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柴田勝家はいつもの
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授業中、蝉の声が時おり聞こえてくる。そう言えば今日の朝、お天気キャスターが『今日の最高気温は30℃、真夏日になる地域もあるでしょう』なんて言っていたな。どうりでいつもより暑い気がするわけだ。
そんなボケたことを考えているうちに学校のチャイムが鳴る。これで今日の授業は終わり。
後は宿題こそあれど、ゆっくり過ごすことが出来る。宿題なんてネットか何かで問題文をそのままググッたり、なんかこう適当にグチャグチャしておいても大丈夫なのだ。もちろん極論だが。
「おい、涼。今日からあそこのカラオケ屋でキャンペーンやるんだってよ。行こうぜ」
友達の声が聞こえてくる。カラオケか。歌にはあまり自信が無いが、この際行ってみよう。
「いいぜ、じゃあ帰って……」
すぐに向かうから……と言おうとしたところで言葉が止まった。そうだ。今日はあの日だ。
「すまん、一樹!今日バイトだわ!先に帰る!」
「えっ、あっ!ちょ!」
突然廊下に飛び出した俺に困惑の色を隠せない友達を置いてきぼりにして俺は走っていく。現在の時刻は午後5時。一樹と話していたお陰でちょっと怒られそうだ。
ーーーーーーーー
「はぁ……はぁ……」
目の前で仁王立ちしている姉の前に息を切らせながらたどり着く。学校から家までは1キロ……いや、700メートル位のはずなのだが疲れが肩の上からのしかかってくる。唾と喉の奥から出る暖かい息が呼吸の邪魔をしてくる。これだから走るのは嫌いなのだ。
「落ち着いた?息を切らせて来た弟に怒鳴ることは良心が働いて出来ないんだけど?」
「いや、まだ……あと、これ……」
差し出すのは先月のもののふ亭の売上をまとめているノート。中を開くと『売上』と言うにはすこーし物足りない数字が描かれている。もののふ亭儲かってないから……。
「はーい、お疲れ。じゃあまた来月もよろしくね。うちの経理さん」
俺はこの店、もののふ亭の経理担当だ。名目上は副店長ってわけらしい。こういう細々とした作業や正確さを(一応)買われたことになっている。
そして毎月決まった日の決まった時間までには先月の売上を集計してデータとして出すことを仕事としている。時間が遅れたらその月の給料はなしだ。
ちなみに、俺が厨房に立ったことは残念ながら一度もない。ハンバーグくらいだったら作れるんだけどなあ……
★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
「……!」
いつも武器を置いている場所に手を伸ばす。取られていることに気づき、心の中で舌打ちをする。
ここは一体どこだろうか。誰かの屋敷の一室のように見えるが。
すると、女が出てきた。それも小柄な。間合いを詰めると一瞬で殺せるくらい弱々しい。
「いらっしゃいませ。光を通ってきたお客様。当店は戦国レストラン[もののふ亭]。私は店主を務めさせてもらっている山城 彩と申します。お客様のお名前は?」
すると、男は理解したのか顔を少し緩ませる。
「光……そうか。柴田勝家だ。彩殿、是非ともよろしく頼む」
頭の回転が妙に早い立派な髭を生やしたおじさん、柴田勝家が笑った。
ーーーーーーー
「なるほど……ほう……」
料理の一つ一つをかなり丁寧に説明し、それを聞いている柴田勝家は『瓶割り柴田』だの『鬼柴田』だの言われているとは思えないような優しい雰囲気だった。
戦の時は鬼気迫る形相なのかもしれないが。
全ての料理の約1/3……ざっと20ほどの説明を終えたところで勝家がお品書きをパタンと閉じた。
「……決まりましたか?」
「ああ。これを頼む」
そう言って勝家が指さしたのは、ランチタイム用の和食の定食だった。
和食定食はその名の通り和食を組み合わせた定食のことだ。決してパンやらスクランブルエッグやら『洋』的なものを入れることは無い。
日本人が昔から食べてきた日本人の日本人による日本人のための食事なのだ。
他の武将たちは皆『どうせなら今しか食べられないものを』と洋食だったり、戦国時代には無いものを欲する。戦国時代でも食べられるものを注文する人は少ない。誰だってそうするだろう。
そんな中、柴田勝家は多少の違いはあるものの、日常で食べている食べ物を選んだ。
いつも食べているモノの方が味の違いが分かりやすいとかそんな理由なのかもしれないが、和食定食を頼む武将は珍しかった。少なくとも彩は武将のことを好奇心の塊だと思っている。
注文を受けた彩はテキパキと料理を作っていく。ご飯と味噌汁、それに鮭の塩焼きだ。
塩に五分ほど漬けた鮭を焼く……中々手軽にできる料理だが、これが美味しい。塩の量を調節して塩の量を超多くすれば立派な肥満食。少なくすれば超健康食と万能な鮭さんだが、今回はあくまで店なので普通の濃さで作る。
それに漬物と少しの野菜を入れたら完成。ランチタイム用和定食。
「どうぞお召し上がりください」
目の前に出した勝家がまず反応したのは米だった。
「白米か……これまた高価なものを」
「高価……ああ、普通は玄米ですからね」
玄米は精米する時、白米の一段階前にある工程で出来る米だ。苦手な人は苦手な味だが栄養価は白米に比べて高い。戦国時代の武将にとっては生命線とも言えるだろう。
「白米……久しぶりに食べた。ここまで美味いものだったか」
感慨深そうに米粒を味わう勝家はどこか哀愁漂うおっさんのように見えてしまう。
そう思いながらも彩は勝家の黙々と食べる姿をじっと待っていた。
「……美味かった。ここ最近少し大変でな。疲れている体にはちょうど良い休息だった」
「ありがとうございます」
ふう、と一息ついた勝家は一言だけ置いて帰っていった。
「信長様に決めた」
と。
まだ尾張国を平定すらしていなかった頃の織田信長は弟、織田信勝との家督争いをしていた。
織田信勝側を推したのは柴田勝家ら、織田信長側を推したのは森可成ら。どちらも当時の織田家の有力者だ。
そして、1556年信勝は信長相手に戦に負ける。これを機に勝家は信長のことを認め始めた。
しかし、どちら側に家督を継がせるかまではまだ悩んでいる途中だったのだろう。だから、もののふ亭に迷い込んだ。
そして勝家が選んだのは──
そんなボケたことを考えているうちに学校のチャイムが鳴る。これで今日の授業は終わり。
後は宿題こそあれど、ゆっくり過ごすことが出来る。宿題なんてネットか何かで問題文をそのままググッたり、なんかこう適当にグチャグチャしておいても大丈夫なのだ。もちろん極論だが。
「おい、涼。今日からあそこのカラオケ屋でキャンペーンやるんだってよ。行こうぜ」
友達の声が聞こえてくる。カラオケか。歌にはあまり自信が無いが、この際行ってみよう。
「いいぜ、じゃあ帰って……」
すぐに向かうから……と言おうとしたところで言葉が止まった。そうだ。今日はあの日だ。
「すまん、一樹!今日バイトだわ!先に帰る!」
「えっ、あっ!ちょ!」
突然廊下に飛び出した俺に困惑の色を隠せない友達を置いてきぼりにして俺は走っていく。現在の時刻は午後5時。一樹と話していたお陰でちょっと怒られそうだ。
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「はぁ……はぁ……」
目の前で仁王立ちしている姉の前に息を切らせながらたどり着く。学校から家までは1キロ……いや、700メートル位のはずなのだが疲れが肩の上からのしかかってくる。唾と喉の奥から出る暖かい息が呼吸の邪魔をしてくる。これだから走るのは嫌いなのだ。
「落ち着いた?息を切らせて来た弟に怒鳴ることは良心が働いて出来ないんだけど?」
「いや、まだ……あと、これ……」
差し出すのは先月のもののふ亭の売上をまとめているノート。中を開くと『売上』と言うにはすこーし物足りない数字が描かれている。もののふ亭儲かってないから……。
「はーい、お疲れ。じゃあまた来月もよろしくね。うちの経理さん」
俺はこの店、もののふ亭の経理担当だ。名目上は副店長ってわけらしい。こういう細々とした作業や正確さを(一応)買われたことになっている。
そして毎月決まった日の決まった時間までには先月の売上を集計してデータとして出すことを仕事としている。時間が遅れたらその月の給料はなしだ。
ちなみに、俺が厨房に立ったことは残念ながら一度もない。ハンバーグくらいだったら作れるんだけどなあ……
★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
「……!」
いつも武器を置いている場所に手を伸ばす。取られていることに気づき、心の中で舌打ちをする。
ここは一体どこだろうか。誰かの屋敷の一室のように見えるが。
すると、女が出てきた。それも小柄な。間合いを詰めると一瞬で殺せるくらい弱々しい。
「いらっしゃいませ。光を通ってきたお客様。当店は戦国レストラン[もののふ亭]。私は店主を務めさせてもらっている山城 彩と申します。お客様のお名前は?」
すると、男は理解したのか顔を少し緩ませる。
「光……そうか。柴田勝家だ。彩殿、是非ともよろしく頼む」
頭の回転が妙に早い立派な髭を生やしたおじさん、柴田勝家が笑った。
ーーーーーーー
「なるほど……ほう……」
料理の一つ一つをかなり丁寧に説明し、それを聞いている柴田勝家は『瓶割り柴田』だの『鬼柴田』だの言われているとは思えないような優しい雰囲気だった。
戦の時は鬼気迫る形相なのかもしれないが。
全ての料理の約1/3……ざっと20ほどの説明を終えたところで勝家がお品書きをパタンと閉じた。
「……決まりましたか?」
「ああ。これを頼む」
そう言って勝家が指さしたのは、ランチタイム用の和食の定食だった。
和食定食はその名の通り和食を組み合わせた定食のことだ。決してパンやらスクランブルエッグやら『洋』的なものを入れることは無い。
日本人が昔から食べてきた日本人の日本人による日本人のための食事なのだ。
他の武将たちは皆『どうせなら今しか食べられないものを』と洋食だったり、戦国時代には無いものを欲する。戦国時代でも食べられるものを注文する人は少ない。誰だってそうするだろう。
そんな中、柴田勝家は多少の違いはあるものの、日常で食べている食べ物を選んだ。
いつも食べているモノの方が味の違いが分かりやすいとかそんな理由なのかもしれないが、和食定食を頼む武将は珍しかった。少なくとも彩は武将のことを好奇心の塊だと思っている。
注文を受けた彩はテキパキと料理を作っていく。ご飯と味噌汁、それに鮭の塩焼きだ。
塩に五分ほど漬けた鮭を焼く……中々手軽にできる料理だが、これが美味しい。塩の量を調節して塩の量を超多くすれば立派な肥満食。少なくすれば超健康食と万能な鮭さんだが、今回はあくまで店なので普通の濃さで作る。
それに漬物と少しの野菜を入れたら完成。ランチタイム用和定食。
「どうぞお召し上がりください」
目の前に出した勝家がまず反応したのは米だった。
「白米か……これまた高価なものを」
「高価……ああ、普通は玄米ですからね」
玄米は精米する時、白米の一段階前にある工程で出来る米だ。苦手な人は苦手な味だが栄養価は白米に比べて高い。戦国時代の武将にとっては生命線とも言えるだろう。
「白米……久しぶりに食べた。ここまで美味いものだったか」
感慨深そうに米粒を味わう勝家はどこか哀愁漂うおっさんのように見えてしまう。
そう思いながらも彩は勝家の黙々と食べる姿をじっと待っていた。
「……美味かった。ここ最近少し大変でな。疲れている体にはちょうど良い休息だった」
「ありがとうございます」
ふう、と一息ついた勝家は一言だけ置いて帰っていった。
「信長様に決めた」
と。
まだ尾張国を平定すらしていなかった頃の織田信長は弟、織田信勝との家督争いをしていた。
織田信勝側を推したのは柴田勝家ら、織田信長側を推したのは森可成ら。どちらも当時の織田家の有力者だ。
そして、1556年信勝は信長相手に戦に負ける。これを機に勝家は信長のことを認め始めた。
しかし、どちら側に家督を継がせるかまではまだ悩んでいる途中だったのだろう。だから、もののふ亭に迷い込んだ。
そして勝家が選んだのは──
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