても彩の夜食タイムを妨害することは出来ないのだが。

と、そんな事を思いながらとんこつの後ろに盛る予定のキャベツを切りながら油を見ていると油から出る泡が小さくなってきた。引き揚げの合図だ。
キッチンペーパーの上にとんかつを置き、包丁で切る。サクサクとした音を聞き今日の料理の成功を確信して皿に盛り付ける。ソースは別皿だ。


「お待たせ致しました!とんかつ定食でございます!」
政宗にとって、揚げたての豚から、熱い味噌汁から、熱い白米から漂ってくる匂いは正に未知だった。
「これは……とても美味そうだ。私は実は城に食糧備蓄のため味噌を作っているのだが……あの味噌よりかは遥かに美味そうじゃ」
「どうぞお召し上がりを」
毎日やっているであろう『毒味』のどの字も出てこないまま箸に手をつけ、まずは白米へと手が伸びる。
沢庵をご飯の上に乗せ、湯気が沸き立たんばかりの白飯を口の中に放り込む。驚きの表情をしながら「美味すぎる」と小声で呟く政宗の声を彩の耳が聞き逃さなかったのは内緒だ。
具体的な感想も言う暇も無く次は味噌汁に手を伸ばしてみせる。
味噌汁の具材は豆腐と白菜、ワカメという至って単純明快な組み合わせだ。もののふ亭特性の彩が1年程かけて作った味噌を使った自信作だ。
ズズズというどちらかと言うとラーメンをすする音に近い音がする。政宗ほどの人物だと礼節は常に弁えているはずだが、そんな事を考える余裕が無いのだろう。そう彩は思うとした。

そしていよいよ大本命のとんかつに手をかけようとする。やはり肉に抵抗があるのか少しだけ手が出るのが遅いと感じた。
「そこにある溜まり醤油のような液に少しだけとんかつを付けて食べると美味しいですよ」
営業スマイル様々の彩が政宗に声をかける。
手慣れない手つきでとんかつをソースにつけて、意を決したのか口の中に放り込む。2回、3回と咀嚼し微妙そうだった政宗の顔がみるみる変わる。
「これは……本当に豚の肉なのですか!?馬の肉でも無い味ですが、こんな食べ物食べたことがない!」
驚きというよりびっくり仰天というような感じで言葉を発する政宗。
「ええ、確かに豚の肉でございます。御希望に添えたようで何より」
政宗はひたすらとんかつ、味噌汁、白米に食らいつき、彩は今日の仕事を無事達成できたことに満足感が走るのだった。


「仙台でも滅多に味わえることのない馳走でした。本当にありがとうございます」
飯を食べて満足そうな政宗が言葉を続ける。
「彩殿が知っているのかは分かりませんが、最近の世の中は動乱により乱れております。徳川公が豊臣家を倒さんばかりの勢いで、幕府が開かれ……私は動乱の波に飲まれて先祖代々続く土地を離れることになりました。それでも、大名としては非常に多い58万石を抱えて仙台に移ったのです。これからどうすればいいか、戸惑っていました」
言葉を続ける。
「しかし、今宵の彩殿の料理……何かに打ち込むことの素晴らしさを教えられたような気がします。私も少しばかり頑張ってみることにしました」
言葉を続ける。そして頭を下げる。
「本日はどうもありがとうございました」
そして、政宗は眠りへと落ちた。

「悩みを抱えた武士はこのもののふ亭にやってくる。そして、お腹いっぱいになるまで料理を食べることが戦国時代に戻る引き金か……悩みも解決出来れば尚良と……」
何度目かも分からない戦国大名の訪問。その訪問条件と帰る条件を何度も繰り返し呟く彩。
「戦国時代の人間にお腹いっぱい食べさせるのがもののふ亭の仕事」
昔、もうこの世に居ない祖父に言われたことを思い出す。そして、次の客が来るのを彩は仕込みをしながら待つ。

★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆

「……夢……か……?」
彩と名乗る少女が作る料理の味を思い出す。どうやらあの出来事は夢であって夢ではないらしい。
「こ……小十郎!小十郎はいるか!」
彩のことを最初に教えてくれた軍師……片倉小十郎の元に走り出したのだった。
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